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2 迫り来る魔物たち?




 先案内人のプリューと共に、俺は魔境の地を目指して歩を進めていた。時は並行して、逆方向にある危岩と少しずつ距離が空いていく。……あっ、この岩はノーイベントなのね。

 巨大な岩を壊せ! みたいなミッションがあると思って

た。

 およそ5分程歩いただろうか。プリューが不意に立ち止まる。こちらへ振り返り頬を掻きながら、ややきまりが悪そうに口を開いた。


「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」

 俺もすっかり言い忘れてた。それにしても微妙なタイミングで聞いてくれる。

「貫地ハルト。まあハルトって呼んでくれればいいよ」

「よかろう。ハルトだな。しっかり覚えたぞ」

 うむ、な態度で若干偉そうに返事をするとプリューは再び歩き出した。


 それにしてもこの高揚感はなんだろう。俺は現実が、元いた世界が嫌で異世界に憧れていた。そして、ずっとアニメみたいなストーリーを体験してみたいと思っていて。

 そんなもの馬鹿馬鹿しい願いだと、成就するなんて考えてなくて諦めていた。

 しかし今この時、半分以上は叶っている。

 異世界へ行って、綺麗なヒロインと冒険。

 世界を救うヒーローになってみんなに認めてもらう。

 前者はコンプリート済み。後者に関してはきっかけは得た。後は俺が、自分の力でどうにかしなければいけない。

 

 拳を握りしめ、意志をしっかりと確認する。

 目標はこのゴッドソード(ゴッドソードセカンド)で魔王を倒すこと!

 俺は剣先を天に向けた。陽光からエネルギーを与えられて身体が熱くなる。

「うおおおおおぉぉぉ!」

 来たるべき戦いに向けて自身を鼓舞する為、俺は青空へ叫んだ。


「どうした? 急に。何か拾い食いでもしたのか?」

 俺の気合いを込めた咆哮に、プリューは特に驚いた様子もなく、新種の生き物を見るような目で顔を覗き込んできた。


「いや、まあ、ちょっとね……」

 ブリザードが舞うプリューの風貌に大きな温度差を感じ、気恥ずかしい気持ちになる。彼女の冷静な視線にさっきまでのテンションが急激に冷やされた。


「で、後どれくらいで目的地には着くのかな?」

「待て。まだ先程の質問に答えてもらっていないぞ。突然空に向かって奇声を上げた理由を知りたい」

 この話題には触れるな、という意味を込めて別の話に切り替えたが、プリューはしっかり掘り下げてくる。穴があったら入りたい気分なので勘弁していただきたい。


「……これから魔王討伐するからさ。気合い、みたいの入れただけだよ」

「そうか。お前の居た世界では気合いを入れる時は皆、奇声を上げるのか。覚えておこう。だが、そういう言動は今後、一言声を掛けてからにしてくれ。突拍子もなく馬鹿でかい声を上げられて、変なもんでも食ったか新型の病気かなんかだと思ったぞ」

 ていうか奇声じゃなくて掛け声と言っていただきたい。後、俺が居た世界でも皆やらんけどな。だって街中でいきなり「うおぉぉぉぉ」なんて叫ぶ奴見た事ないし。友達と馬鹿騒ぎしてるならまだしもね。

 まあプリューからしてみたら名前尋ねて、名乗ったと思ったら俺咆哮してるんだもんな。普通に変人だと思われていてもおかしくない。

 頭の中で後悔しながら歩いていたら、プリューが再び立ち止まった。


「疲れたな。ここで一旦休憩しようか」

 プリューはふぅー、と息を吐きながら適当な岩に腰を下ろす。


「あの、休憩って、まだ10分も歩いていないのですが……」

「私もいい歳だ。長歩きは体に堪えるからな。相手は魔王だ。万全の状態で戦った方が良いだろう」

「歳って……。どう見ても俺と同じか歳下……」

 俺は思ったままのことを言っただけだが、プリューは気に障ったのか強い睨みを効かせてきた。

 

「おい……どの角度から見ても私は歳上のお姉さんだろ」

「またまたご冗談を」

「嘘ではないぞ。それは多少身長が低いから勘違いされることもあるが……その、貫禄と品はあるだろ」

 貫禄というより、自信過剰で高圧的な女子中学生に生意気なことを言われてる感じに近い。後、間違いなく口調はエレガントじゃないからな。

 プリューは悔しそうに唇を噛みながらこちらを見ている。子供扱いされるのを気にしてそうだしからかうのはここまでにしておこう。


「確かに貫禄はあるね。偉大な召喚士に相応しいオーラが全身から湧いてるように見えるよ」

「全く……理解できたならよい。あまり大人をおちょくるものではないぞ」

 とりあえずプリューの機嫌は損ねずにすんだ。

 さて、休憩というなら俺も休ませてもらおう。体力ゲージは全く減ってませんけど。


 スタート地点から10分程歩いた所には(殆ど進んでいないが)わりと大きめな川があった。川幅はトラック一台分ぐらいで『禁泳』と書かれた看板が川辺に立っている。急流で深さはわからないが足を踏み入れれば泳ぎが不得意な俺は間違いなく溺れてしまうだろう。

 その流れに逆らうように上流の方へ辿っていくとそこにあるのは小さな森だ。休んでいる場所からでははっきりと視認できないが不気味な雰囲気を漂わせている気がしないでもない。

 魔王の元へ向かうにはこの薄気味悪い場所を抜けないといけないのか。

 心境は恐怖、不安が多少あるが好奇心の方が圧倒的に強い。やっと異世界での冒険らしくなってきて、心も踊り始めている。

 プリューは疲れ切った顔で未だ座っているが、いても立ってもいられない俺は勢いよく腰を上げ、辺りを探索してみることにした。その直後——


「わぁっ!」

 塗料をぶちまけたような音と共に足裏から嫌な感触が伝わってきた。俺はすぐに足元を確認する。

 そこにはサッカーボールサイズの、真っ黒いプルンプルンした何かが落ちていた。


「こ、これは……」

 その黒い一塊は弾力性の高そうな全身を揺らしながらこちらを敵視しじっと見ている。……気がした。

 俺の身体が恐怖からか重くなる。どうしたらよいか思案していた矢先、立っているのがやっとの突風が吹いた。

 俺は足腰に力を入れて倒れないようバランスを保つ。眼前の奴は——風にアシストされ、こちらへ飛びかかって来た。


「——っ!」

 間一髪の所でかわす。間違いない。コイツは……


「スライムだ! プリュー! 急いでこっちに来て! 魔物が、魔物が現れたんだ!」

 すぐに召喚士プリューへ緊急事態だと知らせる。

 にしてもこのスライム、色は黒い。闇属性? ダークスライム? どちらにせよノーマルタイプではなさそうだ。猛毒か、呪い(カース)か強力な特殊能力を持っているに違いない!

 

「なんだ。喧しい奴だな。私は疲れているんだ」

「いいから、早く! モンスターが出たんだ!」

「モンスター?」

 敵とエンカウントしたというのにプリューにはやる気が感じられない。彼女はぶつぶつ言いながらかったるそうに歩いてきた。その風貌に気品などまるでない。

 ……なんなんだこの召喚士は。世界を救うんじゃなかったのか。しかし、そんな怠慢な彼女にかまってなどいられない。俺は魔物の方へ目をやる。ダークスライムは身体をプルプルさせながらこちらを威嚇していた。

 さぁ! 戦闘開始だ! 

 脳内で流れ始める王道RPGの戦闘用ミュージック。

 俺は剣を構える。異世界でスライムとの戦闘。ゲームの世界でしか起こり得ないと思っていたイベント。かつてない経験に心が踊る。恐怖は自然と全くない。憧れていた世界での始まりに興奮し手足の震えが激しくなる。

 それにしても……


「プリュー! いい加減にしてくれ! 疲れてるのはわかってるけど今は目の前の敵に集中して」

 緊張感あるこの状況で弛緩したままのプリューを軽く叱責する。

 その言葉を聞いた彼女は俺を一瞥し、ダークスライムの方を見つつ短い息を吐いた。


「馬鹿もん。よく見ろ。これは魔物などではない」

「いや、どう見てもスライムだよ。黒色のダークスライムだよ」

 こんな不可解な容貌をしているのに魔物じゃない——どういうことだ。


「これはコーヒー味の蒟蒻ゼリーだ。スライムではない」



「……は?」

「ほれ、触るとプルンプルンしている。道中誰かが落としていったのだろう」

 プリューは人差し指でスライム?を突っつきながらそう言った。

 ……いやいやいやいや、何? 蒟蒻ゼリー? こんなデカいの誰が落とすの?


「全く、馬鹿騒ぎをしているから何事かと思いきや見間違いおって。これからはしっかりものを見てから言え」

「ご、ごめん……」

 一応謝ったけど、はっきり言って納得はしていない。だって失くしたら気付くでしょこんな大きいの。この世界の住人鈍感すぎないか。

 俺はもう一度コーヒー味の蒟蒻ゼリーへ目を向ける。スライムだと思っていたそいつは、微動だにせず寂しく佇んでいた。


「まあいい。休憩もできたし行くぞハルト」

「あ、わかった」

 プリューはゼリーを放置して森に向かって歩きだした。

 俺もその背中を追いかけてゆく。しかし、木々の領域へ足を踏み入れた瞬間、明らかに周りの空気が変化した。


「なんだ此処……もの凄い圧迫感の陰森だ。これが魔物の巣窟と言う奴か」

「気のせいだろ。此処は地元の住人が近道だからとよく使っているただの森だ」

 ……左様で。異世界だから何かダークファンタジー的な出来事が起こると思っていたが、此処でも大したことは起きなさそうでテンションはダダ下がりだ。けどまだ旅は始まったばかり。これからどんな敵と遭遇するかわからない。気を緩めずに行こう。


 暫くの間、俺とプリューはけもの道を進んでいたが、特にこれといったアクシデントもなく平和に目的地へと前進していた。モンスターとか出てくると思ってたんだけどな……。

 期待を反した冒険に魔王とか本当にいるのかよ、と勘繰りながら俺は空を見上げて大息をつく。

 その視界に映ったのはのどかでのほほんとした空気に包まれながら枝移りする小鳥たちだった。


「なんだ。モンスターなんて一匹もいないじゃん……」

 敵が出現しないに越したことはないけど、なんとも言えない気分である。諦念と失望を抱きながら俺は焦点を正面に戻したが——


「なっ……」

 突如、眼界に現れた者を見て、俺は声を詰まらせてしまう。

 そこにいたのは、今にも噛みついてきそうな形相でこちらを睥睨(へいげい)する魔犬。その容貌は両側に一つずつ犬の顔が付いており、極めて異常な雰囲気を醸し出していた。

 今度こそ間違いない。


「プリュー! モンスターだ。あそこ、ちょっと変な形してる木の下」

「ああ? 何処にいる?」

「ほら、あの枝がやたら歪曲してる木の下。あの姿、本で見たことあるよ。地獄の番犬ケルベロスだ。獰猛でかなり危険な魔物だよ。さぁ、プリュー。戦闘だ」

 頭のてっぺんでテンポのいいBGMが流れ始める。こんな強敵、ボスキャラ相手には相応しい重低音だ。俺の心もこだましてそのリズムと連動する。

 やっと冒険らしくなってきたぞ。


「馬鹿モン。違うだろ。よく見ろ」

 そんな俺を呆れ果てた様子で、プリューは毒を吐くように魔物の存在を否定した。よく見ろって、どう見たってケルベロスだろ。それともこの異世界では、顔3つ付いた犬なんて当たり前なのか。


「ケルベロスじゃん。さっきのゼリーとはモーションが違う」

「んにゃ、ケルベロスではない。注視してみろ。犬が左右に犬のお面を付けているいるだけだ」

 


 そうプリューに言われ、よく見てみると……彼女のおっしゃる通りだった。

 って、このワンコは何故そんな奇行に走っているのか? 百歩譲ってお面付けるまではいい。だけどなんで犬のお面なんだよ。別のやつ選べよ。自分リスペクトし過ぎだろ。

 結局、今回もモンスターではなかった。正直言ってとんだ肩透かし。平和を望むなら落胆しちゃいけないけど、折角異世界に来たんだ。此処でしか味わえない経験をしてみたい。


「おい、どうした。ブツブツ言って。念仏でも唱えているのか?」

「いや、ゴメンなんでもないから。先を急ごう」

 念仏ってこっちの世界にもお坊さんいるのかな。



 この後、森の出口に辿り着くまで様々なモンスターもどきと遭遇した。何故『もどき』なのかというと、プリューに全て否定されてしまったからである。


「ゴーゴンだ!」

「違う。石の上に誰かが蕎麦を落としただけだ」

 普通に生活してて蕎麦を落とすかな。


「キメラだ」

「違う。猫の上に蛇と鳩が乗ってるだけだ」

 乗せんなよ。乗るなよ。何ちゃっかり共存してんの。


「不死鳥……ファニックスだぁ!」

「喧しい。赤色のヅラが宙を舞ってるだけだ」

 ……なに、この世界。


 

 憧れていた場所の光量が弱くなっていく。手が届かなかった頃は物凄く眩しくて、一度は行ってみたい世界だったけど、いざ体験してみて……。


「憧憬は憧憬のままにしておくべきだったな。想像していたものとは全然違うし。全く……過去の俺に届けこの失望。お前の願いは未来で滅亡。報われないな、夢見る少年(オレ)

 散々期待を裏切られてしまった俺は、晴天に向けて抑え切れない気持ちを吐露する。吐き捨てた言葉は短い風に乗ってただ空しく響いていた。


「また奇癖か。なんだいきなり。ラップか? 私はあまり歌は詳しくないぞ」

 俺の嘆きはプリューの耳にもしっかりと届いていて、それを聞いた彼女はまたか、といった顔付きでこちらを睨める。

 ラップを歌ったつもりはない。ただぼやいただけだ。というよりラップっていう言葉はこっちでも通用するのね。なんともつかみどころがない世界観だな此処は。

 もう一つ気になることがあるとしたらプリューの対応が少しずつひんやりしてきたような……気のせいか。

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