3.Cエリア
3.Cエリア
ヘルミナに先導されるがままに俺、津田博次は無様に走りながらもただひたすらに逃げる。手渡されたアサルトレーザーライフルの重みを抱きしめながら走る事約十分、体力の限界を感じた俺はその場でへたり込みそうになるが、後ろから来た二人の兵士に檄を飛ばされながらもどうにかCエリアに辿り着く。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、もう、もう駄目だ。もう走れない。息が息が続かない。流石に限界だ!」
「もう少しです、津田博次さん、頑張ってください!」
たどり着くなり俺は情けなくも倒れ込むとその場でゲロを吐くが、その後ろでは二人の兵士達が通路を完全に塞ぐべく、各エリアの封鎖ができる火災用の防災扉を直ぐに閉める。この扉もぶ厚い鉄で出来ているらしく、ちょっとやそっとでは決して壊れない仕組みになっている。
確実に迫りつつある黒神子レスフィナの追撃に怯える二人の兵士は鉄の扉に備え付けてある施錠のロックを掛けると思わず安堵の溜息をつく。
「はあぁぁ、ひとまずは助かった。だがうかうかしてはいられないぞ。奴は直ぐにここに来るだろうからな」
「そうだな、早くみんなをまとめて、転送装置のあるEエリアに向かう算段を立てないとな」
「なら先ずは新たな物資を探すぞ。今の兵装武器じゃ黒神子レスフィナには傷一つ追わせることは出来ないからな。それとこのCエリアに駐在している兵士達にも今起きている状況を伝えるぞ。観光客達にも声を掛けて速やかにみんなでEエリアに向かわないと奴が来てしまう」
「そうだな、仲間への報告が最優先だ」
その場から走り出そうとする二人の若き兵士に俺は声をかけようとしたが思いのほか息切れが激しくまだ声をかける事が出来ない。そんな俺の気持ちを汲んで代わりに呼び止めてくれたのはセミロングの栗色の髪がよく似合う可憐な少女、ガイアエレクトロン社製、製造番号8116番の人工生命体、ヘルミナである。
「兵士さん、ちょっと待ってください!」
今回の修学旅行では三年B組専属のガイド役として同行しているヘルミナはお客さんでもある俺達学生を守る為に健気にも奮闘するが、そんなヘルミナに二人の兵士は怪訝な顔をする。
「お前は確か、ガイドエレクトロン社製の機械人形か。ただの観光のガイド役が俺達に一体なんのようだ?」
「私達も連れていってください。このCエリアには一体何人の学生達が来ているのかを正確に把握したいですから。それとあの黒神子レスフィナを止めるには、より強力な武器が必要です。戦う兵士が足りない今、ここにいる民間人の手も借りないとこの難局は乗り越えられないんじゃありませんか」
「確かにそうだが、まずはCエリアにいる兵士達にこの緊急事態を報告するのが先だ。大まかな情報はもう既に届いているはずなんだが、誰も駆け付けて来ないとは、このエリアを守る兵士達は一体何をしているんだ?」
「確かに、そうですね」
可愛らしく頭を捻るヘルミナと息を必死に調える俺を見ていた二人の兵士は、無造作に一歩近づくと面倒くさそうに頭を掻く。
「ガイアエレクトロン社製の人工生命体の人形もどきに、アサルトレーザーライフルを手に持つ、やる気満々の新人の兵士か」
(いいや、このライフルは護身用としてヘルミナから渡された物で、俺は銃に触った事もないんだが)
と言おうとした俺だったが、まだ息切れをしているのか思うように声がでない。そんな俺とヘルミナに向けて二人の若き兵士が順番に名前を名乗る。
「俺は第二歩兵小隊所属、一ノ瀬忠雄だ。年齢は27歳、よろしくな」
「自分も第二歩兵小隊に所属をしている、二ノ宮次郎だ。歳は25歳です」
一ノ瀬忠雄と二ノ宮次郎の二人は軍隊のようにテキパキとした敬礼をするとその敬意に応えるかのように今度はヘルミナが挨拶をする。
「私の名はガイアエレクトロン社製の人工生命体であり、今はお仕事として観光客のガイド役をしているヘルミナです、どうぞよろしくな。そして隣にいるのが……」
「俺は地球人の関東の地から来た高校三年生、津田博次です。よ、よろしく」
「そうか、なら津田博次にヘルミナとやら、俺達についてこい、もしも戦う人手が足りない時は、お前たちにも武器を持って貰うぞ」
(ま、マジかよ、まさか俺達一般市民も武器を持ってあの凶悪凶暴の邪悪な魔女、遥か闇なる世界の黒神子レスフィナと戦わないといけないのかよ。ハッキリ言ってかなりの無理ゲーなんだけど!)
先ほど見た黒神子レスフィナの圧倒的な強さと驚異の超再生能力に度肝を抜かされた俺は正直戦う気は全く起きなかったが、手に持つアサルトレーザーライフルが全く役に立たなかった事を知っているだけに、より強力な新たな武器を求める。
「よし、ヘルミナさん、俺達も行こう」
「ヘルミナでいいですよ、津田博次さん」
「なら俺の事も、博次でいいですよ」
「分かりました、博次、この難局を力を合わせて乗り越えて行きましょう。私が必ずあなたを、無事に地球に帰還させて見せますから」
「無事に、地球に帰還か。だが見た感じ、三年B組で生き残っている生徒はどうやら俺だけのようだな。その証拠に他のクラスの生徒はいるが、B組の生徒の姿がどこにも見当たらないんだが」
あきらめ気味に話す俺の言葉に悲しそうな顔をするヘルミナだったが、告げる覚悟を決めたのか偽りなく真実を話す。
「その事なんですが、三年B組の生徒の生き残りはどうやらあなただけのようです。先程私の頭脳に内蔵されている生体端末からこの施設を管理しているAI人工知能にアクセスしてみたのですが、各エリアの通路に設置してある防犯カメラを全て調べた結果、三年B組の生徒達全ての死亡が確認されました」
「三年B組の生徒、全てだとう。つまりB組の生き残りは文字通り俺だけという事か」
「はい、そういう事です。そして私は三年B組の生徒のガイドと安全を守るように本社から命令を受けていますから、これからはあなたを全力でサポートします」
「そうか、三年B組の生徒はみんな死んでしまったのか。悲しいはずなんだけど何故か涙はでないもんだな。いきなり過ぎてまだ実感がわかないのかもな。それに今は人の為に悲しんでいるゆとりがないから、前に進む事にするよ」
「ええ、今は人の死を悲しんでいる時ではありません。この場で悲しんでなんかいたら、あの黒神子レスフィナに直ぐに命を取られかねませんからね」
「黒神子レスフィナ……か」
何気に呟いた俺に向けて、いつの間にか更に先の通路にいる一ノ瀬と二ノ宮が大きく声をかける。
「おい、津田博次、それにヘルミナ、この通路を塞ぐ第二の防火扉を閉じるぞ。この二層の扉があれば、黒神子レスフィナとてそう簡単には突破はできないはずだ」
「だがいずれは突破して来るんだろ。その速さは何分くらいだと推察している」
厳しい現実を突き付けるかのような俺の質問に最初は悩んでいた一ノ瀬だったが真剣な表情に戻るとはっきりとした口調で答える。
「二十分だ。いや、もしかしたらもっと速いかもしれない。黒神子レスフィナがCエリアの入り口を繋ぐ第一の扉に到着したら、意外と速いかもな」
「そうか、なら早く急ごう。急いでCエリアにいる兵士達に会い、新たな装備を補充し、このエリアにいる民間人達と共にDエリアに移動するんだ!」
俺とヘルミナがCエリア内に入った事を確認した一ノ瀬と二ノ宮の二人は重そうな扉を動かすと、すぐさま第二の扉を閉めるのだった。