表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

第三夜 それって、取らぬ狸の皮算用ってヤツですよね?

「天音」


「はい。なんでございましょう、お嬢さま」


「あれは何!?」


 咲夜が向けた視線の先には、叔父の光二郎と従姉妹の佳代がいる。


 天音は同じ方を見た後、すぐに咲夜の方へと向き直った。


「何──と、申されますと?」


 二人は咲夜の母親を殺した犯人なので、本来なら屋敷から放り出し、警察に突き出してやりたいところだ。が、「ある事象」により、仕方なく引き取ることになったのだった。


 咲夜はテーブルを両手で叩く。


「百歩譲って佳代はまだしも、叔父が『赤ちゃんごっこ』をしてるのは不気味でしかないわ! 不愉快極まりない! なんとかしてちょうだい!」


 実は二人とも四つん這いになっていて、いわゆる「ハイハイ」をしながら部屋の中を徘徊しているのだ。


「そう申されましても……お二人とも終始あのような調子でして」


 天音は自分の足元にやって来た佳代の頭をナデナデしてやる。佳代はご機嫌なようで、うれしそうだ。


「私にも何が何やら──お嬢さまは何かご存じなのですか?」


「やっぱり覚えてないんだ……」


「何のことでございましょう」


「別に。何でもないわ」


 咲夜の月詠の力が解放されたことで、ピンチを脱することができたわけだ。が、同時にいくつかの副産物も生まれていた。


 まず天音に関してだが、彼女は咲夜を救いに来たばかりに、瀕死の状態になるというトラウマ級の目に遭ってしまった。

 しかも背中には酷い傷が残るところだったが、月詠の力のおかげで、その時の記憶と傷はきれいさっぱり消えているようだ。


 こちらは結果オーライと言えるだろう。


 咲夜も、わざわざ辛いことを思い出させる理由がないため、詳しくは話していないというわけだ。


 問題なのは、光二郎と佳代の方だ。


 どういうわけか、二人は赤ん坊になってしまっている。

 ただし、赤ちゃん返りをしているのは「中身」だけで、見た目は現状のままだ。

 光二郎に至っては、大柄の髭面の中年男が「バブバブ」と言いながら部屋の中を這いずり回るという、かなりマニアックな光景を作り出しているのだ。


「あら大変!」


 天音は光二郎に駆け寄ると、ヨダレを拭いてやっている。


「もしかして、お腹が空いてますか? 何か食べますか?」


 頭痛がしてきた。


「天音は大変だな。何せ赤ん坊が『三人』になっちまったんだからな」


 クロはソファに寝そべりながら、呑気に笑っている。


「三人って、あと一人はもしかしてアタシのこと!?」


「他に誰がいるんだよ」


「あのねぇ、何を他人事みたいに言ってのよ! 神の使いなんでしょ! 何とかしなさいよ」


「さすがの俺でも、月詠の力には関与できねえよ。文句があるんなら、さっさと使いこなせるようになれ」


 クロは体を起こす。


「使えるようになったのはいいが、今の状態じゃ、とてもじゃないが世の中に溢れる不浄の浄化なんて無理だ。何せ、あの有様だからな」


 視線の先には、泣きじゃくる光二郎を、天音があやしているのだった。


「まったく使えないわね。アンタが神の使いってのも、もしかして嘘なんじゃないの?


「なんだと!?」


「──てか、天音!」


「おい、聞けよ!」


「いかがなさいましたか、お嬢さま」


「アナタ、やっぱりアタシにイジメられてたこと恨んでるでしょ」


「滅相もございません! 侍女として、私はお嬢さまを心の底からお慕い申し上げております」


「だったらこれは何!?」


「『朝食』のことでございましょうか?」


 茶碗の半分ほどに盛られた控え目な麦ご飯。痩せ細ったメザシが二匹。それから味噌を研いだだけの薄い味噌汁。


 実に質素な献立だ。


「あっ、申し訳ありません。他にもお出しするものがあったのを忘れておりました」


「そうでしょうとも。まさか名家である此花家の食事がこれだけだなんて──」


「丹精込めて漬けました、キュウリのお新香でございます」


 咲夜はズッコケる。


「そういうことじゃないのよ!」


「と、申されますと?」


「なんだってこんなにみすぼらしい朝食なのかって聞いてるの! それに──」


 家の中を見回した。


「なんか寂しくない? 活気がないっていうか、人の気配を感じないのは気のせい?」


 今までなら、咲夜が食事をしている際は使用人たちが数人いて、甲斐甲斐しく世話をしてれていた。

 庭に目を向ければ、庭師が木や池の手入れをしている様子が目に入ったものだ。


 それなのに今は、屋敷の中がガランとしていて、声が反響している。


「申し上げにくいことなんですが……」


「遠慮はいらないわ。何せアタシは此花家の当主なんだから」


「端的に申し上げますと、此花家は今、金欠でごさいまして」


「そんなはずないわ! 此花家にはどれだけの資金があると思ってるのよ」


「光二郎さまと佳代さまのお金の使い方が奔放でして」


「なっ……あの二人め!」


 疲れたのか、天音が敷いた布団の中でスヤスヤと眠っている。


 咲夜はふと頭を傾ける。


「でもおかしいわね。二人が無駄遣いした程度で、ここまでの金欠になるかしら?」


「申し上げにくいのですが、一番散財しているのはお嬢さまでして……」


「ア、アタシは必要なものを買い揃えてるだけよ。それにアタシは、アタシへの貢ぎ物を使ってたのよ。そうよ! 貢ぎ物を質に入れればいいわ!」


「これまた申し上げにくいのですが……」


「今度は何!?」


「今までお嬢さまに献上されていた宝石やら絵画、他にも調度品などすべて、送り主の皆さまが回収して行った次第でして……」


「何ですって!? それじゃあまるで追い剥ぎじゃない!」


「此花はお家騒動で揉めているとの噂が広まってしまったらしく……しかもお若いお嬢さまが当主では不安だからと距離を置いているようで……」


「で、給料が払えないから、天音以外は全員逃げたってわけ?」


「全員ではありません。もう一人侍女が──」


 そこで初めて存在に気がついた。

 眼鏡をかけた女の子が、ペコリと頭を下げている。

 かなり小柄だ。

 顔にはソバカスが見えることを考えると、咲夜とほとんど年齢は違わないのかもしれない。


「か、籠目(かごめ)と申します。不慣れではございますが、一生懸命、咲夜お嬢さまのお世話をさせていただきます」


「この子はまだ入ったばかりでして。田舎に帰るお金もないとのことなので残すことにいたしました」


「で、そっちのくたびれた爺さんは? 道にでも迷った?」


「お嬢! 相変わらず手厳しいですな!」


 燕尾服を着た白髪の老人は「カッカッカッ」と笑う。


「この時時(ときと)小伊之助(こいのすけ)、無給で良いので此花家に残らせていただきたいと申した次第です! お嬢のことは小伊之助が命に換えてもお守りいたす!」


「命に換えてもって……ついこの間、アタシが殺されかけた時はどこに行ってたのよ」


「は? 殺されかけた? 小伊之助が数十年振りの休暇をいただいておった間に、まさか刺客が現れたのですか!? 許せん!」


「はいはい、今のは冗談よ。忘れなさい──ということは、アナタたち三人と役立たずの『神の使い』だけか……」


「そう言えばお嬢、そちらの青年はお嬢の『良い人』で?」


「んなわけないでしょ。この男のことは無視していいわ」


「おいおい。そりゃないだろ──俺の名は黒鶫(くろつむぎ)だ。よろしく」


「クロ殿、よろしく。ワタシはこの此花家の最古参で──」


「自己紹介はいいわ!」


 咲夜はテーブルを叩く。

 全員が驚いたように目を剥いた。


「このままじゃ、此花家の存続の危機よ! 何とかしないと、お父さまが海外からお戻りになる前に路頭に迷ってしまうわ!」


「とりあえずお嬢さま、食後にどうぞお召し上がりください」


 天音はテーブルの上に丸い焼き菓子のようなものを置いてくれた。


「これは何?」


「パンというものです。とは言っても、小麦粉をこねて成形し、焼いただけなのですが」


 一口頬張ると、咲夜は目を丸くする。


「美味しい!」


「それは良かったです──お嬢さま? どうかされましたか?」


「閃いちゃったわ」


「何をです?」


「天音。このパンを大量に焼きなさい!」


「え? 大量にですか? お嬢さま、お言葉ですが、食べ過ぎは良くないかと」


「違うわよ。このパンを売るの。パンがバカ売れしたら、あっという間に此花家を建て直すことができるわ! アタシって美しいだけじゃなく、天才だったようね!」


 飛び交う小判を思い浮かべ、咲夜はヨダレを拭う。


 唖然とすると天音たち。


 そして険しい表情で、クロはつぶやくのだった。


「お前、絶対に自分の役目を忘れてるよな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ