2.襲い来る黒神子レスフィナの恐怖
2.襲い来る黒神子レスフィナの恐怖
激しい攻撃音が止まり、どうにか耐え抜いた鉄の扉だったが、鉄の扉を囲む四方の隙間から突如黒い液体がじわじわと染み出す。
その黒い液体は徐々に水かさを増したかのように膨れ上がり、ガリガリと音を立てながら何かを削り取っていく。
ガリガリ……ガリガリ……ガタンガション!
「黒い液体が、鉄の扉の隙間から水漏れのようにいきなり浸みだして来たぞ。その扉の四方から何かの音が聞こえる」
「な、なんだ、一体なんの音だ?」
「まさか、力押しで正面から鉄の扉を破壊する事は不可能だから、鉄の扉を支えている土台となる四方の端を超水圧で削り取って、支えてある枠を破壊するつもりか!」
思惑に気付いた一人の兵士が叫んだ瞬間、強固なまでに侵入を阻んでいた鉄の扉は簡単に倒れ、その場から一人の黒き魔女が姿を現す。
黒いローブを身に纏うその女性は牛を思わせる大きな二本の角を頭に生やし、お尻にはしなやかな牛の尾を揺らめかす。
そうまるで牛人間を連想させるその出で立ちは獣人のようにも見えるが、黒い邪悪なオーラを纏うその圧倒的な恐怖と存在感が、本能的に彼女の恐ろしさを嫌でも感じてしまう。そうこの化け物は命ある生物を越えた別の未知なる超越者なのだ。
黒い魔女の姿を見るなり再度そう結論づけた兵士達は皆一斉に、両手に持つアサルトレーザーライフルの照準をターゲットに合わせるとすぐさまトリガーを引く。
「くらえぇぇぇーー化け物、くたばれぇぇぇ!」
罵声と共に光の弾丸が飛び交い、無数の弾がレスフィナの体に風穴を空けていく。
「倒れろ、倒れろ、ちくしょう、なぜ死なない、一体なぜだあぁぁぁ!」
「不老不死という話は、どうやらまんざら噓でもないようだな」
「なんだよ、それはどういう事だよ?」
どんなに五体をバラバラに吹き飛ばしても直ぐに超再生を遂げるレスフィナの回復スピードに兵士達は驚愕の声を上げる。
「ほ、報告では、この化け物は幾多の兵士達を血祭りに上げ、欲望のままに殺しまくっているとの事だ」
「人を殺しまくっているだとう。この魔女は一体何者なんだ?」
「お前知らないのか、俺は知っているぞ。確かこの世界に関わる、とある禁断の実験で秘密裏に作り出された十二体いる負の産物の一つと言われている大災厄の一つだったはずだ」
「大災厄の一つだとう?」
「予期せぬ突然変異で産まれたその大災厄の一人の名は、英雄殺しの異名を持つ、遥か闇なる世界の黒神子、英雄殺しのレスフィナだ!」
「英雄殺しのレスフィナ、こいつが……あのレスフィナか。この魔女のせいで南の都市のエリアにいた住人たちは経ったの三日で皆全滅させられたとの事だ。そして、そこには俺の兄弟たちもいたんだ」
「そうか、心中を察するぜ。さぞ無念だったろうな」
「こいつが、あの最悪最強の黒神子レスフィナか」
目の前にいる敵の正体を知った一人の兵士は激しく憎悪をむき出しにすると、アサルトレーザーライフルを連射しながら黒神子レスフィナに近づく。
「くらえぇぇぇーー黒神子レスフィナあぁぁぁ!」
ズッキューン、ズッキューン、ズッキューン、ズッキューン、ズッゴオオ――ン!
兵士達が放つアサルトレーザーライフルの弾丸の軌道が光の線となり、目の前にいるレスフィナの体をすぐさまハチの巣にしていく。
体に無数の風穴を開けられながらもその場に立つレスフィナは真っ赤に光る邪悪な眼光を向けると兵士達に向けて汚らしい呪いの言葉を浴びせる。
「フフフフ、効かない、効かない、そんな攻撃じゃ不老不死である私は倒せない。ケケケケ、そして全てが無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄よ。地球という異世界から来た愚かな人間どもよ、この我から逃げられると本気で思っているのか。お前らのようなひ弱で卑屈で醜悪な下等生物達は食べ応えのある私の養分へとなる定めなのだ。この星に住む幾多の愚かな劣等種族達同様、お前らも皆この星の苗床にしてくれるわぁぁ!」
レスフィナが殺意を込めた言葉を発した瞬間、まるで虫に食われたチーズのように体中に空けられていた穴は瞬時に塞がり、まるで時間が逆再生したかのように元通りになる。
その復活を目の当たりにした兵士たちは皆が恐怖で錯乱しながらも手に持つアサルトレーザーライフルを構わず連射するが(予め弾丸の軌道を読んでいるのか)光の線を素早くかいくぐるとレスフィナの影から伸びる黒い血液が撓る刃と化し、目の前にいる兵士たちを根こそぎ切り裂いていく。
「死ね、下等生物ども!」
シュシュシュシュ、シャバシュバイシュバ!
「そんな、有り得ない、なんて再生スピードだ。明らかに生物の常識を無視した力だ。こんな奴、一体どうしたら倒せるんだ?」
「ば、馬鹿な、黒神子レスフィナには、高熱量の弾丸を放つアサルトレーザーライフルは、効かないのか。信じられない……これは……悪夢だ」
ドサ、バタ、ズダ、ゴトン、ストン、バタン
真っ赤な血しぶきと共に苦悶の表情を浮かべると切られた兵士達は力なくその場へと倒れる。
切り刻まれた幾人もの兵士達の肉体は瞬時に血で染まり、屍と化した死体の中を黒神子レスフィナがゆっくりとした足取りで歩き渡る。
「殺したのは六人か。私に無駄な抵抗をする残りの兵士の数は……後、七人……ククク」
「うわああぁぁぁぁぁ、後ろにいるはずの第四歩兵小隊は一体何をしているんだ。なぜ一人も助けに来ないんだぁぁ!」
恐怖にかられながらも希望を口にした一人の兵士の言葉が余程可笑しかったのか、黒神子レスフィナはわざとらしく口元を抑えるとゲラゲラと豪快に笑う。
「第四歩兵小隊だとう、先ほど私の前に立ちはだかった五十人くらいのあの愚かな小隊の事を言っているのか。あの小隊ならここに来るまでの間に全て潰したよ。そうだ全滅させたのだ。勿論誰一人として生き残りはいない。だから当然助けは誰も来ないということだ。理解できたかな、矮小な人間よ」
「馬鹿な、しんがりを努めていた第四歩兵小隊が、経ったの十五分で、こいつ一人に全滅させられただとう。有り得ない、そんな事が信じられるか」
「フフフフその証拠に誰も未だに助けは来ないだろう。そういう訳で現実という無慈悲な絶望に打ち震えながらあの世に行くがいい。死ね下等生物!」
相手を絶句させるかのような辛辣な言葉を送ると黒神子レスフィナは、目の前にいる兵士達を更に四人ほど切り裂いていく。そのあまりのスピードに体を寸断された兵士達は何が起こったのかが分からずあっけに取られていたが、体に伝わる痛みを理解する頃には意識が飛びその場で絶命する。
「ぐっはあぁぁ!」
「バカはぁぁ」
ドサドサ、ドサリ!
その絶対絶命の状況を見ていた一人の年老いたベテランの兵士が真剣な顔で、後ろにいる若い二人の兵士に命令を下す。
「また仲間の兵士達が四人やられた。残るは俺を含めて三人だけか」
「柴さん、俺達どうしたらいいんだ?」
「こんな時こそ冷静になれ。ここでは俺が階級が上だからお前たちに命令を下す。俺がどうにかしてこの邪悪な魔女の足止めをしてみせるから、お前たち二人は生き残った民間人達を連れて今すぐここから逃げるんだ。後は頼んだぞ!」
「柴さん、まさか死ぬ気か。ダメだ!」
「お前たちが生き残る可能性はそれしかない。まあそれでも生き残れるかどうかは怪しいがな。それでも誰かがやらなくちゃならないだろ」
「柴さん……分かりました、民間人達は必ず逃がして見せます。ご武運を!」
若き二人の兵士は柴と名乗る年配の兵士の覚悟に敬意を払うと、後ろで怯える生き残りの民間人たちに向けて声を掛ける。
「聞いての通りだ。みんな逃げろ、この場から今すぐに逃げるんだ。早くしろ!」
「「うわああぁぁぁぁぁーーぁぁぁ!」」
一人の兵士の掛け声に合わせるかのように手に持つアサルトレーザーライフルを後ろへと投げ捨てた柴と名乗る兵士は果敢にも目の前にいる黒神子レスフィナにタックルを噛ますと切り刻まれるよりも一瞬早く手榴弾のピンを抜き放つ。
「しばらくそこで寝ていろ、黒神子レスフィナ!」
その瞬間大きな爆発が起こり、衝撃で片足が吹き飛んだレスフィナは豪快に後ろへと倒れる。
ドッカアァァァァーーン!
フロア内に響く大きな爆発音が徐々に静まるのと同時に、遠くに逃げる民間人達の足音も徐々に遠ざかっていく。
「柴さん、命を引き換えにした捨て身の玉砕、見事でした」
「柴さんが残したこの僅かなチャンスを活かして、絶対に民間人達をできるだけ遠くに逃がすんだ。いくぞ!」
(なんだこの有り得ない地獄絵図は!)
呆然と立ち尽くす俺に、いつの間にか後ろに来ていたヘルミナが手に持つアサルトレーザーライフルを力強く渡す。
「何をボーとしているのですか、しっかりしてください。この落ちてるアサルレーザートライフルを持って私達も今すぐこの場を離れるのです。今は何も考えずに、逃げる事に専念しましょ!」
「おい、そこの男女の二人、お前たちもいいから走れ。早くしろ!」
兵士達に言われるがまま俺とヘルミナは急ぎその場を後にするが、後ろから恨みの籠ったレスフィナの絶叫がこだまする。
「おのれぇぇぇぇぇ、おのれぇぇぇぇ、この下等な劣等種族どもめぇぇぇ、よくもやってくれたな。この屈辱、この侮辱は絶対に忘れぬ。ゆるさん、許さんぞ。お前らは一人残らず追い詰めて、絶対私の贄にしてくれるわ。覚えていろ!」
おそらくは数十秒で五体の再生を遂げる怒り心頭のレスフィナを想像する二人の兵士は素早く背を向けると、既に逃げ去った民間人達の後を急ぎ言うのだった。