第二夜 え? まだ二話目ですよ!? もう月詠の聖女として目覚めちゃうんですか!?
「そこのくたびれた親父! アタシにこんなことをして、まさかタダですむと思ってないわよね」
薄暗い地下の牢屋の格子を握りしめ、咲夜は叫ぶ。
「このアタシを誰だと思ってるの!? 此花家の次期当主なのよ!」
「やかましい娘だな。それに誰がくたびれた親父だ!」
咲夜を逮捕した刑事は、冷ややかな目を向ける。
「部屋に踏み込んだ時に捜索したら、タンスから毒入りの瓶が見つかった。もう言い逃れはできんぞ。この性悪女め!」
「どこまで阿呆なのよ!」
咲夜は刑事を指差した。
「アンタの首の上に引っ付いてる『それ』の中身は空洞なの!?」
「なんだと!?」
「どうしてアタシがお母さまを殺さなきゃないないのよ!」
「娘が母親を殺すなんて、珍しくもなんともないさ」
「じゃ、仮にアタシが犯人だというのなら、犯行に使った毒を今だに隠し持ってるのはどう説明するわけ? 犯人ならさっさと処分するに決まってるじゃない!」
しばらく黙っていた刑事は、やがて何度かうなずいた。
ようやく理解してもらえたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「だろうな」
「は? だろうなって……」
「ワシも馬鹿じゃない。お前が犯人ではないことくらいは知ってんだよ」
「なっ──だったら早くここから出しなさいよ!」
「ワタシが命じたのだよ」
階段の奥から誰かが降りて来る。
立派な顎髭を蓄えた大男だ。
「こ、光二郎叔父さま!」
「どうも咲夜お姉さま。案外元気そうね」
「佳代までどうしてここに!? それに叔父さま、先ほど依頼したって言ってたけど、一体どういうこと!?」
「言葉通りさ──ご苦労だったな」
光二郎がうなずくと、刑事は「お安い御用で」と、敬礼をして行ってしまう。
それを見送ると、光二郎は改めて咲夜を見た。正確には見下した、というべきか。
「なぜこんなことをしたか? 決まってるだろ。此花家をワタシたちのものにするためだ。そのためには咲夜、お前や姉上には生きていてもらっては困るのだよ」
「そんなことのために、実の姉であるお母さまを手にかけたって言うの!?」
「怪しまれないよう食事に少しずつ毒を混ぜていたのだよ。お前の食事にも同様に毒は入っていたはずなんだがな」
しげしげと咲夜を見る。
「どういうわけか、お前にだけはまるで効果がない。だから警察に鼻薬を効かせて、このような手を打ったというわけだ」
「なんて卑劣な!」
「なんとでもほざけばいいさ」
「裁判になればすぐにアタシの無実は証明されるわ! 覚悟しなさいよ!」
「あはははははっ!」
狂気じみた笑い声が上がる。
佳代だ。
「咲夜お姉さま。いつまでもご自分の思い通りになると、思わない方がよろしくてよ」
咲夜はハッと息を呑む。
佳代の手に、キラリと光る短刀が握られていたからだ。
「お姉さまは、これから自ら命を断つの」
「誰が自殺なんか──」
「脚本はこうよ。母親殺しがバレて悲観した咲夜お姉さまは、警察官の目を盗み、牢屋の中で隠し持っていた短刀で首を切る──どう? よくできてるでしょ?」
「ふざけんじゃないわよ! このアタシが黙って殺されるとでも思ってるの!? 誰か! 誰かいないの! このアタシを助けなさい!」
光二郎は懐から鍵を取り出すと、牢屋の扉を開ける。
「誰も来ないさ。しばらく人払いをするように伝えてあるからな。咲夜、心配しなくていいのだよ。大人しくしてれば、楽に殺してやるから」
咲夜は後ずさる。が、すぐに壁にぶち当たってしまい逃げ場を失う。
「クロ! アタシの守護者なのよね。だったら命令よ、なんとかしなさい!」
クロは大きな欠伸をすると、興味なさげに言うのだった。
「月詠の聖女が、この程度のことを乗り切れないでどうする。自分でなんとかしてみろよ」
「ふざけないで!」
「咲夜、一体誰と話してるんだ」
「気でも触れたのよ、お父さま。自宅にいる時からずっとこの調子なの」
「なるほど。母親殺しも自殺も、すべて頭がおかしくなった結果、ということにできるな。さあ、こっちへ来るのだよ」
「やめて! 近寄らないで!」
抵抗するが、手狭な牢屋の中ではすぐに捕まってしまい、動きを封じられる。
「世話の焼ける姪っ子だ。だが、それも今日で終わり──!」
突然、光二郎はバランスを崩して膝をつく。
その拍子に咲夜をつかんでいた手が離れる。
「お前は!?」
天音だ。
唇を固く結び、表情を強張らせている。
細身の体でありながら、勇敢にも光二郎に体当たりをしたようだ。
「咲夜お嬢さま! お逃げください!」
「ど、どうしてこんなところにいるのよ!」
「いいから! とにかく今はここからお逃げ──!」
「天音?」
「さ、咲夜お嬢……さま……」
天音は前のめりになって、牢屋の冷たい石の床に突っ伏すのだった。
咲夜は息を呑む。
彼女の背中は血で真っ赤に染まっている。
後ろから刺されたのだ。
「使用人の分際で!」
光二郎は「ペッ」と唾を吐く。
「当主に歯向かうとは生意気な! 咲夜を始末した後は、貴様を八つ裂きにしてやるのだよ!」
天音を跨いで咲夜のところへやって来る。
「咲夜、観念してワタシに殺され──ん?」
天音が最後の力を振り絞り、光二郎の足にしがみついているのだった。
息も絶え絶えといった感じだ。それでも咲夜を見つめ、うなずく。
「お、お嬢さま……今のうちに、ど、どうかお逃げください……」
普段は太々しい咲夜だったが、さすがにこの状況では顔を青ざめさせていた。
唇を震わせながら、後ずさる。
「ど、どうしてアタシのためにそこまでするのよ。馬鹿じゃないの!? アタシはね、アナタを散々イジめて来た人間なのよ!?」
「は、はい……私は馬鹿です。ですが、咲夜お嬢さまの、じ、侍女なのです……」
「この虫ケラめ!」
光二郎が足を蹴り上げる。天音にはもう力は残されてはいなかったようで、振り払われてしまうのだった。
「身分をわきまえなさいよ!」
すかさず佳代がやって来ると、弱り切った天音に向かって、あろうことか蹴りを入れるのだった。
「この使用人風情が! わたくしたちに楯突くなんて百万年早いわ!」
何度も蹴られながら、それでも天音は細い腕を伸ばし、少しでも敵たちが咲夜の元へ行くのを阻止しようとしている。
「あ、天音……」
咲夜の心臓が大きく脈打つ。
体の底から、今までに感じたことのない力が湧き上がってくるのだった。
そして咲夜の口から、ポツリ、ポツリと言葉の雫が溢れていく。
「醜い……なんて醜いの……こんな醜い者たちを……この世界に……のさばらせてはいけない……」
「はあ? 咲夜お姉さま。この後に及んでわたくしを侮辱しますの?」
怒りの表情を浮かべた佳代の額には、血管が浮き出ていた。
「ちょっと見た目がいいだけでいい気になりやがって! 見た目なんてただ運が良かっただけだろうがよ」
咲夜がキッとニラみつけると、佳代は「ヒィ」と小さな悲鳴を上げる。
「それ以上、口を開くな。虫唾が走る」
咲夜は光二郎と佳代に向かって手のひらを向ける。
「月詠の精霊よ。この者たちを浄化せよ!」
「咲夜お姉さま、それは一体なんのおまじないなのかしら──!」
あたりは光に包まれる。
それは目を開けていられないほどの強い光だった。
やがて浄化されていくのだった。




