08 お弁当食べよう
「暑い。あー、もう何でこんな日にやるんだよ」
秋というには厳しい陽射しが照り付けていた。
地球の温暖化現象もここまできたか。
こんな日は涼しい場所でのんびりしたいに決まってる。
なのに僕は日陰もない屋外に晒されていた。
それも仕方のないことだ。
今日はお嬢様の学校の体育祭。
僕は忙しい旦那様や奥様の代わりにお嬢様の観戦に駆り出されていた。
「ん? お嬢さまの出番か?」
運動も得意だと言っていたお嬢様。
果たしてどんなものなのか、お手並み拝見というところだ。
(あー、全然ダメだな。でも、あれ絶対手抜いてるな)
当然のように最下位だった徒競走。
周りを意識するかのように、おしとやかに走っていたように見えなくもない。
ところがどうだろう。
特別目立った活躍はしてなかったが、それでもクラスの中心にいる。
どこにいても気づくのは輝きを放ってるから。
そこはやはり生まれ持ったお嬢様が醸し出すオーラなのだろう。
周りのクラスメートは所詮主人公のお嬢様の引き立て役でしかなかった。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様です、お嬢さま」
「いえ、早瀬さんこそ。暑い中ご苦労様です」
お昼にやって来たお嬢様と外面よく挨拶を交わす。
いくらお嬢様とはいえ、お昼はこうして周りと一緒に家族と食べることになっていた。
学校の決まりごとだから仕方ない。
お嬢様の場合、相手は僕なのだが。
お屋敷の料理長が用意した重箱を出す。
中からはとてもお弁当とは思えない豪華な料理の数々。
がしかし、お嬢様には食べ馴れた料理なのだろう。
驚くことなく当たり前のように頬張っていた。
「お嬢さま、お飲み物は?」
「いただきます」
水筒に入った飲み物を渡すと、お嬢様はキョロキョロと周りを見渡す。
「どうしたんですか?」
「ねえ、それ何?」
それは不恰好なおにぎりに然もないおかずが並んである貧相なお弁当箱。
お嬢様は僕が持参したお弁当に興味を示す。
「私が作った自分用のお弁当です」
「守が? 自分で作ってるの?」
「そうですよ」
「ちょっと見せてよ」
周りを見渡したのは気づかれないように会話する為だった。
大丈夫だと分かると、いつもの悪戯な笑みを浮かべていた。
「何なの? そのおにぎり。嘘でしょ?」
「これでも上手く出来たと思ってたんですが……」
「おかずって何なの?」
「卵焼きと鶏唐、それにウインナーに、一応野菜を少々」
「本格的じゃないの」
自分のお弁当を食べるより、僕のお弁当に夢中になってる。
「一個食べて見てもいい?」
「いいですけど」
「お腹壊したりしないよね?」
「……それはあんまりです、お嬢さま」
「冗談よ、冗談」
お嬢様は唐揚を一つ頬張る。
僕は自分の作った料理を食べるお嬢様の反応を伺っていた。
「うん……うん……ん? うーん……」
「どうですか? 生姜につけてたんで味が染みてると思うのですが?」
「普通?」
期待してた評価が得られなかったのがちょっと残念。
それも仕方ない。
お抱えの料理長の美味しい料理を毎日食べてるお嬢様には僕の料理など庶民の味でしかない。
ところが、である。
「ねえ、そのおにぎりも食べてみていい?」
「いいですけど」
不恰好な形のおにぎりも躊躇うことなく頬張るお嬢様。
「どうですか?」
「うーん、何だろう? 素朴な味?」
「……ですよね」
「守は料理の才能がないのよ。気にしなくていいんじゃない?」
結構酷い言葉を投げつけるが、お嬢様の手は止まらない。
お重のお弁当をほったらかし、僕のお弁当にばかり手を伸ばす。
というより、がっついて食べていた。
「お嬢さま、本当は美味しいと思ってるんでしょ?」
「そんなことないわよ。全っっ然、美味しくない」
簡単に嘘だと分かる。
「な、何よ、その顔は?」
「いえ、別に」
「もう、ムカつくわね。食べたことない味付けだから珍しいだけよ」
怒りの表情を見せたお嬢様だが、すぐにその表情は消え満足そうに笑みを浮かべた。
「あー、食べた食べた。こんなに食べたの初めてかも」
「そうなんですか?」
「一人だとあまり食べないからね」
「え?」
「いつものことよ。忙しいからね、家は。小学校ん時はずっと一人だったからね」
小学校の運動会のお昼といえば和気藹々と家族で食べるものだろう。
寂しい日を送っていたと僕は感じてしまう。
「気にしなくていいわよ。それに今年は……」
「?」
「守るがいるからちょっと嬉しい」
「……お嬢さま」
「ちょ、ちょっとよ! ほんのちょっと。変な勘違いしないでよね」
素直にならないのはいつものこと。
しかし、今日はちょっとだけ自分を正直に晒してるように僕は思った。
「それにしても手抜きして走ってらしたんじゃないですか?」
「頑張ったって無駄よ、無駄。一位にはなれないんだから。だったら無理することないもの」
「午後の競技は頑張ってみたらどうです?」
「無理無理。がんばったって疲れるだけで何の得もないんだから」
「私も応援しますから」
「……応援で早くなったら苦労しないわよ」
聞き流すお嬢様は僕の応援する言葉にも知らん顔。
だが、僕は自分の犯したミスに気づいていなかった。
僕の言葉が思った以上にお嬢様の心に響いていることを……。
そして、言葉の間違いは後々、僕とお嬢さまの関係に大きな亀裂を入れてしまうことになる。