第005話 アルセーヌ故郷に戻ってみる
古代文明の遺跡からでる。
慣熟訓練の間も、オレは遺構にこもったままだった。
っていうか地下に広いんだよ。
表の階段状ピラミッドの何倍もある。
風になびく自慢の黒髪。
地味で目つきが悪い顔。
まぁあれだ。
結局、オレの姿は記憶にあるとおりになった。
ちくしょう。
イケメン転生のチャンスだったのに。
それはそうとして、だ。
この遺構のガワは別の人たちが作ったらしい。
階段状ピラミッドの部分だね。
昔の人がウル=ディクレシア連邦の遺構を囲ったそうだ。
ううん。
昔はこの辺りまで人が生存できたのか。
いや、そもそも魔物とかいなかったって言ってたな。
まぁいい。
今は久しぶりの外気を堪能したいのさ。
オレは階段状ピラミッドの頂点部分にいる。
ここは四阿のような作りで壁がないのだ。
風が心地良い。
森の匂い、懐かしくも苦い思いが蘇る。
思っていたよりも見晴らしはいい。
ただし、見えるのは森ばっかりだ。
うん? うちの領地ってどっちだろう?
あのときは無我夢中だったから、よくわからん。
まぁその辺はスペルディアがなんとかしてくれるはずだ。
「な!」
肩にとまっている相棒に声をかける。
「なにが、な! ですか。マスターの言いたいことは理解しています。既に周辺地域をマッピングするためのドローンを展開しています」
小型の虫と見まがうほど小さなドローンが空を飛んでいるのが目に入った。
意識しないとよくわからんぞ、この小ささは。
「マスター、アレを試しておきましょう」
「おう、あれな」
実は慣熟訓練をしていて、オレは大きな問題に直面した。
それは魔法が使えなくなっていたことだ。
いや、おかしいと思ったんだ。
鍛えに鍛えまくった魔力が感じられなくなっているんだから。
で、使おうと思っても使えないわけ。
その理由はって言うと、魔力の器がないからだ。
こっちの世界の人間には魔力の器ってものがある。
臓器のひとつだ。
ここに魔力がたまるって言われてるんだよね。
オレはあんまり詳しいこと知らないけど。
で、まぁスペルディアたちはそんなことを知らない。
ってことで、あっさり処理されてたってわけ。
オレは凹んだ。
なにせこっちに生まれて、ずっと鍛えてきたんだから。
愛着もあったのに。
でも、そんなことは言ってられない。
なくしたのなら新しい力を身につければいいのだ。
それが辺境の教えだ。
染まりたくないと思ってはいても、染まっているもんだね。
本当に……。
そこから急ピッチでオレの遺伝情報なんかを解析したり、魔法の代わりになるものを開発したり、と大変だったんよ。
他にもオレの脳の処理能力が不足することがわかって、補助頭脳になる人工知能を開発したりね。
まぁぜんぶスペルディアがやってたけど。
オレはその間に慣熟訓練に励んでいたわけ。
色んな兵装があって、使いこなすのも大変だったからね。
で、何度かの実験と失敗を繰りかえしてできあがったのが、分子転写機能だ。
ものすごーくかいつまんで言うと、物質を操作する能力を手に入れたってわけ。
これもオレの規格外の魂子力があってこそ。
「マスター。まずは空気中の物質を集めて水を作ってください」
「うむ。任せたまえよ、スペルディアくん!」
はりゃああと気合いを入れる。
そんな必要はまったくないけどな。
補助人工知能のお陰で、オレは特に何も感じない。
だけど、オレの目の前に水がざばぁっと落ちてくる。
「成功ですね。マスター、体調の変化などはありますか?」
「いんや、まったくなし」
「では、どこまでこの能力が継続して利用できるか、実験といきましょう」
こうしてオレたちは慣熟訓練の第二段階に入るのだった。
そんなこんなで月日を重ねて、ついに遺構をでるときがきた。
たぶん一年くらいは経ったんじゃないかと思う。
随分と遅れちまったけど、準備はしっかり整えておくのだ。
これも辺境で学んだことだ。
事前に準備を怠るヤツはすぐに死ぬ。
それを目の当たりにしてきたんだからな。
「さて、いくか」
階段状ピラミッドの頂点から飛び降りる。
目指すは故郷、久しぶりに兄貴の顔をみようじゃないか。
「マスター! そっちじゃありません! 反対方向です!」
「そういうことは先に言え!」
オレと使い魔の新たな第一歩は、盛大に踏み間違えちまった。
縁起の悪い話だ。
スペルディアの案内に従ってオーマ大森林をいく。
スゲーのは脳内にしっかりマップが表示されることだ。
周囲の地形に加えて、自分の位置と魔物の位置もわかる。
「マスター。魔物と戦っておきましょう。大切な実験データになりますから」
遠距離からの狙撃。
中距離での分子転写による物質操作。
近接での格闘戦。
色々と試していく。
とくに物質操作の能力はエグかった。
魔物だろうがなんだろうが関係ない。
ぜんぶを素材としていただいておく。
スペルディアとオレの共同開発である転送装置だ。
研究所と繋がる転送装置は、よくあるアイテムボックス的なイメージをしたものなんだよね。
そんなことを話したら、スペルディアがものすごい勢いで食いついてきたわけ。
今ではオレの右の掌に転送装置・送がついている。
左の掌は転送装置・取だ。
要は右手で送って、左手で取りだす仕組みだ。
魔物との戦闘をしながらも、だ。
オレは領地のすぐ近くにまで戻ってきていた。
今日は兄貴たちが森にでてないのか。
オレはいつもみたいに巨木の枝に立って周囲を観察する。
「周辺に人はいないようですね」
「そうだな。で、どうやって戻るか考えてなかったな」
「いや、ふつうに戻ればいいではないですか。領主の息子なんですから」
「いや、照れくさいっていうか、なんていうか」
「面倒臭いですね」
スペルディアはすぐに悪態をつく。
いいじゃないか。
それが人間ってもんだぜ。
などと思いつつも、見張りがいないのをいいことに、大森林との境界になっている防壁をひょいと乗り越えた。
高さ十メートル、幅五メートルの壁もなんのそのってやつだ。
どうしたもんかと思っていると、ひとりの少女がいた。
なんだかつまらなそうに歩いている。
ここは小粋なジョークでもかまして情報を入手するか。
肩にスペルディアをとまらせたまま、少女に声をかける。
「これこれ、そこの貧しきお嬢ちゃん。犬をいじめてはいけないよ」
「誰が貧しいお嬢ちゃんよ! 犬なんていじめてないし!」
「そりゃそうだ。ごめんよ、ちょっと間違っただけだよ」
「間違うにもほどがあるでしょ!」
「そうだねー」
「他人事!?」
なかなかノリのいい少女だ。
助かるわー。
服装からすると村の子ってとこかな。
「ってか! うちは貴族なの! 父上はここの領主なんだから、貧しくなんてないわよ!」
んん? ってことは、だ。
オレの妹なのか。
初めての妹、つかオレたち男しか兄弟いなかったからなぁ。
兄貴も嬉しいだろう。
「お胸が貧しいではありませんか」
「きいいいい! 母上はあるもん! ばいんばいんだもん!」
「しらんがな」
お袋様はスレンダーなモデルタイプだ。
決してばいんばいんではない。
本人を前にして言ってはいけないことだけどな。
そう、絶対にだ。
親爺殿がお袋様以外に側室を持った?
いやいや、それはない。
だってお袋様こわいもの。
ってことは……。
ピコンと閃いた。
オレの中で、ばいんばいんの二大巨頭と言えば、ジャンヌちゃんと、マルギッテ姉さんになる。
ってことは、マルギッテ姉さんの子ども?
姪っ子なの?
え? ひょっとして年数がけっこう経ってる?
オレの中では、そんなに経ってないと思うけど。
こういうときこそ、先生! スペルディア先生!
『どうしました?』
説明しよう!
スペルディアとオレは秘匿回線で会話ができる。
つまり梟とおしゃべりする寂しい子扱いされなくてすむのだ。
『前回の大侵攻から何年経ってんの?』
『約十二年ですね。正確には十二年と三十四日です』
「え? マジで?」
意外すぎて、つい声にだしてしまった。
だって一年くらいしか経ってないと思ってたのに。
「なにがマジなのよ! ほんと失礼ね!」
「そんなことよりお嬢ちゃん。今、いくつかな?」
「コリーヌ! お嬢ちゃんって呼ばないで! もうすぐ十歳になるんだから、コリーヌお嬢様って呼びなさいよ!」
「肩がコリーヌちゃんか」
「うるさい!」
ふむ。
ということは、だ。
大侵攻のすぐ後で作った?
そんなことより兄貴め。
うらやま――けしからん。
あれ? けしからんことはないのか。
「って言うか! あんた誰よ! 見かけたことがないわ!」
「ああ――」
ちょっとだけ考えてから口を開いた。
「お嬢ちゃん。父上にこう伝えてくれないか。ジャンヌちゃんはオレの嫁ってな」
「なに言ってんのよ! ジャンヌってアタシの母上じゃない!」
ジャンヌってアタシの母上じゃないの……。
母上じゃないの……。
母上……。
頭の中でリフレインする言葉たち。
その意味を理解したとき、オレは叫んでいた。
「なああにいいいいい! やっちまったのか!」
そういえばこの少女の見た目。
赤毛、そばかす。
背は低め。
特徴が一致する。
ジャンヌちゃんに。
「なにがやっちまったのよ! 失礼しちゃうわ!」
これはどうしても兄貴を詰める必要がある。
絶対にだ!
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