3
ジルファリア王国の魔術師団を迎えるため、王城ではレセプションパーティーの準備が整っていた。大広間では柔らかな音楽が流れ、貴族たちは華やかな衣装に身を包み歓談に興じていた。
わたしは水色のドレスを着て、胸元にはエメラルドの装飾が施されたペンダントを付けていた。このペンダントはイヴァールから贈られたもので、常に身につけておくようにと言われている。
正面の壇上に設置された玉座の近くにイヴァールと共に立っていると、華やかに着飾った令嬢たちが次々と近寄ってきた。イヴァールは今夜もまた、その溢れる魅力で彼女たちの視線を一身に集めている。
「イヴァール殿下、今夜もその輝かしいお姿が印象的ですわ」
「その優雅さに、皆心を奪われますわ」
「その装い、まさに完璧ですわ」
「殿下の笑顔が、この場をさらに華やかにしていますわ」
興奮気味な令嬢たちのイヴァールへの賛美が響き、彼は貴公子の仮面を外すことなく、彼女たちに眩いばかりの笑顔を向けて応えている。
「ジルファリア王国の使者の皆様をお迎えするにあたり、私たちはこの会場を美しい花々で飾りました。しかし、最も美しい花々はここに揃っていましたね」
「「「「まぁ!」」」」
イヴァールの言葉に、彼女たちはさらに彼に心を奪われたように、恍惚の表情を浮かべていた。
彼女たちは学園に入学したときからずっとイヴァールの周りを取り巻く令嬢たちで、イヴァールは学生時代と変わらず、彼女たちが開くお茶会に頻繁に顔を出している。
国王陛下の入場を告げる楽の音が流れ、そちらへ視線を向けると、正面横の扉が開き陛下と王妃殿下が姿を現した。全員が玉座の前に立つ陛下に注目し、会場は一瞬で静まり返った。
「今宵、皆がこの場に集まりしことを誇りに思う。まず、我が国の発展に貢献してくれたすべての者たちに深く感謝する」
陛下の開会の言葉に続き、オーケストラの音楽が小さく流れ始めた。貴族たちは歓声と大きな拍手を送った。
「さて、尊貴なゲストを歓迎しよう。ジルファリア王国の使者である魔術師団だ。皆、両国の友好と繁栄を共に祝おう」
陛下の威厳ある声が響き、流れていた音楽は華やかに大きくなった。
後方の大扉が開き、五人の男性と一人の女性が登場した。彼らの独特なオーラが大広間に広がり、会場は高揚と適度な緊張感に包まれた。
彼らは正面の玉座に向かって優雅に歩を進めていた。
(え……?)
彼らがわたしの前を通り過ぎるとき、その視線が胸元のペンダントに向けられたように感じたが、気のせいだろうか……。
魔術師団が玉座の前に整列すると、陛下は大きく頷き、彼らを見つめた。
「ノレアス王国へようこそ、ジルファリア王国の使者たちよ。長きにわたる我が国への貢献に深く感謝する。臣民と共にそなたたちを歓迎する」
陛下が歓迎の言葉を述べると、先頭を歩いていた年長の魔術師が一歩前に出た。
「長旅の疲れも忘れるほどの歓待に感謝いたします。我々は貴国の繁栄と平和のために尽力する所存です。両国の友好がさらなる実りをもたらすことを祈念いたします」
彼の言葉に、会場には再び大きな拍手が響いた。
陛下が玉座に座り、レセプションパーティーが本格的に始まった。貴族たちはそれぞれの魔術師たちとの交流を楽しんでいた。年長の魔術師は重鎮たちに囲まれ、比較的若い魔術師は令嬢たちに囲まれている。
そんな中、女性の魔術師のもとへダニエル殿下が駆け寄った。彼は彼女の手を取り、何やら感謝の言葉を述べていた。
(お知り合いなのだろうか)
わたしがそう思ったとき、ダニエル殿下がイヴァールを呼んだ。
「リディア、怪しいやつに気をつけろよ」
「はいはい。わたし、飲みものを取りにいってくるわ」
イヴァールはダニエル殿下の呼びかけに応じ、わたしは給仕からシャンパンを受け取り、バルコニーへ向かった。
「いい風ね」
外に出ると、冷たい風が心地よく感じられた。バルコニーから見える庭園は石畳の小道が伸び、整えられた花壇や低木が美しく彩っている。中央には蔓植物が絡みついたガゼボがあり、その静かな佇まいが夜の庭に調和をもたらしていた。池の水面には白い睡蓮が浮かび、庭園全体に落ち着いた雰囲気が漂っている。
「美しい月ですね」
その声に驚いて振り返ると、そこには黒髪に黒い瞳の、端正な顔立ちの男性が立っていた。ノレアス王国で珍しいそれらは、淡い月光を受け輝いていた。
「こんばんは、レディ。厳重な防御ですね」
「こんばんは、魔術師様。ええと……?」
「おや、ご存じないのですね」
彼の言葉に首を傾げると、彼はにこりと笑みを浮かべ、優雅な所作で頭を下げた。
「私はローラン・エスターライヒと申します。エスターライヒ侯爵家の二男です」
「ベルヴュー辺境伯が長女、リディアでございます。この度は、我が国での重要な任務にご尽力いただくことに、深く感謝申し上げます」
わたしは膝を折り、礼を返した。顔を上げると、彼はわたしをじっと見つめていた。
「興味深いな……」
「え?」
わたしがそう言ったとき、会場内がざわめき始めたことに気づいた。
(何かあったのかしら)
わたしたちは目を見合わせ会場内へ戻った。
会場の中央ではジルファリア王国の魔術師団が集まって、何やら話し合っていた。
「どうかしたの?」
イヴァールに近づいて尋ねると、彼は軽く考えるような顔をして話し始めた。
「魔獣除けの交換には魔術師が三名必要なんだ。ノレアス王国には二つの魔獣除けが設置されているから、今回我が国を訪問した魔術師は六名。だが、妻が出産したという急な報せを受けた一名がたった今帰国したんだ」
その場は戸惑いを含んだ声が微かに波立ち、緊迫した空気に包まれていた。
「またか、グレン・スミス……!」
「別に問題ないですよね?」
女性の魔術師が忌々しそうな顔でそうつぶやくと、エスターライヒ様がしれっと答えた。
「エスターライヒ弟! 魔獣除けの交換は高魔力保持者三人がかりでやっとできることなのよ!? 二人でどうやってやるつもりなの!?」
「フェリシア様、落ち着いてください。この国には高魔力保持者がいるじゃないですか」
彼がそう言うと、周囲の視線が一斉にイヴァールに向けられた。
「第三王子殿下、恐縮ですが、お力をお貸しいただけますでしょうか」
年長の魔術師が申し訳なさそうにそう言うと、イヴァールはわたしをじっと見たあと、頷いた。
「わかりました。私が役に立てることがあれば、国のためにできる限りのことをいたします」
イヴァールが答えると、周囲の人々はほっと安堵の表情を浮かべた。そして彼の決意を称える拍手が広がった。
その拍手の中、イヴァールはわたしに顔を近づけ、耳元で低い声を出した。
「お前、さっきバルコニーでポーッとしてただろ。この浮気者」
「な、何よ……!? ポーッとなんてしてないわよ! だいたい、そういうあんたは何なのよ!?」
「俺は浮気なんかしていない」
イヴァールはそう言ってグイッとわたしの手を引き、中央のダンスフロアへと向かった。その表情にはどこか拗ねた様子が見て取れ、わたしはそれに呆れつつも、少し強引な彼のリズムに従った。
「一曲踊ったら離宮に戻るぞ」
「え? もう帰るの!?」
「当たり前だろ! そろそろ寝る準備をする時間だ。湯浴みで体を温め代謝や免疫力を高める。そしてゴールデンタイムにしっかりと眠ることが、美を保つために何より大切なんだ!」
「はいはい、そうですか……」
イヴァールの美意識は年々磨きがかかっている……。