04 西園寺家という名家
せっかく日曜日。
普段なら休日という所だが、お嬢様が出掛けたいと言えば出勤しなければならないのが僕の仕事。
今日は夏休みに旅行する際の買い物だとか。
どうやら運転ついでに荷物持ちに駆り出された。
僕使いが少々荒いお嬢様だ。
「どこに旅行にお出掛けになられるんですか?」
「どっか海外じゃないかな?」
「かか海外?」
「どっかの別荘だと思うけど」
「べべ別荘?」
“どっかの別荘”これだけで複数持ってることを意味している。
何というお金持ち。
僕が改めて驚くのはこれだけに止まらない。
お目当ての老舗デパートへ到着するとお偉いさんがズラリと並び総出でお出迎え。
大の大人が出揃って、お嬢様に対してペコペコと礼をする姿は僕には別次元の出来事だった。
がしかし、お嬢さまは全く当たり前の態度であしらっている。
「どうしたの?」
「いえ。凄い人にお仕えしてたんだなーと」
「何言ってんの? それよりも行くわよ」
「はい、かしこまりました」
歩く様も中学生には見えない足取り。
気品漂うオーラを出しながら、颯爽と進んでいた。
すれ違うお客や店員の視線が注がれる。
耳打ちで内緒話しするのはお嬢様を噂してるに違いない。
「……疲れるのよね」
「確かにそうですね」
その視線は僕から見ても煩わしいと感じてしまう。
「今日は何をお買いに?」
「色々とね。お父様は今日は何でも買っていいって言ってたから」
「はぁ」
「服と鞄と、それと水着。帽子なんかもいいのがあれば買おうかしら?」
それらの物は確か家にもたくさんあったはずだ。
旅行の為にわざわざ新しい物を買うのは庶民の僕には考えられないことだった。
◇ ◇ ◇
「早瀬さん。どうかしら?」
「え、あ、はい。うーん、どうでしょう?」
鏡の前で店員に勧められた帽子を被り、おすまし顔のお嬢様。
満足そうな店員だが、僕から見ると中学生のお嬢様には派手過ぎる。
何より値段に驚いてる。
お嬢様だからと言って高額なブランド品を売りつけようとでもしてるように僕には見えた。
「だめかしら?」
「私はこちらの方がお似合いかと……」
僕が手にしたのはどこにでも売ってるような特に特徴もない平凡な帽子。
僕の意見など取り入れてもらえるはずがないと思いながらも、僕なりに真剣に選んだものだった。
「真っ白な色が純粋なお嬢さまにお似合いではないかと」
「そうかしら?」
お世辞は半分、本音が半分の僕の言葉。
お嬢様も意外気に入った様子で何度も鏡を見返している。
満更でもない。
こんな僕でもちょっとは買い物の役に立ったと少しだけ安心していた。
「あの、西園寺様……」
「なんです?」
「確かにお似合いですが、そちらの商品は……」
「あら、そう」
「お嬢さま?」
「早瀬さん、やはり店員のお勧めした、そちらをいただきます」
「そう……ですか」
ホクホクと高いブランド品の帽子を包装し始める店員に僕は軽い苛立ちを感じた。
やはり子供にブランド品を買わせるやり口が気にいらない。
「お嬢さま、どうして?」
「西園寺家の娘なら、それ相当の品を買わないとね」
「なぜ?」
「何買ったか噂んなるし。まあ、しょうがないわよ」
「……」
子供とはいえ“西園寺”という名家を背負って生きてる。
周りの目を気にし、大人の顔を伺う子供らしからぬ姿勢。
僕はお嬢様なりの苦労を見た気がした。
「西園寺様、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「?」
包装された品物を渡す際の挨拶に僕は違和感を感じた。
「どうしたの?」
「いえ、何故おめでとうっておっしゃるのかと」
「あー、あれ? 誕生日だからじゃない」
「え? 誕生日?」
「そうよ。今日、私の誕生日だから。知らなかった?」
「あ、はい。申し訳ありません。あの、おめでとうございます」
「別にいいわよ」
旦那様が言っていたという“何でも買っていい”その意味が分かった。
西園寺家のご息女の誕生日。
今夜はいったいどんなディナーが行われるのだろう。
下っ端の僕にも興味がある。
「すると今夜はどこかで外食ですか?」
「うーん、どうだろう。家でいつもと同じじゃない?」
「え? だって誕生日って……」
「お父様もお母様も忙しいのよ」
普通、子供の誕生日といえば祝福される日だと僕は思う。
お金持ちで忙しい両親。
確かに祝福はしてるだろうが、誕生日という記念日に一緒に過ごせないのがかわいそうだと感じてしまった。
「何落ち込んでんの? こんなの毎年のことよ。守が気にしないでよ」
「し、しかし……」
自由に出来るお金も重要かもしれない。
ただ子供には、それ以上に心からの愛情が必要ではないだろうか。
それを不満に思わず、まるで当然のことのように冷めた態度で受け入れてるお嬢様。
でも、本心はきっと違っているはずだ。
“お父様もお母様も忙しいのよ”そう言った時のお嬢様の表情はいつになく寂しいものだった。
いつも側にいる僕だからこそ分かる。
甘えたい気持ちを抑えて、お嬢様なりに自分の境遇を踏まえて両親を気遣う心意気を持っている。
僕は少しだけお嬢様を尊敬した。
「それよりもさ、今度は水着見ようか。守も見てね」
「はい、かしこまりました」
「まあ、帽子見ても分かる通り、守のセンスには期待してないけどね」
「お、お嬢さま」
「ふふふ。冗談よ。早く行こう」
僕が気づかう必要はなかった。
いつもと変わらない態度で接することがお嬢様にとって一番いいのかもしれない。
元気な笑顔がお嬢様にはよく似合っていると感じていた。