4 いざ最終決戦へ……って魔王いないし
「——あ、目が……気持ち悪い。吐きそう」
眩暈がする。思考がまとまらない。全てはさっき通ったゲートのせいである。プリューに言われるがままに入った魔王への道。吸い込まれその後は……洗濯機の中みたいにグルグル回された。
「全く……酷い目にあった」
視界が落ち着いてくる。同時に吐き気も治まってきた。気を取り直して俺は周囲を見渡す。そして辿り着いた場所に対して緊張感を高め警戒心を強くする。ここは……
「王座の間だ」
登城していきなりのクライマックス。
目の前に広がるのはアニメやゲームで見たことがある光景。薄暗い室内を照らすキャンドルと壁に飾られている不気味な絵。そして真っ赤なカーペットの終わりにあるキングチェア。
その玉座は後ろを向いていて俺のいる位置からはどんな奴が座っているかわからない。
ゴッドソードを強く握りしめ構える。一瞬の隙が命取りになりそうな緊迫した空気。俺は震える脚をなんとか動かす。そして慎重に距離を詰め、玉座の手前に回り込んだ。そこに居たのは。
「——え?」
誰もその椅子には座っていなかった。だが油断はしない。奇襲を企んでる可能性があるからだ。何処かに身を潜めてこちらが背を向けたところへ牙を向ける。狡猾そうな魔王ならそんな策を考えていてもおかしくない。
右か左か前か後ろかそれとも上か。どこから襲ってきてもいいように周辺へと目を光らせる。
かつてない速さで拍動する心臓。呼吸も荒くなるが四の五の言っていられない。……さあ、来い! 魔王!
——何分経過しただろうか。魔王が現れるどころか周囲に誰かいる様子が全くない。さてどうしたものか。途方に暮れているとある事に気付いた。
「プリュー?」
プリューの姿が何処にも見当たらない。あの流れなら一緒に魔王城まで来ると思ったのだがこっちの思い違いだったようだ。
でも、よくよく考えみたら魔王城へ繋がるゲートを開いたのは彼女で、術者そのものは移動できないのかもしれない。詳しい説明を受けていないので何ともいえないが、ここにいないということは行きたくても来れなかったのだろう。
何もしないというわけにはいかないので、とりあえず玉座をよく調べてみる事にした。もしかしたら隠しルートとかあるかもしれない。入念にチェックしていると、椅子の隣に一枚の白い紙が落ちている事に気付く。
手紙か何かかと思い、それを拾って確認してみるとそこに書かれていたのは——
『我、魔王。訳あって魔界に帰還するわ。次の来日は千年後ってところかしら。その時まで首を長くして待ってなさい勇者!』
……なんじゃこれ。すってんころりん拍子抜けである。来日って、ここは一応日本なのかな。というより魔王ってオカマだったの? 首を長くしてってそんな待ち焦がれてないし。しかも千年も待ってたらこっちは既に燃やされて遺灰になってるから。
「で、どうなるのこれ……」
肝心の悪の根源がいないのでは討伐しようがない。しかもこのまま素戻りしたら世界を救った自分という存在がなくなる。誰にも認められず讃えられる事もない。
「千年か……」
つまりは千年の間は魔王が襲来する事はなく。
更に、この場所には自分以外誰もいない。
そして、召喚士プリューは不在。
だから——
心が嫌な形に歪んでゆく。
良心の呵責に押し潰されそうになる精神。
——魔王を倒したことにしてしまえばいい。
その結論に至るまでそんなに時間はかからなかった。
問題ない。バレさえしなければ。
小骨のように引っかかる嘘を心底に抱えながら、俺は退城した。
……覚悟はしていたけどグルグル回されるのは勘弁してほしい。
「——ハルト、無事だったか」
くらくらと気持ち悪そうにしていたら、後ろの方で自分を呼ぶシャープな女声がした。
「意外に帰って来るのが早かったからビックリしたぞ。本来なら私も行くべきだったが、ゲートを開く術者ゆえにそれは難しくてな」
「うん、しょうがないよね。だけど予め言っといて欲しかったな」
「そうだな。すまない。——で、魔王の方はどうなった?」
その質問を受けて、拍動がワンテンポ早くなる。
「……倒した。このゴッドソードで倒した。本当にあっという間だったよ。向こうに着いたらいきなり魔王がいて襲いかかってきた。けど俺は上手くかわしてお腹を切りつけた。——すごいよねこの剣。ちょっと刃を入れただけで苦しみだして、魔王はそのまま地面にへばりついていたよ。けどまあ断末魔が五月蝿いのなんのって。こっちまで聞こえなかった? 今でも耳がキンキンするよ」
「……そうか」
俺の結果報告に対してプリューの反応は薄い。感心した様子もなく、遠見しながらどこか冷めた目をしていた。
もしかして、嘘が見破られたか。プリューが魔王城に行っていないとしてもこの場所から俺の様子を何らかの方法で見ていたのかもしれない。そう危惧したが。
「おめでとう。よく逃げ出さずに立ち向かってくれた」
——どうやらバレていないようで、プリューは俺の手を両手で包み、満面の笑みで称賛してくれた。
「最初、お前を見た時は完遂できるかどうか、訝しんだが全くもって杞憂だったようだ。英雄に相応しい働きをしたおかげかその風貌にも卓越したオーラが滲み出ている。——それに……ちょっと、カッコよくなった気がするぞ……」
頬を赤らめて、はにかみながらも俺の方へ、プリューは強い視線を送っていた。そんなに真剣に見つめられると物凄く照れ臭い。
第一印象は高姿勢で偉そうな女子だと思っていたが、容姿そのものはハイレベルな為、そんなデレを魅せられたら心がときめいてしまう。
「ん、うん。まあ、大したことないよ。俺だってやればできるからさ——」
「——フフ」
「プリュー?」
「ああ、すまない。いつまで手を握っているんだって話だったな。興奮していたのでつい」
そう言うと申し訳なさそうにしながら俺から離れていくプリュー。
うん、温かったし、別にそのままでもよかったんだよ? そうじゃなくて、俺が気になったのは一瞬だけ笑った彼女の顔。
別人格と思ってしまうくらい不気味な笑みで、失礼ながら少し怖いと思ってしまった。
「さあ、行くぞハルト!」
「え? ど、何処へ?」
「この近くにある大きな街だ。お前が魔王を倒した事は私を通じて他の召喚士にも伝えてある。現在人々の間じゃ、お前の話題で持ち切りだ」
「俺の?」
「ったく! しっかりしろ。世界を救ったんだもっと胸を張れ! そしてその英姿を見せつけてやれ」
「——う、うん。わかった」
俺はプリューに連れられてお祝いをしてくれるという街を目指した。
いつの間にか俺は街に着いていた。プリューが案内してくれるって言ったところまでは覚えているけどどうやって移動したか、その記憶はない。
まあ魔王城へ繋がるゲートまで作れるような召喚士だ。ワープできる魔法とかそんなものを使えても不思議じゃない。
「おい! 何をやっている。皆がお前を歓迎する為待っているぞ。一つ向こうの通路、盛り場で馬鹿騒ぎ中だ。全く……どいつもこいつも浮かれおって。——仕方ないか。こんなめでたい日、心躍らない方がどうかしてる」
背後から聞こえたプリューのウキウキした声。
——そうだな。もっと堂々としていよう。俺はこの世界を、人間たちを救ったんだ……
「うん。行こう!」
高揚感に包まれた心が抑えられない。俺は踵を返してみんなのもとへ、プリューを追い抜き早足で向かう。
しかし、曲がり角をカーブしようとした瞬間。
「——? ぇ?」
全身に氷がへばりついたかのような冷たい視線が後ろから届く。その冷気を感じた方へ振り返ってみると——
「どうした? さっさと行かんか」
そこにはプリューしかいなかった。もしかして彼女が?と思ったがそれは流石にないだろう。
今さっき背筋をなぞったものは『死』を連想させるもので、純潔な空色の瞳からはそんな雰囲気は全く表出されてない。
……よし、気を取り直して。
俺は待ち侘びているだろう住民のもとへ急いだ。