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 共に成長したわたしたちは十三歳を迎えると、貴族学園への入学を果たした。ノレアス王国では十三歳から十五歳の王侯貴族は、貴族学園への入学が義務付けられているからだ。


 ところが、入学したわたしたち……いや、イヴァールに問題が起きた……。


 入学初日、王家の紋章が掲げられた馬車が学園に到着し、わたしたちは降り立った。すると……。



「イヴァール様、お噂はかねがね伺っておりますわ。わたくしアデルと申します」

「イヴァール様、初めてお目にかかります。わたくしはブレンダでございます」

「イヴァール様、わたくしはカミラですわ。ご挨拶できて嬉しいです」

「イヴァール様、デビュタントではぜひこのデボラと踊っていただけませんか?」



 その場に現れたイヴァールを見た令嬢たちは、驚きに目を見張り、密に群がる蜂のごとく、サッとイヴァールを取り囲んだのだ。


 イヴァールは一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐに貴公子の仮面を被った。柔らかな笑顔を浮かべ、優雅な所作で彼女たちに答えた。



「美しいレディたち、初めまして。お会いできて光栄です。この歴史ある由緒正しい貴族学園で共に学べること、大変嬉しく思います」



 このとき、イヴァールは自分の容姿が優れていることに気づき、図に乗ったのだ……。



 図に乗ったイヴァールは令嬢たちが開くお茶会に頻繁に顔を出すようになり、夜会へも積極的に参加した。


 お茶会では自慢の美貌を惜しみなく披露し、令嬢たちの注目を一身に集めた。彼は巧みな話術で皆を笑わせ、ときには最新のファッションや流行の話題を提供してその場を盛り上げた。


 夜会では華麗なダンスを披露し、次々と令嬢たちをパートナーに選んで踊った。彼の優雅な動きと魅力的な笑顔に誰もが心を奪われた。



(今まで森の離宮からほとんど出ることなかったもんなぁ……)



 イヴァールの人気が高まるにつれ、彼の婚約者であるわたしは当然のように令嬢たちにとって邪魔な存在となった。


 けれど、彼女たちがわたしに直接的な攻撃を仕掛けてくることなかった。我がベルヴュー辺境伯家は王国最強の騎士団を擁しており、彼女たちはその影響力を恐れたのだ。


 そしてそれは令嬢たちだけでなく、子息たちも同様だった。イヴァールと違い、わたしに声をかけてくる男性は、卒業するまでただのひとりもいなかったのだ。





 ***





 コンコンとドアをノックする音に続き、大量の書類を抱えた事務官が第三王子執務室に入ってきた。彼は一枚の書類を手に取りイヴァールに差し出した。


「イヴァール殿下、こちらの案件ですが、至急対応願います」


 彼から受け取った書類に目を通したイヴァールは、小さく息を吐いてそれを彼に返した。


「このくらいバルサザールが対応できる」


 イヴァールがそう言うと、彼は気まずそうに答えた。


「それが、バルサザール様はお耳が遠くなられて……。それに、足腰の調子も芳しくないらしく、『寄る年波には勝てんのじゃ……すまんのぅ……』とおっしゃっておりまして……」


 彼のバルサザール様のモノマネに感心しつつも、その言葉にわたしは首を傾げた。


(つい最近お会いしたバルサザール様は、あと二・三百年くらいは軽く生きられそうな威勢だったわよ? なんなら泳いで海を渡っても平気そうなくらい元気だったのに)


「チッ、あのジジィ! 師匠のくせに下手な小芝居なんかしやがって! 今日俺は茶会なんだぞ!」


(茶会ねぇ……)


 微かな苛立ちを覚えたわたしは、書棚を整理していた手を止め、イヴァールに代わり書類を受け取って答えた。


「かしこまりました。至急対応いたします」

「あっ! お前勝手に……」


 反論しようとするイヴァールを視線で制し、受け取った書類を彼の机の上に置いた。





 わたしたちは成人年齢の十六歳を迎え、イヴァールは第三王子としての仕事に取り組んでいる。彼は外交や国内の政策決定など、多岐にわたる重い責任を担いながらも、魔術師としても活躍している。


 わたしは彼のスケジュール管理や文書作成、会議の準備など、彼の補佐を務めつつ、ベルヴュー辺境伯家の嫡子として、父から領地の管理や経営を引き継ぐ準備もしている。



 先ほど依頼された案件は、王都近郊の堤防に損傷が発見され、その補修を行うことだった。


 現地を調査するため、わたしたちは王城の馬車寄せへ向かって歩いていた。


「リディア、ヤキモチか?」


 一歩後ろを歩きながら、イヴァールがわたしを揶揄うように言った。


「別に。いつどこで誰と何をしようとイヴァールの自由だもの。婚約解消だっていつでも受け入れるわよ?」


 足を止めることなく平然と答えると、イヴァールは不機嫌そうに答えた。


「またそれか。いいか? 婚約解消はしない! 俺はお前に傷を負わせた責任があるんだ!」

「こんなの全く気にならないって何度も言っているじゃない。それに今ではよーく見ないとわからない程度だし」

「それでも怪我を負わせた事実に変わりはない。とにかく婚約解消はしないからな!」

「はいはい、わかったわよ……」


 苛立ちを隠せない様子で小さく舌打ちをしたイヴァールが立ち止まり、わたしが振り返ると彼は両手を広げた。


「リディア、来い」

「は?」

「いいから」


 イヴァールに手を引かれ彼の両腕に閉じ込められると、周囲の景色が一瞬で変わった。



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「ちゃんと掴まってろよ」



 わたしたちは、眼下に大きな川を望む空に浮かんでいた。


「落ちるぅーーー!!」

「落とすわけないだろ」


 わたしは叫びながらイヴァールに必死に抱き着いていた。


「馬車は面倒だからな」

「え?」


 わたしが恐る恐る下を眺めると、そこは、補修を依頼された王都近郊の堤防だった。


 イヴァールは地上に下りることなく、そのまま片手を軽く動かした。すると、堤防のひび割れは瞬く間にふさがり、浸食は修復され、堤防は元の堅牢な状態に戻った。



「これでいいだろ。報告書は頼んだぞ」



 わたしは魔術師ではないけれど、これが驚異的だということはわかる。


 イヴァールはその膨大な魔力を、私利私欲のために使うのではなく、国のために惜しみなく捧げている。


(あれこれ言いつつも、彼のこういう姿勢が皆の信頼を集める理由なのよね)


「第三王子殿下ー! ありがとうございますー!!」

「イヴァール殿下、ばんざーい!!」


 地上では民たちが笑顔で手を振っている。わたしたちは彼らに手を振り返した。


「リディア、帰るぞ」

「うん……ん?」



 そのとき、視界の端に大きな石碑が映った。それは地上にそびえる壮大なもので、風雨に晒され苔むした表面には古代の文字が彫られているように見える。遥か彼方の時代から存在し続けているだろうその石碑は、圧倒的な威厳を放っていた。



「ああ、あれは魔獣除けだ」

「魔獣除けって、隣国の?」

「そうだ」



 隣国ジルファリア王国には魔獣が生まれるという魔の森があり、魔獣が他国へ行かないように定期的に魔獣討伐を行っている。しかし、万が一に備えて周辺国には魔獣除けの魔道具を設置している。


 あの石碑が魔獣除け……。初めて見るその神秘的な雰囲気に、わたしは思わず見入ってしまった。



「あの石碑ももうすぐ役目を終える」

「そうなの?」

「新しい魔獣除けが開発されたから、ジルファリアの魔術師団が周辺国の石碑を順番に交換しているんだ」



 わたしは記憶に刻むように、その姿を目に焼き付けた。







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