9.邪悪な力
9.邪悪な力
黒い傀儡と成り果てた犬人族のクバルとモグラ族のゴットンの二人は、黒神子レスフィナの命令を受けると物凄い速さで民間人達がいる町の方へと走り出す。その行動に注意を払っていた勇者職のルランは二人を止めようと動き出そうとするが、その行動を耳長族の女性、魔法使いのシータが止める。
「くそ、動く死体と成り果てたクバルとゴットンを止めなくては!」
「クバルとゴットンは後回しです。今は目の前にいる黒神子レスフィナをどうにかしましょう。あいつを封印しない限りは被害が増えるだけですし、どうにもなりません。任せて下さい。手立てはあります」
いきり立つ勇者ルランを宥めるように言うと耳長族のシータは軽やかに地面へと降り立つ。
内心では頼れる二人の同士が倒れた事に動揺を隠せないでいるシータだったが、必ず仇を討つと自分に言い聞かせ、神々しく光る魔法の杖を黒神子レスフィナに向けて構える。
「黒神子レスフィナ、よくも大事な仲間たちを殺して傀儡にしてくれたわね。あなたが得意とする超再生ができないくらいに焼き尽くして、その消し炭を、私が持つ封印の箱の中に封じてくれるわ。この魔道兵器は、黒神子と呼ばれる邪悪な魔女達を封印する為に特別に作った呪物の箱よ。だからこの箱に閉じ込められたら、いくら黒神子と言えども、もう簡単に抜け出る事はできないわ。覚悟するがいい。黒揚羽蝶族のクレハ、援護はお願いね!」
「わかった、任せて頂戴!」
ついに戦う事を決意した耳長族のシータは黒揚羽蝶族のクレハと共に、仲間を葬って見せた最悪最強の力を持つ黒神子レスフィナに立ちはだかる。
殺意の込めた視線を向けながら慎重に間合いを取る耳長族のシータの接近に対しあざけりの態度をみせる黒神子レスフィナは再び力が戻った事を確認すると、それ以上の接近は許さないとばかりに邪悪なオーラで威嚇をする。
「そこで止まれ、耳長族のシータとやら、お前が持つ封印の箱とやらに興味が湧いた。恐らくは我ら遥か闇なる世界の黒神子に対抗する為に拵えた代物らしいが、非常に面白い。その呪物の箱についてもっと詳しく話が聞きたいのだが、いいかな」
「まさか時間稼ぎのつもりか、姑息な真似を」
「そんな訳ないでしょ、お前らごときに時間稼ぎなどする物か、ただ単に興味が湧いただけだ」
「あなたを封印できる箱の情報をできるだけ聞いて対策を練ろうとしているもかしら、抜け目のない事を。封印の箱については話せないけど、別の事を聞いてあげる」
「別の事だとう?」
「黒神子レスフィナ、お前はたとえ分子や粒子レベルにまで細かく分離しても直ぐに復活ができる。その理由を私は知っているわ」
「ほ~う、聞いてやるから話してみろ」
黒神子レスフィナは耳長族のシータの言葉に目を細めると、答え合わせとばかりにその理由を聞く。
「あなた達、遥か闇なる世界の黒神子と呼ばれている人達は皆この星の命とも言うべき核となるマナのエネルギーから直接力を貰っている。だからその力の流れを遮断されない限りは命を失う事はないし、壊れた体も自分の意思で容易に作り直す事ができる。つまりはこの星自体があなた達に取っては母親のような存在であり、あなたはその子供の一人という事です。故にこの星の大地に立っている限りは、あなたはほぼ無敵だという事だ。そうなんでしょ」
「フフフフ、よく分かっているではないか。ならどうする。この星から私を追放するかね。それともお前が持つとされる封印の箱に私を閉じ込めて、この星から流れる大いなる力を遮断してみるかね。だがそれを実行するにはこの私をできるだけ弱らせてから封印しなくてはいけないんじゃないのか。果たしてお前らごときにこの我を止める事ができるかな」
「愚問よ、必ずお前を封印してみせる。話はここまでです。いくわよ、黒揚羽蝶族のクレハ、私に合わせて!」
「了解、いつでもいいわ、シータ!」
耳長族のシータの言葉を合図に黒揚羽蝶族のクレハは黒神子レスフィナの頭上を素早く飛び回ると、大気を司る風と雨の精霊を召喚し、その力で激しい摩擦を起こす。
黒い雨雲を瞬時に形成し作り上げた召喚されし精霊達は速やかに座標を決めると、蓄電器のように溜めに溜めた高出力の激しい雷を地面に叩き落とす。
ドッカアァァァァーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロ、ゴロ――ン!
「ぐっわあぁぁぁぁぁ!」
雷鳴と共に降り注いだ激しい雷は真下にいる黒神子レスフィナの体に直撃する。
強い衝撃を受けたレスフィナの体は瞬時に黒焦げとなり、意識が飛んだのか堪らずその場にへたり込む。
「今よシータ、ありったけの爆炎魔法を叩き込んで!」
黒揚羽蝶族のクレハの言葉を聞くなり持ち手の魔法の杖に魔力を込めた耳長族のシータは即座に呪文を唱えると、切れ長の目をカッと見開く。
「くらいなさい、黒神子レスフィナ。拘束結界、罪深き罪人達の檻!」
高らかに叫んだ瞬間、光輝く正方形の檻が形成され、黒神子レスフィナはその中に閉じ込められる。
「閉じ込められたか」
周りを囲む光の壁に手を当てる黒神子レスフィナはその感触を確かめると、この魔法の特徴をいい当てる。
「そうか、この光の壁は、私を逃がさないだけではなく、自分への攻撃を防ぎ、被害を回りに拡散させない為の処置魔法か」
「さすがは黒神子レスフィナ、よく分かったわね。そうこの結界は内側からは絶対に破れないけど、外側からは攻撃し放題という厄介な結界よ。つまりあなたは逃げる事もましてや私に攻撃する事もできないけど、私は攻撃できるという事よ。理解できたかしら」
「フフフフ、面白い、なら攻撃してみろ。耳長族のシータとやら」
「ええ、そのつもりよ。くらいなさい、高温を誇る高出力の火炎魔法、ファイヤートルネード!」
耳長族のシータが高らかに叫ぶと魔法の杖の先に真っ赤な炎が集まり、溜めてある高火力の爆炎魔法が激しい炎の渦となって、光の檻の中に叩き込まれる。
ゴッオォォォォォ、ゴッオォォォォォ、ドッカアァァァァーーン!
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
光の檻の中は瞬く間に高温となり、中にいる黒神子レスフィナの体は直ぐに黒焦げから炭化し、あっけなく消し炭となる。
ジュウウゥゥゥゥぅーーン。
「まだ油断はできないわ。黒神子レスフィナはたとえ液体や気体になっても死にはしないから、その消し炭の粉すらも宙を漂わす事はできない。だからこその光の檻による封じ込めなの。この消し炭になった状態から復活する前に、このまま封印の箱の中に閉じ込めてあげるわ」
圧力を掛けて光の檻の大きさを徐々に縮めていくと、その大きさは片手に収まるくらいの正方形の形になる。
「小さくなあれ、小さくなあれ。もっともっと小さくなあれぇぇぇ!」
最大限に縮めた事で、最終的な大きさを見届けた耳長族のシータは注意深く(小さくなった光の檻に)近づくと、腰に下げてあるカバンの中から封印の箱を取り出す。
「後はこの封印の箱の中に、小さな光の檻と化したキューブを入れて封印するだけよ。これで終わりね、黒神子レスフィナ!」
勝利を確信しながら光のキューブを封印の箱の中に収めようとした瞬間、圧縮された光の檻の圧力がいきなり解け、まるで解放されたかのように勢い良く大爆発を起こす。
ドッカアァァァァァァァァァーーン!
「いやあぁぁぁぁあ!」
当然その大爆発に巻き込まれた耳長族のシータは凄まじい熱と爆風で遠くの建屋まで吹き飛び。空を覆う焦げた煙は瞬く間に辺りに広がる。
「シータ、シータは無事か!」
「シータ、死なないで、生きてさえいれば私の治癒の力で直ぐに回復してあげるから!」
慌てふためきながら爆風で吹き飛ばされた耳長族のシータの元に駆け寄る勇者ルランと黒揚羽蝶族のクレハの二人だったが、あの爆風ではもう生きてはいまいと半ば諦めているようだ。
だが現場に駆け付けてみると耳長族のシータは体中に大火傷負いながらも奇跡的にどうにか立ち上がり、生きている事をアピールする。
「ルラン、クレハ、この姿では流石に平気とは言えないけど、私はまだ戦えるわ。だからクレハ、早く私に治癒魔法を掛けて。辛うじてまだ生きているけど、全身に広がる重度の火傷と全身打撲が酷いから、いつショック死するかわからないわ」
「シータ、生きていたのね。絶対生きてるって、私信じていたわ。待ってて、直ぐに回復魔法を掛けてあげるから」
今にも死にそうな顔で治療を訴える耳長族のシータの頼みに飛び立つ黒揚羽蝶族のクレハは直ぐに彼女の元に近づくが、何か違和感に気づいた緑の人族の勇者ルランは急ぎ行くなと叫ぶ。
「待てクレハ、なんだか可笑しいぞ。一度シータから離れろ!」
「何を言っているの。一刻を争うのよ。せっかく辛くも生きていてくれたシータが本当に死んでしまうわ。早く回復魔法で治療しないと」
必死の形相で叫ぶ勇者ルランの言葉に答えながら近づく黒揚羽蝶族のクレハは、痛々しい姿を見せつける耳長族のシータの目の前まで近づく。
(ほんと、馬鹿な羽虫だ)
その健気な姿を確認した耳長族のシータは邪悪に笑うと、口の中に溜めてある赤黒い液体を目標となるクレハに目掛けて勢い良く吹き付ける。
「きゃあぁぁ、一体何をするの?」
赤黒い液体をまともに浴びてしまった黒揚羽蝶族のクレハは謎の液体の重みで空を飛ぶ事が出来なくなると大きくバランスを崩し、まるで蚊取り線香の煙でいぶされた羽虫のように静かに地面へと落ちる。
ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル……バッタン!
「シータ……私に何をしたの。シータ、一体なぜ?」
いきなりの裏切りに理解が追いつかないでいる黒揚羽蝶族のクレハに対し、耳長族のシータは残酷な厳しい事実を堂々と見せつける。
「フフフフ、せっかく助けに来てくれて悪いんだけど、あなたには今ここで死んで貰うわ。そういえば一体なぜとか言っていたわね、答えはこれよ!」
答え合わせとばかりに焼け焦げた耳長族のシータの皮膚はまるで蛇の脱皮のように簡単に破け、その中から現れた黒神子レスフィナは着ぐるみを脱ぎ捨てるかのようにその場へと立つ。
ドオォォン!
「黒神子レスフィナ、そんな馬鹿な、馬鹿なあぁぁ。じゃシータは、シータはどうなったの?」
「どうなったも何も、彼女は自らの力で作り上げた爆風に巻き込まれて、吹き飛ばされた瞬間に絶命しているよ。その黒焦げになった死体に私の細胞が入り込んで内側から彼女の肉を喰らい。その後は耳長族の娘の姿を形作って、お前たちを油断させようと思っていたのだ。だがまさかこうも簡単に見破られるとは、腐っても流石は勇者と言った所か」
「そんな、シータ、あのシータまでやられるだなんて。そんな、そんな」
「そして私に騙されて、毒牙にかかった黒揚羽蝶族の哀れな害虫よ、お前は死ね!」
「うっわあぁぁぁぁぁーー、シータ、ルラン、助けて、助けてぇぇぇ!」
その叫びを最後に黒揚羽蝶族のクレハは激しく絶望すると、無慈悲に近づく黒神子レスフィナに踏まれて壮絶な圧死をする。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
ブッチン。