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 わたしたちは再び馬車に乗り込み、目的地である森へたどり着いた。木々が生い茂る奥へと続く道を見つめて、クラウスは不安げにつぶやいた。


「ここにぬいぐるみがあるのか……?」

「あるかどうかはわからないわ。でも、知っていそうなやつに聞くのよ」

「え? この森の中に誰か住んでるのか!?」


 驚くクラウスをよそに、わたしは迷いなく森の入口へ向かった。イヴァールは周囲を警戒しながらわたしの隣に並ぶと、さりげなく手を取って歩き出した。


 しばらく進むと、どこか見覚えのある場所にたどり着いた。わたしは息を吸い込み、大きな声で呼びかけた。


「おーい! わたしよー。出ておいでー」


 怪訝そうに眉をひそめるクラウスを無視して、わたしはもう一度声を張った。


「わたしよー! いるなら返事してー!」


 わたしの声が静かな森に響き、風がざわりと木々を揺らした。再び静寂が訪れると、聞き覚えのある声が近づいてきた。


「クィーーー!」


 その鳴き声とともに、目の前の大きな樹の枝に一羽の灰色の鳥が舞い降りた。わたしは肩に掛けていたポシェットから小さな包みを取り出し、鳥の前に差し出した。


「久しぶりね。これはお土産よ。後であの子たちと食べなさい」

「クィークィ!」


 鳥はうれしそうに鳴きながら、小さく頭を下げた。


「リディア、この鳥は何なんだ……?」


 クラウスが不思議そうに鳥を見つめる。


「知人……いえ、知鳥よ。少し世話になったの。とは言っても、もともとはこの子がわたしをここに連れてきたのよね」

「ククィ?」


 この鳥は、都合の悪いことはしらばっくれる習性のようだ。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど。あんた、このくらいのうさぎのぬいぐるみに心当たりはない?」

「クィー?」


 ジェスチャーを交えながらダメ元で聞いてみると、鳥は首を傾げ、じっと考え込むような仕草を見せる。そして突然、何かを思い出したように勢いよく鳴いた。


「クィ!! クィククィ!!」


 鳥はまるで「ついて来い」と言わんばかりに、羽を強くはためかせる。


「賢い鳥だな……」


 イヴァールが感心したようにぽつりとつぶやいた。





 鳥が案内した場所には、巨大な岩山がそびえ立っていた。その高さはゆうに百五十メートルを超え、鋭く切り立った岩肌は、長い年月を経ても崩れることなく、堂々たる威圧感を放っていた。


 クラウスはゴクリと喉を鳴らし、険しい表情で岩山を見上げている。


 頂上にはとんでもなく大きな巣があり、その中心には、空の覇者を思わせる巨大な天空鳥が鎮座していた。風が吹くたびにその真っ赤な羽がわずかに揺れている。


「まさか……あそこにあるってこと……?」


 わたしが鳥を見つめると、鳥は勢いよく羽をバタつかせながら巣の方向を指し示し、足踏みを繰り返しては、くちばしで何かを訴えるように動かしている。


「うーん、なになに……? 自分の獲物をあいつに奪われた……ってことかしら? よくわからないけど、あの天空鳥が怪しいのね?」

「クィクィ!」


 わたしが鳥に問いかけると、鳥は返事をするように頭を下げ翼を広げた。


「そう。案内ありがとう。あの子たちが待ってるわ。気を付けて帰るのよ」

「クィー!」


 わたしが声をかけると、鳥は力強く羽ばたき、軽やかに舞い上がっていった。軽々と飛び去る姿を目で追いながら、わたしは岩山の頂上に視線を戻す。


「イヴァール、あそこまで行ける?」


 わたしが尋ねると、イヴァールはじっと岩山を見上げ、しばし沈黙する。


「あの高さはさすがに……」

「……」


 イヴァールが言葉を濁すと、クラウスは崩れるように地面に手をつき、黙り込んだ。


「普通に登るのは不可能だな」


 イヴァールは周囲の状況を確認しながら、頂上へのルートを探っているようだ。しかし、どこを見ても鋭く切り立った岩壁が連なるばかりで、まともに進めそうな道は見当たらない。



「……ねぇ、こっち見てるわね」


 そのとき、天空鳥が鋭い目つきでこちらを睨み、威厳たっぷりに翼を広げた。その姿は、まるで侵入者を許さない番人のようだ。


「刺激しない方がいいな。機嫌が悪くなれば厄介だ」


 イヴァールは冷静に言い放ち、わたしはクラウスの前にしゃがんだ。


「このままここにいてもどうにもならないわ。離宮に戻って次の手を考えましょう」

「クラウス、行くぞ」

「……」


 イヴァールがクラウスの肩を軽く叩いて促すと、クラウスはゆっくりと立ち上がったが、未練がましく岩山を振り返った。しかし、それ以上どうすることもできないと悟ると、肩を落としながらもわたしたちのあとに続いた。





 離宮に戻ると、クラウスの側近が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「大変です! 王女殿下がこちらに向かっています!」


 わたしたちは思わず顔を見合わせる。


「王女殿下って……クラウスの異母妹のエスメラルダ様?」


 わたしが尋ねると、彼は息を切らしながら言葉を続けた。


「どうやら、クラウス殿下がここで鍵を探していることを知られたようで……奪いに来るつもりかと」

「くそっ……! もう嗅ぎつけたのか……!」


 拳を強く握りしめ、顔を歪めるクラウスに、イヴァールは腕を組み、真剣な声で告げた。


「急いだ方がいいな。まずは夕食をしっかり食べて、寝る準備を始めよう」

「そうだな、今日はもう寝……え? 寝る!? まだ早いだろ?」


 クラウスは驚いた表情でイヴァールへ顔を向けた。


「何を言っている? 『美は一日にして成らず』という言葉を知らないのか? いいか、まず夕食の前に軽く体を動かす。空腹時に運動をすれば脂肪の燃焼が促され、余分な蓄積を防げる。そして、質の良い食事を摂り、適切な栄養を取り入れることで美は磨かれる。しかし、食後すぐに横になるのは論外だ。消化不良を招き代謝を鈍らせる。これは、太らないための基本中の基本だ。さらに、睡眠不足は美の最大の敵! むくみを引き起こし肌の再生を妨げるだけでなく、免疫が低下し身体の調和も乱れる。だからこそ俺はゴールデンタイムの睡眠を何よりも重視している。それに、焦って動けば無駄なストレスを生み、肌荒れの原因になるだけだ。いつでも 最高の自分 を維持するためには、コンディションを整えることが不可欠だ。それこそが、美を極める者の心得だ!」


 イヴァールの堂々たる主張に、クラウスは唖然とした表情を浮かべた。わたしは、クラウスの肩をポンッと叩き、ため息を吐いて首を振った。


「なるほど……。イヴァールの劇的な変化には並々ならぬ努力があったんだな……」







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