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一話始まり

「はあはあはあはあはあ…。」


俺は逃げる。

ただひたすら不定形の巨大な化け物から。

薄暗い森の中を。

人の手が行き届いてない獣道を。


「はあはあ…あっ…。」


小枝に引っ掛かって俺は受け身を取れずに盛大に転んでしまう。


「痛っつ…っ!?」


転んだ痛みに悶えながら、巨大な影が俺との距離をゆっくり詰める姿を視認する。


俺の腰は完全に抜けてしまい、まともに立ち上がることも出来ない。


やがて、巨大な影は目と鼻の先にまで近づき、その巨大な口を開けて俺を呑み込んだ。

____________________________________________________________

「っ!?…はあ…はあ…夢か…。」


また、この夢だ。

ここ数年はいつも同じ夢を見る。


「やっぱり、原因は()()か…。」


俺はこの夢を見始めた数年前の事を思い出す。

原因と言ってもこれと言って何か特別な事はした覚えはない。

ある日急に数年前のその日を境に毎晩同じ夢を見るようになったのだ。


心霊スポットに行ったり、イタズラで降霊術をしたとか、そんなオカルトな事は一切してない。


ただ強いて挙げるなら、数年前ちょうどこの悪夢を見た日、俺は来世を望んで死のうとした。

____________________________________________________________

悪夢のせいで大量にかいた汗をシャワーで流す。

この悪夢のせいで朝シャワーは日課になってる。

シャワーを浴びた後、高校の制服に着替えて朝食も食べずに家を出る。


昔は朝食もしっかり食べていたが、最近はどうも食事が喉を通りにくい。

わざわざ用意してくれる義母さんの顔を見ると申し訳ない気持ちになるので、誰にも「行ってきます」を言わずに学校に向かう。


今現在の時刻は午前5時。

俺が通ってる高校は家から電車を乗り継いで片道2時間の所にある。

成るべく地元から離れた高校を探したら、そこになった。

だから、朝が早い。

でも、この時間を嫌には思わない。

だって、早朝は好きだから。

人が居なくて、静かで、夜とちがくて暗くなくてそして、誰もいないから。

この時間だけ、俺と俺以外の世界が断絶されたような安心感がある。

だから、早朝は好きだ。


そうやって、一人の時間を堪能しながら駅まで歩いて、改札を通ってホームに止まっている電車に乗り込む。


ここから二時間のカウントダウンが始まる。

俺が学校に到着するまでのカウントダウン。

俺が仮面をつけるまでのカウントダウン。

俺が"私"に成るための準備時間。


「フーッ大丈夫…"私"ならやれる。上手くやり過ごせる。」


小さな声で自分にそう言い聞かせて鼓舞する。

目を瞑って精神を落ち着かせて学校でボロが出ないように()分を偽りの()分にに塗り替える。


やがて、俺が通ってる高校の最寄り駅に到着する。

改札を出て、ゆっくりと私のペースで通学路を歩む。

駅から徒歩十分くらいで高校に到着し、二階にある教室に入る。

一年一組。

ここが俺…私が通う教室だ。

私はつい一週間前にこの高校に入学した一年生である。


この一週間で慣れ親しんだ机に座り、読書をしてホームルームまでの暇な時間を潰す。


暫く時間を潰していると、一人の女子生徒が教室に入って来た。


「あれ?狗飼さんだ。朝早いんだね?」


現れた生徒は白髪碧眼の日本人場馴れした容姿が特徴的な女の子。

名前は…流石に一週間ではクラスメイトの名前を全ては覚えきれない。

彼女の名前は何だったか…。


「えっと…。」


「ちょっと、僕隣の席なんだけど!いい加減名前くらい覚えてよ!僕は(いぬ)(がみ)()(かど)だよ。」


私が名前を思い出せずに困惑していると、(いぬ)(がみ)()(かど)は親切に名乗ってくれた。


「ごめんなさい、私ちょっと忘れっぽくて。改めてよろしく。私は…。」


「狗飼理守さんでしょ?知ってるよ!"隣の席"だもんね~!」


私への当て付けなのか、"隣の席"を強調してくる隠神。

そんなに名前を覚えてあげられなかったのがショックだったのだろうか?

今度また忘れたら何か言われそうなのでノートにメモしておこう。


「え?わざわざメモするの?几帳面だね?」


「…だって、忘れたらまた何か言ってきそうだから…。」


「だからって普通本人目の前にして名前をメモるかな~。」


私自身他人の名前にあまり興味が無いから仕方ないでしょ。

どうでも良いことはどうしても左から右へ耳を素通りしてしまう。


「まっいっか。改めてこれから隣人としてよろしく!」


「うん、よろしく…。」


正直こう言う明るい子は苦手だ。

腹に何抱えてるか分からないし、平気な顔して人のパーソナルスペースにずかずかと入り込んでくる。

まあ、でも学校生活を円滑に過ごすためにはこう言う子ともそれなりに付き合って行かないとね。

平穏な学校生活を送る為に私はわざわざ電車を乗り継いでこの高校に入学したのだ。

角が立つような事は成るべくしないように心掛けよう。


「あっ!ヤバい筆箱忘れちゃった…。狗飼さんごめん!今日一日だけペンと消しゴム貸して…!」


「うん、いいよ。」


私は筆箱から予備のペンと消しゴムを取り出して隠神に渡す。


「ありがとう!」


これで良い…。

この調子で、大人しく…我を出さずに…良い子でいればいい。

そうすれば、誰かに目をつけられる事は無いから。

____________________________________________________________

そして、何事も無く無事に今日の学校を終えて放課後。

私は一人で駅までの通学路を歩いていた。

今はどの生徒も部活の見学や体験入部などでまだ学校にいるため通学路を歩いているのは私だけ…いや、もう仮面は外してもいいか…。

俺はたった一人で静かな道を歩く。

人の話し声も喧騒も無く、信号や車の音すらもしない無音の空間をただひたすら歩…。


「ん?」


そこで俺は異変に気付く。

人の話し声が聞こえないのはいい。

それは一週間前からずっとこんな感じだ。

皆部活に行ってるため、ここを通る人は俺以外にいない。

それでも、この道は最低限車やバイクも通る筈だ。

通る数は少なくても、信号の音とか…少なくとも無音なんて事はあり得ない。


「あれ?ここ…何処だ…?」


異変に気付いた時には俺は既にいつも通る通学路と全く別の場所にいた。

薄暗くて、人の気配が全くしない森の中。

まるで、毎晩見る悪夢と同じ景色。


「いつの間に…こんな所…通学路に無かったぞ…。」


突然の出来事に困惑しながら、ゆっくりと辺りを警戒しながら森の中を歩く。

暫く歩いていくと、目の前に大きな鳥居が現れた。


「神社がこんな所に…?」


薄暗い森の中にポツンと佇む一つの神社。

しかし、その容貌はこの森とは実に不釣り合いな程に清潔感があり、人の手が行き届いていることが伺えた。


神主さんがいたら道を聞けるかも。


そう思い、俺は迷わず目の前の鳥居をくぐった。

すると、さっきまで森の中にいた筈の俺は気付いたら一面襖と畳に囲まれた古い日本家屋のような部屋に移動していた。


「あれ?また…いつの間に…。」


「やあやあ、初めまして。私はこの神社の神主をしている者だよ。」


困惑する俺の前に突然音もなく狩衣を着た、いかにも神主らしい男性が現れた。


「急に現れて驚かせてしまったかな?まあ、この程度で驚いているようでは、今後心臓が幾つあっても足りなそうだけどね。」


「えっえっと…。」


「おっと失礼。長年ここに閉じ籠っていると、どうも独り言を言ってしまう癖が抜けない無くてね…。君がここに来た理由はこの森から出る方法を聞きに来た。そうだろう?狗飼理守さん。」


「え?何で…俺の名前を…。」


今目の前の神主は俺の名前を呼んだ。

まだ、自己紹介もしてないのにだ。


「さっき言った筈だよ。この程度で驚いているようでは、今後幾つ心臓があっても足りないと。狗飼理守さん…いや、君と呼んだ方がいいかな?君がここに来たのは偶然ではない。」


「え?」


偶然ではない?

俺がこの森に迷ったのにはちゃんと理由があるのか…?


「君、ここ数年同じ悪夢を見るだろう。夢の内容は不定形の巨大な化け物に終われる夢。」


「…はい。」


ズバリ全て当たってる。

この人は俺の名前といい何で俺の事をそんなに知っているんだ?

彼は何者なんだ?


「君が悪夢を見る理由は単純さ。妖怪に取り憑かれている。」


「妖怪?」


「ああ、良く聞くだろう?日本昔話とかに出てくる怪異。あれだよ。」


そんな事を言われてもあまりピンと来ない。

妖怪なんて言われても今まで一度も見たことなんて無かったし。


「困惑する気持ちも分かるよ。でも、私が言ってる事は全て事実だ。妖怪はよく精神が弱った人間に取り憑つ。人のネガティブは心が好物だからね。まあ、弱った人間の身体が乗っ取り易いって理由もあるけどね。」


「そんな…、じゃあ俺は妖怪に身体を乗っ取られるんですか?」


「いや、安心してくれ。そうなる前に私が君をここに招き入れた。」


「え?」


つまりこの状況の原因はこの人…?

いや、でも俺に取り憑いた妖怪が俺の身体を乗っ取る前にって言っていたから。

妖怪をお祓いするために、俺の為にわざわざこんなことをしてくれたとか?


「言っておくけど、一度人に取り憑いた妖怪はお祓い出来ないよ。よくお祓いしたら楽に成ったとか言う人いるけど。あれは嘘だよ。本職の私から言えばお祓いでお金を貰ってる人は詐欺も良いところだ。」


「なら、どうすれば…。」


「君が死ぬ。そうすれば君に取り憑いた妖怪も一緒に成仏する。」


「そん…な…。」


つまり、神主は俺を殺すために俺をここに…。

俺は慌ててこの場から逃げようと襖を開けて外に出る。

しかし、次の瞬間にはさっきと同じ部屋に戻ってきて、神主の目の前で立ち尽くしてしまう。


「安心して、君を殺したりはしない。でも、死んでは貰う。」


「どういう事…ですか?」


「君、結構前に来世を望んで死のうとした事があるでしょ。」


「っ!?」


そんな事まで知っているのか…!


「君が妖怪に取り憑かれたのはそこに漬け込まれたからだね。そのせいでかなり強力な妖怪を引き寄せてしまったようだ。そんな君に望む来世を手にするチャンスを上げよう。」


望む来世…?


「17358…、君に取り憑いている妖怪の罪のポイントだ。君にはこれからこの罪のポイントを打ち消すための贖罪ポイントを稼いで貰う。」


「贖罪…?なんで俺が…なんも罪を犯してないのに…。」


「君が代わりに妖怪の罪を償うんだ。罪を償わずに妖怪が君諸とも死ねば、君と君に取り憑いた妖怪は地獄に落ち、妖怪だけが這い上がって復活してしまう。」


なんて理不尽なんだ。

勝手に取り憑いて、勝手に道連れなんて。


「だから、それを防ぐための贖罪ポイント。このポイントは妖怪を倒せば加点される。強い妖怪程ポイントが高い。今の君の場合だと、3ポイントの妖怪でも勝てるかどうかって所だね。」


「最高何ポイントの妖怪がいるんだ?」


「制限はないよ。場合によっては千とか一万もいる。そう言う妖怪は決まって強い。」


チマチマ弱い妖怪を狩って稼ぐか、玉砕覚悟で強い妖怪倒すかして贖罪ポイントを稼げば良いんだな。

しかし、自分の置かれている状況は分かったが、それでも納得出来ない。

今まで経験のない妖怪退治を急にやれって言われても出来る人間なんて何処にもいないだろう。


「…どうしてもやらないてといけませんか?」


「ああ、そうしないと君の身体はいずれ妖怪に乗っ取られてしまう。だが、その代わりに贖罪ポイントを貯めきったら、君を君が望む来世に転生させてあげられる。もう、君が悩む事が無い理想の人生を遅れる権利を君に与えてあげられるんだ。だからどうか、頑張って輪廻転生の権利を勝ち取って見ないさい。」


そう言って神主は神社と共に消えた。

俺の目の前にはさっきと同じ不気味な森が再び広がる。

そして、程無くして、巨大な不定形の化け物が涎を垂らして俺の目の前に現れる。


「GAWooo」


大きい!

俺の身体なんて簡単に呑み込める程の巨体。

数えるのも億劫な程の無数の手足。

これが…妖怪…!


…無理だ…勝てるわけない!

こんな化け物どうやって…。


その瞬間、目の前の妖怪が急に口から液体を吹き出し、近くの木にあたる。

すると液体が命中した木はどろどろに溶けてしまい、液状化してしまう。


不味い…逃げなきゃ!


俺は全力で妖怪から逃げる。


「はあ…はあ…はあ。」


走り辛い獣道を…酸素が薄いこの森の中を…必死に走って妖怪から逃げる。

しかし、突然足元の小枝に引っ掛かってしまい。

俺はの身体は思い切り地面と激突してしまう。


そんな俺にゆっくりと近付いてくる大きな影。



「いや…いやだ…!誰か…誰か!」


俺は恐怖のあまり錯乱してしまい、誰もいない森の中で助けを呼よんだ。


そんな俺に容赦無く目の前の妖怪は口を大きく開けて俺を呑み込もうとする。


しかし、その刹那鋭い切れ味の風が何処からともなく吹いてきて、目の前の妖怪をバラバラに切り刻んだ。


「え?」


「大丈夫?…まさかこんなとこでまた会うなんてね。」


困惑する俺の耳に聞き覚えのある少女の声が聞こえてくる。


「怪我は無い?狗飼さん。」


「隠神…。」


俺を助けてくれたのはクラスメイトの隠神御門だった。




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