【番外編】episode アイリス - 背負いし名家の宿命
アイリス・フォルトナは、魔法界において名高いフォルトナ家に生まれた。彼女の幼少期は華やかさと、同時に重圧に満ちていた。家柄の影響で周囲の期待は常に高く、彼女には家を背負う者としての責務が求められていた。
フォルトナ家は代々、強力な魔法の使い手を輩出し続けており、特に火炎魔法においては群を抜いた実力を誇っていた。幼い頃からアイリスにもその素質があることは誰の目にも明らかだった。しかし、その才能は褒められるどころか、「当然のこと」として扱われ、彼女は次第に家族や周囲の期待に応えることが義務となっていった。
初等部への進学は、アイリスにとってもフォルトナ家にとっても重要な節目だった。彼女は家族の名誉を守るため、どの子供よりも早く、そして正確に魔法を使いこなす必要があった。特に火炎魔法を極めることが求められており、初等部での彼女の役割は「次代を担う天才」としての自覚を持つことだった。
しかし、才能の裏には苦悩があった。幼少期から他者に心を開くことを許されなかった彼女は、友人もなく、常に孤独だった。家族や教師たちからは厳しく育てられ、笑顔を見せることすら許されない日々。彼女は次第に感情を抑えることに慣れていった。そして、それが強さであると信じるようになった。
ある日、学園の中庭で、彼女は火炎魔法の練習をしていた。日が落ちかけ、空が赤く染まる中、一人で黙々と自分の力を確かめるように魔法を操っていた。強く、より強大な力を求めて、彼女は炎を操る。しかし、その炎は彼女の心に宿る焦燥や孤独を映し出すかのように、激しく燃え上がる。
「アイリス、貴女の魔法は美しいけれど、時に美しさは人を焼き尽くしてしまうこともあるわよ」
アイリスはその声に振り返り、フォルトナ家の家令であり、彼女の魔法の師でもあるカミーラを見た。彼女はアイリスにとって数少ない相談相手だったが、家族に対する忠誠心から、心の底から寄り添ってくれるわけではない。
「私は強くなければいけないんです。家のためにも、自分のためにも…」
カミーラは彼女の瞳を覗き込み、静かに微笑んだ。「そうね。でも、その強さを誰かに見せるためだけに使うものではないはずよ。強さは、自分を守るために使うべきものよ。」
アイリスはその言葉を受け止めつつも、どこか納得できない感覚を抱えていた。彼女にとっては、「家の名誉を守ること」が全てだった。それが、アイリス・フォルトナとしての宿命であり、自分の存在意義だと信じていた。
学園での生活は次第に厳しさを増していった。初等部の頃からの天才とされていた彼女は、高等部への進級後も、常に他の生徒たちから一目置かれる存在だった。周囲からの尊敬と羨望は絶えなかったが、それは彼女にとって更なる孤独を強いるものでもあった。
そんなある日、アイリスは学園の噂話を耳にする。それは、新しく入学してきた「男の魔法使い」についてのものだった。魔法学校で男の生徒は非常に珍しい存在であり、特にその生徒が「優秀な魔法使い」であるという噂は、彼女にとって信じがたいものだった。
「男が、魔法を…?」
彼女はその噂に対して興味半分、不信感半分だった。自分が生まれ育った世界では、魔法使いはほとんど女性が主流であり、男が魔法を使えるとは考えにくかったからだ。そして、何より彼女にとっては、その存在自体が自分のプライドを刺激するものであった。
「司馬…司馬レン?そんな名前の奴が入学するなんて、何かの間違いじゃないのかしら…」
アイリスは冷ややかにそう呟いた。彼女の心には、男である司馬レンが学園に入学し、自分と肩を並べる存在になることへの不安と警戒心が渦巻いていた。しかし、それは同時に、自分よりも強い存在に対する恐れや焦りでもあったのかもしれない。
彼女は内心、自分の強さに対する絶対的な自信が揺らぎ始めていることに気づいていた。もし、司馬レンが自分を超える存在だったらどうするのか――その思いは、アイリスにとって大きな葛藤を引き起こしていた。
アイリスの心の氷が溶けることを祈ってます(-人-)