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09 僕の気持ちは?

 午後の障害物競走。

 走り出したお嬢様の顔つきが違っていたように見えた。

 いつも見ている僕だからこそ、一生懸命走ってる様子が僕には分かる。

 その珍しく必死なお嬢様の姿に少しずつ周りも驚き出した。


「お嬢さまー!」


 人目もはばからず、大声を出していた。

 僕も拳を握り、応援にも熱が篭る。

 ただ、これが馴れないことだったのかもしれない。

 自分の力以上を出そうとしたお嬢様は派手に転んでしまった。

 会場から笑いも出るほのぼのとした空気の中、僕だけがその状況に慌てていた。


「お、お、お嬢さまーっ!」


 気がついた時には無我夢中で観客席から飛び出していた。

 次々にゴールする生徒を逆走し、お嬢様の元へ駆け寄る。


「お嬢さまっ! だ、大丈夫ですか?」


「ちょ、ちょっと守。何してんのよ!?」


「あ、あぁ、血……血が……大変だぁ!」


「あ、ちょっと!? 守?」


 僕はお嬢様を抱き抱えると、急いで保健室へと走り出す。

 お姫様抱っこしながら走る僕に観客は割れんばかりの歓声と拍手喝采。

 今まで行われたどの競技よりも盛り上がりを見せる。

 お嬢様は顔を真っ赤にして呆れていた。


「守! 何してんのよ! 恥ずかしいじゃないのっ!」


 僕の慌てぶりは異常だったんだろう。

 連れ込んだ保健室の先生も呆れる暴走ぶりだった。


「大したことないから大丈夫ですよ」


「本当ですか? 本当にお嬢さまの怪我、大したことないんですね。傷残ったりしませんよね?」


「早瀬さん、落ち着いて下さい。私は大丈夫ですから」


「は、はい。お嬢さま」


「消毒したし、薬も塗ったから大丈夫よ。ちょっと休んだら戻っていいから」


「はい。ありがとうございます、先生」


 僕は手当てを済ませた所でようやく落ち着きを取り戻していた。

 間もなく、保健の先生が屋外の救護室に戻ると、僕とお嬢様は保険室内に二人にきりなった。


 ――バシッ!


「全然平気なのに何てことしてくれんのよ。恥ずかしくて、この後友達に顔合わせられないじゃない」


 お嬢様が恥ずかしい行動に出た僕に文句を言うのは当たり前のことだ。

 だが僕はあの時、いてもたってもいられなかったんだ。


「すいません。でも、心配で心配で……」


「馴れないことした私が悪いのよ」


「いや、でも、一生懸命がんばるお嬢さまの姿、良かったと私は思います」


 運動会にもどこか冷めた態度が感じられた。

 子供じみた行為と見下してる部分があったように見受けられた。

 それがどうだろう。

 お嬢様の一生懸命な姿は僕はもちろん、周りにもいい印象を与えたに違いない。


「それにしても、あんな風に抱えられるとは思わなかった。恥ずかしいったらありゃしないわよ」


「すいません。迷惑でしたね」


「別に……」


 文句の言葉が続く思ったが、それもない。

 抱えられたことにも、お嬢様は不満どころか満足してるように見える。

 それにしても膝には痛々しい絆創膏。

 そして、転んだ拍子に頬にもかすり傷があった。

 僕は不安げな顔でお嬢様を見つめていた。

 もし顔に傷が残ったらどうしよう。

 僕は無意識にお嬢様の頬の傷に触れていた。


「守?」


「あ、すいません。いや、あの、顔に傷でも残ったらどうすればいいかと思いまして……」


「こんなの唾でも付けとけばすぐ治るわよ」


 お嬢様は頬に触れた僕を恥ずかしそうに見上げていた。

 僕とお嬢さまの間に妙な空気を漂う。


「ま、守」


「は、はい」


「ここにも薬塗って」


「分かりました。今、消毒を……」


 僕は消毒薬を探すが、見つけることが出来ずに困っていた。


「……ねえ」


「お待ち下さい。あれ? おかしいな、確かこの辺にあると思うんだけど……」


「ねえってば」


「はい?」


 振り向くとお嬢様の顔がまた赤く染まっていた。

 何か言い難そうに顔を横に背けていた。

 

「唾って消毒になるんでしょ」


「え?」


「違うの?」


「た、確かにそう言いますね」


「だったら、それでいい。消毒していいよ」


 つまり僕に傷ついた頬を舐めろと言ってる。

 いつものにしては生々しい悪戯に思えた。

 拒めばいいものの、僕にはその考えがなかった。


「……承知しました」


 僕は椅子に腰掛けるお嬢様に近づく。

 もう一度確認したかったがお嬢様は僕の方を見ず、黙って頷いた。

 僕はお嬢様の反対の頬に手を当てた。

 頬が熱い。 

 僕はそのまま顔を近づける。

 かすり傷のある頬を舐める、と言うより頬にキスした。


「……んっ」


 瞬間、甘い声が出た。


「もう大丈夫そうですね」


「……もう少しだけ」


 お嬢様は止めることを許さない。

 僕はもう一度お嬢様の頬にキスをしようとした。

 だが、その瞬間背けてた顔を元に戻した。

 顔が正面で向き合う。

 呼吸する息が鼻にかかる程近い。

 子供と思いつつ、こんなに近くで見れば否が応でも緊張してしまう。


「さっき……ね、本当は嬉しかった。守が走って私を助けに来てくれて」


「……お嬢さま?」


 お嬢様から近づいて来るのを僕は拒まなかった。

 寧ろ、僕も引寄されるようにお嬢様に近づいていた。

 あっという間二人の距離が縮まる。


 ――♡


 僕とお嬢様はキスをしていた。


「……」


「……」


 校舎の外から騒がしく聞こえる声が、やけに遠く感じる。

 ここは誰もいない保健室。

 僕とお嬢様だけが隔絶された空間にいるような気がした。


 ほんの数秒の出来事だった。

 唇を離すとお嬢様の顔が更に赤く火照っていた。

 普段見る幼い表情との違いに僕は驚いた。


「ねえ? 守」


「は、はい」


「守は意地悪ばっかりの私をどうしていつも心配してくれるの?」


 僕はその質問の答えに困った。

 困ってるのに、困ってる理由が分からない。

 特別な気持ちが混ざってるかもしれなかったんだ。

 自覚してない自分がいた。

 自覚しようとしてない自分がいた。

 無意識に気持ちが制御されていた。


「……そうですね。お嬢さまをお守りするのが、私の仕事ですから」


 特に考えて発した言葉ではなかった。

 それがお嬢様を深く傷付けてしまったとも気づかなかった。


「仕事……だから?」


 お嬢様の体が小刻みに震え出していた。

 俯いたまま動こうともしなかった。


「お嬢さま?」


「……先に戻ってて構いません。私はもう少し休んでから戻ります」


「は、はい」


 お嬢様のこんなに寂しい目を見たのは初めてだった。

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