表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

差し押さえ神剣、帳簿の外で笑う ~神すら課税される国で、真面目な鍛冶屋は誤解の中に真実を見る~

作者: ふみきり

※本作は短編(全12シーン構成)です。

神にも納税義務がある王国で、差し押さえられた神剣と、真面目な鍛冶屋の少し皮肉な一幕。

コメディですが、少しだけまじめな話をしています。

気楽に読んで、クスッとしてもらえたら嬉しいです。

 帳簿の束が机の端で傾いた。

 紙の角が光を弾き、乾いた音で机に戻る。

 鉄の匂いが袖に残った。


 王国税務局の廊下は狭く、石の床に靴音が規則的に響く。

 扉の札には「第三課」とあり、その奥から声がした。


「フェルド、入ってくれ」


 無表情の男が椅子を指す。

 胸の名札には〈マルツ・レフナー〉とある。

 机の上、判の朱がまだ乾いていない。


「依頼だ。神具差押えへの同行を頼みたい」

「神具の……差押えですか」

「納税延滞四年。奉納金滞納三百八十。誤差はゼロにしたい」


 マルツは淡々と書類を差し出した。

 引き出しから二枚の紙が滑り出て、机に並ぶ。

 一枚目は命令書、二枚目は目録。

 墨の太さが役所の呼吸を示していた。


「鍛冶屋の目で資産価値を見てほしい。絵画より刃物が得意だろう」

「刃なら、曲がりも焼きも見ますが。神具はまた別で」

「別だが同じだ。資産は資産だ」


 窓の外は薄曇り。

 判の朱が紙に沈み、乾ききらぬままに色を残す。


「集合は鐘が二つ。現地は北区の小神殿だ」

「了解しました」

「助かる。神は未申告が多い」


 机の端に古びた鉄釘がひとつ。

 リオンは指先で転がし、ざらりとした感触にわずかに息を止めた。

 それはこの部屋で唯一、現実を感じさせる重さだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 北区の石畳はひび割れ、雑草が隙間から顔を出している。

 白く剥げた神殿の扉が軋んだ。

 香の匂いがほのかに残る。


 マルツが一歩前へ進み、短く名乗った。


「王国財務庁第三徴収課。差押執行に参りました」


 乾いた声が神殿の中に響く。

 白衣の神官が二人、慌てて礼を取った。

 奥には古びた祭壇と、布で覆われた棚が並ぶ。


 若い神官が声を荒らげた。


「待ってください、ここは神域です!」


 マルツは眼鏡の位置を押し上げ、淡々と視線を神官へ向けた。

 そのまま静かに言葉を落とす。


「法は神域にも等しく届きます」


 書見台に帳簿が開かれている。

 記入欄の空白が広く、奉納の年月は三年前で止まっていた。


 老神官が震える声で言った。


「供物は供物です。資産ではありません」


 マルツはページをめくり、指先でその項目を示す。


「供与後一年以上未使用の場合は、資産に該当します」


 リオンは少し前へ出て、棚の影を覗いた。


「錆が出ていますね。修繕すれば再評価が必要になるかも」


 神官が布をめくる。

 銀杯、金糸の布、割れた香炉が現れた。


「ここは聖域です。帳簿では測れません!」


 マルツは眉をひとつ上げ、書類を閉じた。


「帳簿で測れない価値は、帳簿の外で守ってください」


 リオンは苦笑し、わずかに肩をすくめた。


「言ってることは間違ってないですけど、響きが冷たいですね」


 マルツはペン先で書類を指し示す。

 無表情のまま、淡々と告げた。


「税は温度で変わりません」


 沈黙のあと、神殿の奥で風鈴の音が小さく鳴った。

 リオンはそれを聞きながら、息を一つ吐いた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 棚の影に長い包み。

 麻布越しに鈍い蒼が漏れている。

 リオンの視線が吸い寄せられた。


 布の端が自重でずれ、柄頭の飾りが古い紋を見せる。

 金の線がほとんど消えかけていた。


「……見てない。見てない。我はただの装飾品だ」


 低い声。空気がわずかに震えた。

 耳ではなく、胸の奥で響く。


 リオンは目を瞬かせ、足を止める。


「喋る飾り、ですか?」

「おい、聞こえているのか。そこの鍛冶屋、目を逸らせ」

「いや、どう見ても逸らせません」


 布の中で微かに金属の鳴る音。

 神剣が小さく身じろぎしたようだった。


「我が輩は神剣などではない。似ているが別物だ。帳簿に書くな」

「書くのはあの人です。僕じゃない」


 リオンが顎で示すと、マルツの筆が乾いた音で走った。

 数字が列を作る。


「似ているだけだ。そっくりさんだ。神剣風だ」

「風なら風で、査定はしますよ」


 空気の振動が止み、神殿の光が細い筋になって包みの上を滑った。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 マルツは帳簿を閉じ、視線を上げた。


「どうだ、価値は」

「ええと……古いです。修繕は必要ですけど」

「表情が変わった。良い物だな」

「いや、そういう意味じゃ」

「顔は嘘をつかない」


 布がするりと落ち、鞘の口金が光を拾った。

 古い金具の合わせ目がわずかに歪む。


「この剣、差押対象にする」


 マルツは筆を立て、朱印を素早く押した。

 赤が紙に滲み、静かに乾いていく。


「待て。差押えなど認めぬ! むしろ、国家が我に納めるべきだ!」


 包みの中で神剣の声が跳ねた。

 白衣の神官がすくみ上がる。

 香の匂いが急に濃くなる。


 マルツは軽く息を吐き、手袋を直した。


「抗議は後で受け付けます。搬出の手配を急ぎましょう」

「ちょっと待ってください。状態の確認が」

「確認は輸送後で構いません。価値は落ちません」


 リオンは息を整え、布の端を結んだ。

 柄頭の革が手のひらに温度を残す。


「鍛冶屋、我を棚卸しするな!」

「仕事なんで、諦めてください」


 短い沈黙のあと、外の鐘が二つ鳴った。

 マルツが短く頷き、扉を押し開ける。


「搬出します」

「了解」


 麻布が締まり、中から小さな舌打ちの音。

 棚の埃が一筋、床に落ちた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 神殿を出ると、冷たい風が通り抜けた。

 麻布に包まれた神剣が、二人の係員によって荷車に積まれる。

 麻縄がきしみ、金具が鳴る。


 マルツは後ろを振り返り、鋭く声を飛ばした。


「おい、あれは丁寧に扱え。神格が割れたら賠償が発生するぞ」


 係員の顔が一斉に引きつった。

 リオンは苦笑しながら歩調を合わせる。


「神格の修理は、請求書に書けないですよね」


 マルツは片手で書類を抱えたまま、淡々と答えた。


「記載項目がないからな」


 倉庫の扉が開く。

 中には同じように差し押さえられた聖具がずらりと並んでいた。

 杖、冠、像、壺。どれも静かに沈黙している。


 封印の印を外すと、包みの中から息のような音が漏れた。


「……ここはどこだ。まさか質流れ場ではあるまいな」

「差押保管庁。まあ、似たようなもんです」

「我を競売にかける気か!」


 マルツはペンを回しながら、微笑を浮かべた。


「入札は年度末です。それまでに査定を終える必要がある」


 神剣の光が小さく脈打つ。

 リオンはその脈を見て、炉の火を思い出した。


「とりあえず、修繕の準備をします」


   ◇   ◇   ◇   ◇


 倉庫の奥にある作業台。

 リオンは革手袋を締め、包みを開いた。

 光が一瞬、部屋を満たした。


 金属の表面に亀裂が走っている。

 長い時を経た刃は、まるで呼吸しているようだった。

 リオンは指先で細い線をなぞる。


「触るな。そこは神性が宿る部分だ」

「錆びてます。神性ごと落ちてるかもしれませんよ」

「なにを言うか。これでも神の証だ」


 マルツが後ろから書類をめくり、言葉を挟んだ。


「証明が必要ですね。どの神のものか、記録が曖昧です」


 神剣アスラリアが金属音を立てて言い返す。


「曖昧で結構。神を帳簿に書き留めるなど不敬だ」


 リオンは小さく笑った。


「不敬も、請求書の項目ですから」


 アスラリアが低く唸る。


「鍛冶屋、お前はどこまで俗物なのだ」

「飯を食うには俗物でないと困るんです」


 マルツが眼鏡を押し上げる。


「言い得て妙だ。人間らしい誠実さですね」


 その言葉に、アスラリアの光が一段強まった。

 まるで怒りと羞恥が混ざったように。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 修繕が一段落した頃、倉庫の扉が開いた。

 白衣の女性が入ってくる。

 神官補佐ルシェ。まだ若く、まっすぐな目をしていた。


「査定の立ち会いに来ました。神格が穢されていないか確認します」


 マルツが書類を差し出した。


「査定項目はこちらです。修繕前後で重量差一〇グラム以内なら問題ありません」


 ルシェが眉をひそめた。


「神を量るなんて、どうかしてます」


 マルツは書類を整えながら答える。


「計量単位が違うだけで、やってることは同じです。神格も税率に影響しますからね」


 リオンは二人のやり取りに挟まれ、苦笑いを浮かべた。


「宗教論争は後にしません? 刃を研がないと」


 アスラリアが刃を震わせ、かすれた声で抗議する。


「刃など磨くな。神の顔を削る気か」

「顔が刃の部分って、笑えない設計ですよ」


 ルシェが振り向いた。


「あなた、神具をなんだと思ってるの!」

「修理対象です。思ってるより脆いんですよ、神様は」


 マルツが咳払いをした。


「面白い。続けてください」


 倉庫に笑いが小さく響く。

 アスラリアだけが本気で怒っていた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 夜。倉庫の灯りは一つだけ。

 リオンは仕上げのため、刃を研いでいた。

 研ぎ汁に光が溶けるように流れていく。


 アスラリアが低い唸りを漏らす。


「本当に触る気か。神を試すつもりか」

「もう少しで終わります」

「我を逆撫でするな!」

「逆撫でって言われても」


 力を入れた瞬間、金属が鳴った。

 音は鋭く、部屋の空気が跳ね返る。

 リオンは手を止めた。


 刃先の向きが――逆になっていた。

 息をのむリオン。

 アスラリアが沈黙する。


 扉が開く音。

 マルツとルシェが駆け込んできた。


「どうしました!」

「……手違いで、刃が逆に」


 マルツが無言で書類を開き、ペンを構える。


「修繕ミス。報告書に記載ですね」


 そのとき、ルシェが目を丸くして叫んだ。


「ち、違います! これは――これは、謙遜です! 神が自ら、(ぜい)を捨てたんです!」


 マルツが顔を上げた。


「謙遜?」

「はい。神が人と同じ地を歩くために、刃を伏せたんです!」


 沈黙。

 アスラリアの柄頭が、かすかに震えた。


「この娘、本気か……?」

「……今の、記録に残すか?」


 リオンは額に手を当てた。


「もう残っちゃってますよ。口に出た時点で」


 マルツは書類を閉じ、静かに言った。


「宗教的解釈として、追記しておきます」


 ルシェは感動したように手を胸に当てた。


「神は、ついに税を超えたのですね!」


 リオンは小さく息を吐く。


「いや、超えたのは理屈のほうですね」


 倉庫の灯りが揺れ、刃の裏側で淡く光った。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 翌朝。

 差押保管庁の前には、人だかりができていた。

 新聞売りが声を張り上げている。


「『神、自ら贅を捨つ』! 王都で新たな奇跡!」


 リオンは入口で立ち止まり、紙面を奪うように見た。

 見出しには「逆刃の神剣、謙遜の象徴」と大きく書かれている。


「……昨日の、あれがニュースになるんですね」


 マルツが通りの向こうから歩いてきた。

 手には同じ新聞。


「世論が信仰を決める時代ですよ。発表前に記事になるんですから」

「すごいですね、宗教報道のスピード」

「信仰も速報性が求められるんです。神はトレンドです」


 リオンは顔をしかめた。


「それ、もう皮肉ですよ」


 庁舎の奥では、ルシェが取材に応じていた。

 白衣を翻し、熱を帯びた声で語る。


「神は謙遜を示されたのです! この剣こそ、民の象徴に!」


 控室の片隅で、包まれたアスラリアがぴくりと動いた。


「……あの娘、本気で信じたぞ。もう止まらん」


 リオンは腕を組んだ。


「大丈夫ですよ。世の中は熱しやすく冷めやすいですから」

「我は冷めぬ方がいいと思うぞ」

「そりゃ、あなたが主役ですからね」


 外で歓声が上がる。

 人々の手には、小さな木製の“逆刃護符”がぶら下がっていた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 王都の中央庁。

 信仰局と財務庁の合同会議が開かれていた。

 議題は神剣アスラリアの「税務上の扱い」。

 長机を挟み、二つの部署の代表が向かい合う。


 信仰局の局長が机を叩いた。


「信仰対象である以上、非課税扱いにすべきです!」


 財務庁の官僚が眼鏡を押し上げ、冷静に資料を示す。


「所有権が神殿にある限り、資産課税の対象になります」


 会議室の空気が一気に乾いた。

 紙をめくる音だけが響く。


 壁際で傍聴していたリオンは、深く息を吐いた。


「いつの間にこんな大事に……」


 マルツは表情を変えず、資料をめくった。


「制度とは、誤解を文章化することです」


 リオンは顔をしかめる。


「なんか今、すごく名言っぽいこと言いましたけど、正直やめてください」

「誤解が続くうちは、社会が動いている証拠ですよ」


 ルシェが椅子を押しのけ、勢いよく立ち上がった。

 白衣の裾が揺れる。


「神は人のために刃を伏せたのです。これを税に問うなど不敬です!」


 マルツはわずかに視線を上げ、ペン先で机を叩いた。


「不敬の定義を決めるのも私たちの仕事です」


 その音に、アスラリアが机の上で微かに揺れた。


「……我はもう何も言うまい」


 リオンは溜息を吐き、眉を下げた。


「助かります。静かなのが一番ありがたいです」


 マルツは資料の余白に短く文字を書き加える。

 筆先が紙をなぞる音だけが残る。

 そのあとで、低く呟いた。


「沈黙も信仰の一形態です」


 会議室が一瞬だけ静まった。

 窓の外で鐘が鳴る。

 議論は続いたが、誰もその音を気に留めなかった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 数日後。

 庁舎の裏で火災が起きた。

 煙が倉庫の屋根を覆い、職員が走り回る。


 リオンが駆け込むと、封印室の扉が歪んでいた。

 中では火の粉が棚をなぞるように舞っている。

 棚の上、アスラリアの包みが炎に包まれかけていた。


「冗談じゃない……!」


 リオンが素手で布を掴んだ。

 熱が指に走る。

 その瞬間、包みの中から青白い光が広がった。

 火の粉が消え、煙が静まる。

 光はすぐに消えたが、炎は跡形もなく沈んでいた。


「……奇跡、って言われるやつですかね」


 マルツが現場を見回し、記録板を取り出した。


「報告書の表現は“自然鎮火”。奇跡は書けません」

「現場の感想も書けないんですね」

「書くと査定が変わるので」


 ルシェが駆け寄り、息を呑んだ。


「神が、私たちを守ったんです!」


 アスラリアが静かに呟く。


「守ったのは倉庫の帳簿だがな」


 リオンは小さく笑った。


「まあ、ある意味、国も救われたようなもんですよ」


   ◇   ◇   ◇   ◇


 夕暮れ。

 倉庫の外は静かだった。

 報道も熱を失い、護符の出店も姿を消している。


 リオンは木箱の前に腰を下ろした。

 中ではアスラリアが淡い光を放っている。

 もはや神剣ではなく、ただの剣。

 けれどその光は、不思議と穏やかだった。


「これで、非課税ですね」

「うむ。神格が消えた証拠だ」

「気分はどうです」

「軽い。やっと帳簿の外に出られた気分だ」


 マルツが現れ、手帳を開く。


「報告書をまとめました。分類は“凡剣”。信仰度ゼロ、危険度ゼロ、課税額ゼロ」

「ゼロばっかりですね」

「それが一番安定している」


 リオンは空を見上げた。

 薄い雲の切れ間から夕陽が覗く。

 橙の光が、神剣の金具に反射した。


「なあ、鍛冶屋」

「なんですか」

「神とは、あれだな。帳簿を超える“誤記”みたいなものだ」

「言い得て妙ですけど、役所には通りませんよ」


 マルツが微笑を浮かべた。


「通らなくていい。たまには、記録に残らない奇跡も必要です」


 リオンは頷き、箱の蓋を閉じた。


 光がゆっくりと消える。

 鐘の音が、遠くで一つだけ鳴った。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

帳簿にも、信仰にも書けないもの――それを“物語”と呼ぶのかもしれません。

もし気に入っていただけたら、ブックマークなどで応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ