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6 親友を死に追い込んじゃった

 



 プリューはこちらの心境などお構いなしに、俺の暗面を暴露し始める。


「同級生、中学時代からの()()友人。名前は結城だったかな? 昔は随分と仲良くやっていたみたいだが、高校生になってからその関係が壊れ始めた。理由はお前達が所属していたサッカー部での出来事」

「……」

「なあ? さっきも言ったが私は全てわかってるんだぞ? 黙秘してても意味がない。それよりもお前の物語(ストーリー)を共に振り返らないか?」

「……俺の事、最低の人間って思わないの?」

「別に」

 昔の自分に後ろめたさなど微塵も感じていなかったら、開き直って楽しく話をしているだろう。

 しかし、悪い事をした、罪を犯したという自覚が決してないわけではない。

 心の片隅にある罪悪感は毎日のように俺を責めていた。

 そいつは楽しい時も悲しい時も常時良心を刺激してきて。

 その都度『仕方なかった』『あいつらが悪い』そう自分に言い聞かせ、『相手が災いの原因だった』と脳へ認知させた。

 

「さて、瞑想をしているところ悪いが話を進めさせてもらう。私はお前を戒めるつもりなど一切ない。むしろ賛嘆している。だから、赤裸々に語り合おう。人間という壊れた生き物を終の道(ついのみち)(いざな)った素晴らしき過去を」

 まるで悪魔のようなプリューの風貌。もし正常な、真っ当な人生を歩んできたものなら彼女の姿を見た瞬間に拒絶するだろう。

 だけど、俺はその全てに惹かれ、自分という存在を認めてくれる唯一無二のプリューに心を寄せる。


 ——眼前のプリューはこちらを下から上まで見ると嬉戯し、円転自在に喋り始めた。

 俺と結城が中学時代()固い絆で結ばれていた親友であった事。

 苦楽を共にした仲だった事。

 互いの支えだった事など。

 それは真実であり、俺の思い出と合致する。


 関係が壊れ始めたのは高校に入ってから。

 サッカー部で期待の新人と言われていた俺と結城。

 ポジションは同じFWで良きライバルでもあった。


 ——だが、次第に結城が邪魔になる。

 何故なら、実力では俺よりも遥かに上手だったため、先輩達は結城ばかりを褒めていたから。

 コイツさえいなければ。そう心中で何度もボヤく。

 だから、俺は結城を排斥する事にした。


「ふむふむ。普通ならば『俺も』と努力して、互いを高め合うものだがな。まあ頭のネジがぶっ飛んでるお前ならではだな。実に滑稽」


 次の日、早速俺は行動に移す。

 部室のロッカーから先輩の財布を取り出し、中身を少しだけ盗んだ。

 それは事件にはならない程度の額。

 そして次の日も別の先輩から、その次の日は同学年の部員から、小銭を何枚か盗み、数ヶ月に渡ってその行為を俺は続けていく。

 危機感が欠落しているのか、不用心なのかズボラなだけか、結構な数の部員がロッカーに鍵をかけていなかった。中には一度盗られているにも関わらず施錠していない間抜けもいたりして。

 ……まあ鈍感で気付いていないだけかもしれないが。

 

「その意図は? お前の家は貧乏だったわけではないし、お金が必要だった、そんな事はないだろう」

「意地が悪いなあ。それすらもわかっているくせに」

「ふふふ。お前の口から聞きたいんだよ。『言葉に出す』そうする事でお前のしてきた行いが明瞭になっていく。そして、自身の罪をより自覚する。その時にどんな表情を浮かべるのか、眺めてみたくてな」

「……プリューも、結構な性格してるね」

「褒め言葉として受けておこう。——では、話せ」


 俺がしてきた少額の窃盗も少しずつ騒ぎになり始める。

 大した額じゃないからいいや、と大半の者は看過していたが、その胸奥にはずっと靄がかかったままであり、それを解消させようという感情が湧いてきたからだ。

 事件にもならないから解決もしない。

 誰も動こうとしないから事件にもならない。

 だから俺はそんな皆を牽引するため、蓄積された陰な感情に針を刺し破裂させた。


 実行の日——部活を終えた俺は開口一番、自身の財布が無くなっていると大声で訴える。

 当然、皆知る筈がない。ただの自作自演だからだ。

 仮にこれが平常なら『俺じゃない』『知らない』など否定や我関せずと言った返答がされるだろう。

 しかし、現状はそうじゃない。一部を除いて多数が被害者だったからだ。

 不安を解消させたい、皆と同じでありたい、といった同調や親和欲求が、俺を中心とした内集団を形成させる。

『お金を盗まれた者』と『盗んだ者』にまずは区別され、『被害者でも加害者でもない』ものは良心から自然と前者の味方につき、俺の敵は誰もいない状態に。

 そして、部員全員が一丸となり、事件を解決させようと奮起する。

 皆にある心の炎が燃え上がったところで、俺は最後の仕掛けを打った。


「人間というのは難解な問題ほど深く考えず答えを出そうとする。冷静になって思索すれば『何故お前だけが財布自体を盗まれたのか』その疑問を分析する必要性だってある事に気付ける。——けど、誰もお前を疑わなかったんだろ?」

「うん。それにそのタイミングで一番の被害者を攻撃するって相当な証拠がないとできないしね。下手したら自分が牙を剥けられるし」

「それと結城に関しても色々と印象操作をしていたな。みんなからのイメージが良くなるように、裏でコソコソと」

 悪い評価の人間が評判を落としても周りは特に驚かないし、まあそんなものだろうなと勝手に納得する。

 しかし、良い評価だった人間が評判を落とすような行為をした場合、周りに与えるショックは前者より遥かに大きい。

 期待されていた度合いがデカいほどイメージは急激に落下し、更にそれは『怒り』という感情を生む。

 こうなると今までと同じ目でその人物を見る事はできない。


 ——そして結城の好感度を上げ続けて、奈落の底へ落とした。

 

 財布を盗られた俺は持ち物検査をしようと提案する。

 それに対して嫌な顔をする者は当然、誰もいない。

 それどころか皆、積極的にバッグの中身を見せてきた。

 荷物チェックも着々と進み、やがて結城の番になる。


 ファスナーが開かれ、最初に顔を出したのは俺が予め仕込んでおいた財布。


 すぐに俺は自分の物だとアピールし、結城に向かってお前が盗んだのかと胸ぐらを掴んで責める。

 必死に否定する結城だがその嘆声は誰の胸にも届く事はない。

 

 ——その瞬間から結城を取り巻く環境は大きく変化した。

 今まで優しく接してくれていた先輩は冷たく対応するようになる。練習中の態度が悪い、他の部員を邪魔しているなど、適当な理由を作って部活終了後、部室で制裁をしていた。


「暴力、か。わかりやすいやり方だな」

「もともとサッカー部にはヤンチャな人や問題児が多かったからね。偏差値もそんな高い所じゃないし……まあ、威張れるような事ではないけど」

「結城への攻撃はどれくらい続いた?」

「半年位かな。それで——」

「エスカレートしていく虐めに心が壊れ自ら命を絶ったというわけか。お前らも陰湿だが結城も繊弱だな。自殺するぐらいならやり返せばいいものを。って全員が全員私のように強いわけではないからな。反撃のやり方も知らなれば自身が折れるしかない」

 プリューなんて虐めてしまったら後々どんな報復が待っていることやら。俺も大概だが彼女も相当性格がイカれてるし。


「それがお前の旧悪というわけだな。——そして、神罰が下った」


 そう。結城の遺書には無念な思いと真実が綴られていた。

 あの日、俺が財布を仕込んだこと。

 みんなから小銭を盗んでいたことなど。

 結城は全てを知っていたが、誰にも言えずに一人で抱え込んでいたようだ。

 この文章を読んだ先輩達は驚きを隠さずにいて。

 更に、手紙の最後には『許さない』という遺恨の言葉が俺に向けて書かれていた。


「で、暴力の対象がお前へと変わったわけか。なんていうか馬鹿だなお前。実に低劣な人間らしい末路だ」

「——プリュー。それはちょっと酷くないかな?」

「は?」

「いやだからさーもう少し言い方考えろって。俺この後……」

「上級生だけじゃなく、同級生にまで軽蔑されて排他される側の人間へと()()したんだろ?」

「……だぁ、かぁ、らぁ!」

「そして、自ら死んだ。ふふ……低レベルな策謀を練って、親友を陥れて、そこまでして自分を見てもらおうとしたのに。ふふ……ふ。ウケる。ほんとに至愚な奴だよお前は」

「……いい加減に、しろよ?」

 俺は侮辱してくるプリューの胸ぐらを掴む。共感してくれていると思ったのに……こんな裏切りは許さない。


「——離せ」

「黙れよ。俺の事、少しは理解してくれていると思ったのに」

「離せ」

「肯定してくれているんだろ? だったら——」

「離せと言っている。耳がないのかお前。指を噛みちぎるぞ」

 プリューの容色を見て、俺は一瞬で凍り付く。

 街で、住民に祝福される前、どこからか感じた冷たい死の目線。それと全く同じものを今の彼女から嗅ぎ取ったから。


「掴んだのは、ごめん」

「やれやれ。何を発情している。いくらが私が可憐だからっていきなり胸ぐらを掴んで犯そうとするな。このケダモノが」

「違う。そういうつもりじゃない。プリューの言動が」

「ぬかせ。お前がどういう意思を持って胸元に触れてきたかなんてどうでもいい。被害者である私がどう捉えたかが重要なんだ。——全く、ボタンが一つ外れてしまったではないか」

「いや、プリューの……あ……あ……」

「どうした?」

 盛大な勘違いをしているようだが、もはやそんな事どうでもいい。今のやりとりで全てを思い出した——


 プリューが再三にわたり言い続けていた俺の死。

 本当にそうだったら怖くて、繰り返し浮上してこようとしていたその部分を、必死に抑えつけていた。

 だが今この瞬間、その全貌が頭の中に戻り、はっきりとした記憶として脳裏に刻まれている。

 彼女は、プリューは最初から嘘なんてついていない。

 自殺しようとした事は真実で、あの日、みんなからの迫害に耐え切れず俺は屋上から飛び降りた。


 

 ——つまり、俺は生きていないということ……

 その容赦のない現実を受けて心の中に亀裂が入る。強い目眩にも襲われ、脚のみでは身体を支えることができない。

 膝から崩れ落ちて、両手を地面につく。

 

「なんだのそのみっともないポーズは——そうか! つい今し方、私に淫らな行為したからな。それに対しての懺悔というわけだな」

「……違うよ。そういう事じゃなくて」

「ふふふ。ああすまない。からかっただけだ。記憶が全部元通りになったんだろ? その色を失った表情を見れば丸分かりだ」

「このまま、元の世界に帰ったら、俺はどうなるの?」

「死ぬだけだろ。私はお前が失命しようとした瞬間に転移させ、ここに連れて来ただけだからな」

「……なんとか、できないの?」

「無理だな。今回の試験で合格だったなら話は別だったが……というよりお前は自ら命を絶ったのだろう。何故今更命乞いをする必要がある」

「それは……」


 本当は、死ぬ気なんてなかったあの日。

 俺がどれだけ苦しいかを、ただ周りに気付いて欲しくて屋上で騒いだ。

 そしたら誰かが「大丈夫?」とか声をかけてくれる気がして。

 だけどそんな優しい人はどこにもいなかった。

 下から俺に向けられるみんなの反応は、嫉視、蔑視といったものや無視などの無関心、野次馬気分で面白いがってる生徒だけ。

 その無情な視線に心が持ち堪える事ができず、気持ちがグラつき、俺は足を滑らせた。


「狂言自殺……というやつか。お前、死ぬ寸前まで周囲に迷惑をかけるなよ」

「だって、仕方なかったんだ。他に、やり方が思いつかなくて」

「そうか。まあそんな事はどうでもいいけどな」

「……どうでもいいって、その言いか」

「——さて、失意のどん底で喚いているところ悪いが、告別の時間だ」

「待って。まだ」

「短い間だったが、痛快な気分にさせてもらったぞ」

「何とか、合格って事にしてくれないかな?」

「駄目だ。私だって、お前のような()()を失うのは名残惜しい。だがこれも運命。受け入れろ」

 今、俺がやるべき事は一つ。及第点の評価でもいいから

プリューになんとか認めてもらうこと。

 何を覆せば結果が変わるか。一番影響力がありそうな試験だったのはやはり——

 

「うそ、嘘をついていたのがいけなかったんだよね? 魔王がいなかったのに倒したとか作り話しちゃったのが」

「ああ。よくないな。虚言癖がある奴は信用できんからな」

「だったら、謝るから。嘘ついた事、謝るから」

「馬鹿げた事を抜かすな。学校の試験でカンニングがバレた時、謝罪すれば見逃してくれるか? そんな甘くないだろ。ズルをすれば即失格。それは私のテストでも同様。例外はない」

「そこをなんとか。心を入れ替えるから。もう二度自分を偽らない。そして、今度こそはみんなの事をしっかり考える。世界が平和になるのなら、自分を重視しないで人々の幸せを優先する。本当に魔王が出てきたなら、自身を犠牲にしてでも人間を守る! だから」

「わかったわかった。——では、お前は不合格だ。先程よりも更に減点してな」

「……なんで? なんでだよ! 理由を聞かせて……よ」

 俺は強引にでもプリューを説得しようと思ったが、その表情を見て躊躇した。まるで無を見るような悪相で、凶々しいオーラを放ち、極めて近寄りがたい、そんな状態だったから。

 



「——反吐が出るな。偽善ばかりの台詞で。大言壮語。出来もしないくせに言う事だけは一丁前だ」

「ほんと、だよ……」

「ふ。嘘か真実かなんてどうでもいい。ただお前の発言に吐き気を覚えただけだ」

「ま、間違ってること、言ってないだろ! 今度こそみんなを救う! この言葉のどこにそんな悪心(おしん)を——」

「勘違いしているようだから教えてやる」

 憎悪に染まりきったプリューの姿情。

 全てを否定する荒んだ瞳。

 一言でいうとそれは『絶望』だった。


「私は人間が、世界が嫌いなんだよ。何もかも、全て消滅してしまえばいいと思っている。……仮に今回の試験が合格だったならそんな私のパートナーになってもらう予定だった。だが、お前は私とは真逆の思考をしている。だからどんなに追い縋ろうが選ぶ事はない。そして、ここで終わりだ」

「そんな……」

 これ以上、何を言っても無駄だと俺は感じ取った。

 その強い拒絶はもはやバリアで、どんなに取り繕っても、言い逃れしても、足掻いても、プリューには届かないだろう。

 

「——しかし、お前の助かる可能性がゼロになったわけではない。一縷(いちる)の望みだが方法はある」

 諦めかけていた瞬間、プリューから命を繋ぐ縄が投げられた。

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