8.圧倒的な強さ
8.圧倒的な強さ
レスフィナの挑発に闘志をむき出しにするリーダーらしき男は背中に背負う大検を抜き放つと堂々とした態度で自分の名を名乗る。
「俺の名はルラン、三年前に人々を襲うトロア湖に住みつく魔人を倒す事に成功した、緑の人族の勇者だ。災厄をもたらす邪悪な魔女よ、お前の悪事もここまでだ!」
続いて左側にいる耳の長い銀髪の女性が名乗りをあげる。
「私の名はシータ、炎を操る耳長族の魔法使いよ。超再生能力が自慢らしいけど、再生できないくらいにあなたの体を焼き尽くしてあげるわ!」
更に右側にいる獣の耳と尾っぽを生やした真面目そうな男が実直に叫ぶ。
「吾輩の名はクバル。犬人族の若き闘士にして、武術は格式高い犬人族犬人流聖拳の使い手だ。この悪を許さない聖なる拳でお前の悪事を砕いてやる!」
ここまで口上たる名乗りを聞いたレスフィナはまさかと思いながらも思わず考えを口にする。
「まさか、特撮ヒーローのようなこいつら五人の……全ての名乗りを聞かないと戦いは始まらないのか?」
不審がるレスフィナの小言は全く聞えないとばかりに建屋の上から下を見下ろす五人の勇気ある英雄たちは、続けて名乗りを上げる。
「ワシの名はゴットン、普段は地下深くのダンジョンの中に住む発明好きのモグラ族の男だ。職業は重戦士で、いつも地中に湧いてくる小鬼や大鬼をよく狩っている。黒神子レスフィナとやら、お前を封印するべく様々な魔道具を用意したから、覚悟するがいい!」
体格のいいモグラ族の男が手持ちの斧を構えると、最後とばかりに今度は、星屑のような綺麗な漆黒の羽を羽ばたかせる小さき妖精が大きな声で告げる。
「あたいは黒揚羽蝶族のクレハ、様々な精霊魔法を操る、選ばれし精霊使いよ。黒神子レスフィナ、この世界の秩序と平和を脅かすあなたを決して許しはしない。あなたに敗れ去った英雄達の無念の為にも、必ずあなたを封印してみせるわ!」
五人の名乗りがやっと終わった事で大きく溜息をついた黒神子レスフィナは気を取り直すと、久しぶりに見た強そうな相手に興味と殺意をむき出しにする。
「もう長たらしい無駄な自己紹介は終わったようだな。その名乗りがお前たちの最後の言葉になるだろうから付き合ってやったのだ、有難く死ぬがいい!」
「黙れ、大人しく封印されて、自分の行いを反省しろ。いくぞ!」
ついに黒神子レスフィナとの戦いが開始する。
建屋から最初に地面へと降り立ったのは、犬人族の闘士、クバルである。クバルは両手に装着してある籠手に、銀色に光り輝く矢じりの付いた矢をセットすると、物凄い速さで黒神子レスフィナの間合いに入り込む。
「いくぞ、犬人流聖拳、五方の構えの一つ。上段火の直突きの形、荒ぶる狂犬の一撃!」
目の前で技名を叫ぶと、クバルは右腕に溜めた強烈な気功による一撃を黒神子レスフィナの腹部に目掛けて叩き込む。素早さを活かした激烈な一撃により右腕の拳は腹部を貫通し、背中から空いた大きな穴からは衝撃と共に大量の血が後ろに吹き飛ぶ。
ズッドオオォォ――ン、バッシャリ!
「どうだ、黒神子レスフィナ!」
大ダメージを与えたとばかりに喜ぶ犬人族のクバルだったが、そのままクバルの体を抱きかかえる形となった黒神子レスフィナは大きくため息をつくと耳元で呟く。
「お前、ふざけているのか。こんな攻撃をいくら与えても、私に致命傷を負わせる事はできない。私の事を知っているのなら、もういい加減その事を学んだらどうだ」
レスフィナの言葉の意味を理解した犬人族のクバルは急ぎその場から離れようと胴体を貫いた右手を引き抜こうとするが何かに固定されたかのように右腕は抜けず、代わりに何かを吸い取られたかのようにクバルの体はその場で日干しと化す。
「う、腕が抜けない。体から生気が、力が、命が吸い取られていく。だが使命は果たした。後は、後は、頼んだぞ。ぐっわあぁぁぁぁぁ!」
「クバル。おのれぇぇ、よくもクバルを、化け物めえぇぇ!」
犬人族のクバルがレスフィナの体の中に徐々に吸収され喰われていく瞬間を見届けたモグラ族のゴットンは鉄の盾と片手斧を構えると慎重に地面へと降り立つ。
レスフィナの様子を観察しているのか中々攻撃して来ないモグラ族のゴットンはぶ厚そうな鉄の盾を前に突き出すと、何かを確認するかのようにレスフィナに話し掛ける。
「黒神子レスフィナよ、まさかとは思うがクバルの奴がただやみくもに出しゃばってお前に喰われたと本気で思っているのか。お前に警戒される前に、命を捨ててその拳を叩き込む必要があった。その答えをお前は身をもってこれから知る事になる」
「なんだとう、それはどういう事だ。あの愚かな犬人族の男が一体何をしたと言うのだ。答えろ」
「その答えはそろそろお前の体に、出て来ているんじゃないのか」
「なんだとう?」
モグラ族のゴットンが意味ありげにそう告げた瞬間、レスフィナの手足や胴体は徐々に石へと変化し、まるで石造のように体全体が石化していく。
「そうか、あの犬人族の男が両手の籠手に付けていたあの銀の矢は、石化の呪いの効果がある特級呪物の一つか。道理で禍々しい呪いを感じたと思ったよ。だがこんな所でこんな呪いなんぞに負けて堪るかあぁぁ。こんな弱い石化ごときで!」
「死なないというのなら、生きながらに石となれ、黒神子レスフィナよ!」
「バカな、バカな、この私がまさかこんな所で封じられる訳がないのだ。私が、こんな所で、この、私が、ああ、私がぁぁ、ぁ、ぁ……」
ピキピキ、ぺキぺキ、コキコキコキ、ガチガチ!
最初は余裕を見せていた黒神子レスフィナだったが石化の呪いの因子が体に廻ったのかその体は徐々に石へと変化し、モグラ族のゴットンの言葉の通りにその体は完全な石へとなる。
もう既に意識がないのか喋る事もできない黒神子レスフィナは完全に動かなくなると、まるで意思の無い置物のようにその醜態を晒す。
「お前は石となり、その体は完全に封じられたのだ。おのれの敗北を受け入れろ、黒神子レスフィナ」
完璧な石像と化した黒神子レスフィナの姿を見ながら勝ち名のりをあげるモグラ族のゴットンはまだ油断はしていないようだ。
慎重に石像に近づくと腰に下げている水筒の中身をぶちまける。
「この水は神聖なる霊山に流れる地下水から汲み上げた力ある神水だ。この水をかけられた物は全てが清められ、邪悪なる存在はその力を失うと聞く。黒神子レスフィナ、お前は狡猾らしいからな、まだ油断はしないさ」
頭の上から神水をかけるモグラ族のゴットンだったが、その神水は石像にかかるなり黒く変色し、代わりにメキメキと音を立てながら亀裂が入っていく。
ピキピキピキ、メキメキメキメキ、バキバキバキバキ!
「なんだ、この亀裂は、まさか?」
咄嗟に手持ちの盾を構えた瞬間立っていた石像が粉微塵に割れ、中から現れた黒神子レスフィナが素早い動きでゴットンに掌底突きを喰らわす。だがその突きは鉄の盾に当たり攻撃は不発に終わる。
「危ない、危なかった。警戒していて助かった。やはり銀の矢による呪いの効果は薄かったか。黒神子レスフィナ!」
「いや、効いていたよ。ただし私の行動を数秒ほど止めるだけの呪いだったがな。その証拠に石化は私の肌の薄皮一枚しか届いてはいない。それに先程の聖水はなんだ。ハッキリ言ってあれは余計だったぞ。私の復活を恐れての行為のようだが、せっかく石化という呪いで私の体を封じているのに、その呪いを解く手助けをしているような物だ。お陰で十数秒ほどかかっていた呪いが、三秒に短縮されてしまっていたぞ」
「つまり銀の矢による石化の呪いは殆ど効かなかったという事か。せっかく犬人族のクバルが命をかけて叩き込んだ一撃なのに無駄に終わったと言うのか。この化け物めぇぇ!」
やるせなさと怒りで打ち震えるモグラ族のゴットンだったが、レスフィナの掌底突きを防いでいた盾がまるで素材となる材料が腐食し分解したかのようにその場で崩れ落ちる。
バラバラバラバラバラバラ、ガシャコン!
「飾り細工や盾を支える持ち手のネジがいきなり外れやがった。いや全ての素材が分解したと言う方が正しいだろう。生命への異常負荷と呪いによる物質への分解……これがレスフィナが英雄殺しと言われている所以か。だがこちらにもまだ奥の手があるぞ。くらえぇぇぇーー黒神子レスフィナ!」
覚悟を決めたかのように高らかに叫ぶとモグラ族のゴットンはもう片方の手に持つ片手斧を黒神子レスフィナの体に叩き込む。
今更斧による攻撃など効くはずもないと高をくくっていたレスフィナだったが、斬撃による重みの攻撃で後ろに吹き飛ばされる。
「なんだ、その攻撃は、まだ学習していないのか。そんな物理的な攻撃では私は倒せないと言ったろ。しかもその斧、もしかして刃がないのか。そんななまくらで攻撃して一体何を考えているんだ?」
レスフィナが不信を抱くのも無理はない。モグラ族のゴットンが持つ片手斧には相手を切り裂く刃が全く無かったからだ。つまり斧の重みで叩くだけの打撃用の武器という事になる。そんななまくらで攻撃してきた意味を考えるレスフィナだったが、その答えは直ぐに分かる事となる。
いきなり地面から現れた無数の鎖にレスフィナの体は縛りつけられ、文字通りその場に固定される。
ジャリジャリ、ガシャガシャ、ガッシャン!
「そうか、その片手斧は魔法の武具か。相手を切り裂く道具ではなく、拘束する為の武具か。つまりあの一撃は私の体に印を付ける為のマーキングだったという事か」
「そういう事だ。しかも地中より召喚されしその鎖は、大地の神より授かりし魔法の鉱物で出来ている呪詛入りの鎖だ。たとえお前の呪いでもそう簡単に抜け出る事は出来んぞ!」
「なるほど、こいつは手ごわそうだ」
レスフィナは何とかその鎖の束縛から抜け出そうと両手で鎖に触るが、締め付ける束縛から抜け出す事はできない。
ならばと今度は足元から生み出される黒い血液を操ろうと踏ん張るが、思うように力は振るえず、水溜りのように広がっていた血液は瞬時に干上がりその力を無くす。
ついに全ての力を完全に封じられた黒神子レスフィナはなすすべなくその場に佇むが、まだ警戒を解かない慎重なモグラ族のゴットンは完璧をきす為に残りの仲間たちに声をかける。
「おい、レスフィナの動きは封じたぞ。いい加減高みの見物はやめて、お前らも降りてこい。そろそろ黒神子レスフィナを完全に封印するぞ!」
一瞬レスフィナから目を離してしまったゴットンはその僅かな油断を後悔する。
顔を正面に戻した瞬間腹部に強烈な痛みが走った事で、その残酷な事実を知ってしまったからだ。
ドスン、グシャリ!
「く、クバル……まさか、お前……なのか?」
そう目の前にいたのは犬人族のクバルである。
黒く変色し変わり果てた犬人族のクバルの腕から放たれた強烈な一撃は呆然と佇むゴットンの腹部を貫通し、深々とめり込む。
いつの間にか目の前の地面から勢い良く現れた傀儡と成り果てた犬人族のクバルは、だらしない狂犬のように舌なめずりをすると、腹部を貫通され悶絶するモグラ族のゴットンの首に容赦なく嚙み付く。
ガブリ!
「ぎゃああぁぁぁぁぁーーぁぁ、黒神子レスフィナ、これは一体どういう事だあぁぁ?」
「どういう事も何も、見ての通りよ。警戒を怠らない慎重なあなたの事だから他にも何か良からぬ対策を考えていると推察したの。だから私もあなたを油断させる隙を作る為に一計を企てる必要があった」
「一計だとう?」
「予め傀儡にした犬人族のクバルを密かに地面へと埋めて、その場で待機をして貰っていたの。もしもの事を考えてね。まあ保険のような物よ」
「ぬ、ぬかったわ。そうだ、お前は呪いの力で、眷属となる傀儡を幾つも作り出せるんだったな。お前の直接的な力にばかり気を取られて、伏兵がいるかも知れない可能性を想像できなかった。その能力は嫌というほど知っていたはずなのに……む、無念だ」
行き絶え絶えに悶絶し最後の言葉を吐くと、嚙みつかれたモグラ族のゴットンの体は黒く変色し、無念の思いを抱いたままその場で死に絶える。
ドサリ。
「さあ、産まれ出よ、新たな傀儡よ。新たに復活し、この区画にいる住人たちを根こそぎ襲うのだ。恐怖を、絶望を与えよ。ハハハハハ!」
その数秒後、死体と化した躯からまた新たに生まれた命なき哀れな傀儡が立ち上がる。
「キィー、キイィィィィィ!」
邪悪な奇声を上げるモグラ族のゴットンと犬人族のクバルの二人は互いに顔を見合わせると、目の前に立つ黒神子レスフィナの足元にかいがいしく跪くのだった。