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第一夜 聖女ですよね!? あれ? 殺人の容疑がかかってるみたいですが……。

「本っ当に使えないわね! アナタって!」


 豪華な日本家屋。

 此花(このはな)咲夜(さくや)は、憤りながら長い廊下を早足で歩いて行く。


「着物にシミが付いてるのに、どうして気がつかなかったの!? アタシにこんなみすぼらしい格好で人前に出ろと!?」


「申し訳ありません、咲夜お嬢さま」


 そそくさと後をついて来る侍女の天音(あまね)は、恐縮しきりだ。


「ただいま代わりのお召し物をお持ちいたしますので、お部屋でお待ちくださいませ」


 咲夜は自室に入るなり、手に持っていた手拭いを投げ捨てる。


「早くしてちょうだい! 来客はアタシに会うために来てるんだから!」


「承知いたしました」


 深々と頭を下げると、天音は慌てて部屋を出て行くのだった。


「まったくもう! どうして事前に確認しておかないのかしら!」


「聞きしに勝る性格ブスだな。お前は」


 咲夜は眉根を寄せる。

 見知らぬ男が、部屋の隅で壁にもたれて立っていたからだ。


 短く整えた髪の毛は、美しい銀色をしている。肌艶を見る限り、まだ二十代の半ばといったところか。

 鼻筋が通っていて、間違いなく美形の部類に入るだろう。


 どことなく、妖艶な雰囲気のする男だった。


 ズボンにシャツにサスペンダーという、かなりハイカラな格好だ。使われている生地は上等なものだと一目でわかる。


 男は壁から体を離すと、一歩二歩と昨夜に近付いて来るのだった。


「あのシミって、お前が飲み物をこぼした時にできたモノだろ? なのに怒鳴られたんじゃ、侍女の彼女もたまったもんじゃねえよな」


 そう言って男は肩を揺する。


 おかしかったから──というよりも、咲夜を蔑んでいるのだろう。


 証拠に、切れ長の目はちっとも笑っていない。


「そろそろそのクソな性格を直さねえと、そのうち誰かに後ろから刺され──!」


 男は不意に水を浴びせられる。足の先までズブ濡れになってしまった。


 咲夜が近くにあった花瓶の水をかけたのだ。


 もちろん悪びれる様子は微塵もない。

 それどころか、気が強い彼女の性格を表すように、形の良い小さな鼻をツンと持ち上げている。


「水が滴って、少しはいい男になったかしら?」


「いい度胸してるじゃねえか」


「それはこっちの台詞よ」


 咲夜は男を一瞥する。


「誰であろうと、無断でアタシの部屋に入って来るなんてあり得ないわ。覚悟はできてるんでしょうね?」


 男は呆れたように頭を振った。


「まったく……神はよりにもよって、どうしてこんなクソ女を『月詠(ツクヨミ)の聖女』に指名したんだか……」


「何を訳のわからないことを言ってるの? それとも気が触れたフリをして、この場をやり過ごそうっていうのかしら。だとしたらお生憎さまね。阿呆だろうと変態だろうと、アタシは容赦しないわ」


「やはり気づいてないのか」


「なんのことよ」


「お前は月詠の精霊の洗礼を受けた『月詠の聖女』なんだ」


「ツクヨミ ノ セイジョ?」


「そして俺は月詠の聖女の護衛を仰せつかった守護者、黒鶫(くろつぐみ)だ」


 咲夜はしばらく黙って男を見つめていたが、やがて興味なさげに「ふーん」と言った。


「で、『クロ』とやら。言いたいことはそれだけかしら?」


「勝手に略すな! つうか、本題はこれからだ」


 濡れたシャツを脱ぐと、鍛えられた胸筋があらわらになる。


「ちょっと! 何してんのよ!?」


 咲夜は頬を赤らめて顔を背ける。

 それを見て、クロは頬を持ち上げた。


「なんだ。意外とウブなんだな。性格はクソなのに」


「は? お、男の裸なんて見慣れてるわよ! アタシを誰だと思ってるのよ!」


「ムキになるなよ。お前が処女なのは知ってるよ」


「だ、誰が処女よ!」


「それはそうと、お前には早急に月詠の力を使いこなせるようになってもらわなきゃならないんだ。何せ、事態は切迫してるからな」


「だからさっきから一体何を──」


「もうすぐ神の寿命が尽きるんだ」


「は?」


「新しい神が玉座に着くまで、最短でも七十七日かかる。その間、この世は『神不在』となるんだ。そこで出番となるのが──」


 クロは咲夜を指差す。


「『月詠の聖女』である此花咲夜──お前だ」


 咲夜は緊張した面持ちで生唾を飲み込んだ。

 決して信じたわけではない。

 話は突拍子もない内容だし、信じるに足る材料は、今のところ何もない。

 ただ、それを語るクロという男からは、冗談や虚言で煙に巻いてやろうなどといった邪な雰囲気は感じられなかったのだ。


「神が亡くなられた瞬間、この世界は不浄で溢れかえる。浄化しないとあっという間に混沌となり、やかてこの世界は滅びてしまう。そこで月詠の聖女は『月詠の精霊』たちを呼び出し、不浄を浄化する。言わば、次の神が玉座に辿り着くまでの時間稼ぎが、お前に課せられた任務というわけだ」


「長々とご高説いただいて悪いんだけど」


「なんだ?」


「残念ながら人違いのようね。アタシには不浄を浄化する力なんてないわ」


「心配せるな。月詠の力が使えないのは、捻じ曲がったお前の性格のせいだ」


「なんですって!?」


「心を入れ替え、善行を積めば、やがて月詠の力を使えるようになる」


「さっきから何度このアタシを侮辱すれば気がすむわけ!? 第一、アタシの性格のどこが捻じ曲がってるっていうのよ!」


「自覚がないのか……それはまた厄介だな……」


「仮に、仮によ? アタシの性格が悪いとして、それの何が問題なのよ」


 咲夜は両手を広げ、くるりと回る。


「ごらんなさい! この美貌があれば、男どもはみなアタシの前にひれ伏すの。現に、今日だって多くの男が貢ぎ物を持って列を作ってるのよ」


「残念ながら、それも今日までだ」


「なんですって!?」


 咲夜が眉根を寄せたそのタイミングで、


「大変お待たせいたしました」


 と、侍女の天音が戻って来る。


「お嬢さま、お着替えをお待ち──」


 言葉を切ると、「まあ!」と口を丸くする。


「も、申し訳ありません! 咲夜お嬢さまがまさか、と、と、殿方と()()()()()()()をなさっているとは知らず」


 クロの上半身が露わになっているため、どうやら勘違いさせたらしい。


「何を言ってるの、天音。そんなんじゃないわ」


「し、しかし、こちらの紳士は──」


「へえ」


 クロが興味深げに声を上げる。


「俺の姿が見えるってことは、彼女はお前の味方ってことだ」


「当たり前じゃない。侍女が主人に従うのは当然よ」


「上辺だけならなんとでも言えるさ。でも、これだけ邪険に扱われても俺が見えるのは、心底お前を慕ってる証拠だ」


 クロは天音に向けて苦笑する。


「君も大変だな。こんな性格ブスに仕えなきゃならないなんて──ん? どうかしたかい?」


 天音が仏頂面なのを見たからだろう。クロは眉を持ち上げた。


「何か悪いことで言ったかな?」


「咲夜お嬢さまのことを悪く言うのは、ご遠慮いただけますでしょうか」


 するとクロはまるで物珍しいモノを見たように「ほう」と声を上げるのだった。


「大したものだ。なぜ君はこの女にそこまで忠誠を誓うんだ? まさか、何か弱味でも握られてるのかい?」


「私はただ──」


「天音。無視していいわ」


「しかし、お嬢さま」


「警備を呼んで。そしてこの変質者を連れ出してちょうだい」


「咲夜お姉さま!」


 次にやって来たのは、従姉妹(いとこ)佳代(かよ)だ。

 おさげ髪で眼鏡をかけている。

 頬にはソバカスの跡があり、派手な感じのする咲夜とは対照的に、こちらは地味な印象を受ける。


「こんなところにいらしたんですね。お客さまがお待ちですよ。お誕生日に主役がいないんで、みなさん大騒ぎで──」


 佳代はそこで言葉を切った。咲夜と天音が不思議そうに自分を見ていたからだ。


「どうされましたか? 咲夜お姉さま」


「アナタ、この男が見えないの?」


「男?」


 部屋の中を見回すと、やがて悲しげに表情を曇らせる。


「咲夜お姉さま。またわたくしをからかうんですのね。そんなことをして楽しいですか?」


「からかってるつもりはないわ──佳代、本当に見えないの?」


 クロは、ほらな、と言いたげな表情をしている。


 佳代は改めて部屋の中を見回すと、やはり肩を落とすのだった。


「ここにはわたくしとお姉さま、それから天音しかいないじゃありませんか」


「そんなまさか……」


「俺が見えないってことは、この女は『悪者』だ」


「黙りなさい! この子は従姉妹で、アタシに逆らったことなんて一度もないわ!」


「いいことを教えてやるよ」


 クロは咲夜の耳元で囁く。


「この佳代って女はな、お前の()()()()()()()()()()()だ」


 そして押し殺したように笑いながら驚愕の事実を口にする。


「しかも母親殺しの罪を、お前に着せようとしているんだ。これだから人間って奴は厄介だな」


 咲夜が目を見張ったその時、部屋の外が急に騒がしくなる。


 ドタドタと廊下を駆けて来る足音。


 一人二人ではないようだ。


 勢い良く障子の引き戸が開け放たれる。


「此花咲夜だな!」


 口髭を生やした刑事の手には、令状が握られていた。


「母親の此花小夜(さや)殺害の容疑で、お前を逮捕する!」

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