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03 お嬢様故考えてることが分からない

 学校終わり、お稽古事の時間まで小1時間程。

 いつものように誰もいない山林のパーキングに向かう。

 珍しく静かなお嬢様に何やら嫌な予感が過ぎる。


「早瀬さん」


「はい?」


 普段、僕を“守”と名前で呼び捨てにするはずのお嬢様。

 それが突然、苗字呼びに違和感を感じずにはいられない。


「あの、私、早瀬さんに少々お願いしたいことがございますの」


 しかも気持ち悪いまでの敬語に猫なで声。

 良からぬことを企んでると気づかない僕ではない。


「嫌です」


「まだ何も話してないじゃない」


「いえ、絶対良いことではないと悟ったものですから」


「……チッ」


 どうやら僕の勘は外れてなかったようだ。

 お嬢様の舌打ちがはっきりと聞こえていた。


「この頃生意気ねー、守は……」


 お嬢様のことだ。

 どうせ強引にでもお願いしてくるはずに違いない。


「聞くだけ聞きますが、いったい何のお願いですか?」


 僕は仕方なく耳だけは傾けようとした。


「いえね、本当に大したことじゃないんですのよ」


 丁寧な話し方に戻ってる時点で怪しい。

 満面の笑みが尚更不気味に感じる。


「私、この所お酒というものに興味が沸きまして……」


「はぁ」


「それでビールというものを、ぜひ飲んでみたい! と思ってますの」


「……」


「それでこんな秘密のお願いが出来るのは、私には早瀬さんしか思い当たらないのです」


 淡々と言葉が語られているが、少々ぶっとんだ内容だと理解するのに時間がかかっていた。

 悪びれる様子もないのがお嬢様らしい。

 楽しそうにワクワクしてる。


「そういう訳でお願いします」


「お酒は二十歳からと法律で決まっております、お嬢さま」


 即答した僕にお嬢様の顔は見る見るしかめっ面に変わっていく。


「何でよっ! 一口ぐらい飲んだっていいでしょ」


「飲ませられる訳ないでしょう」


「周りのみんなも飲んだことあるんだってよ。だから、私だっていいじゃない!」


 半分キレ気味で僕に突っ掛かってくるお嬢様。

 何でも従う僕でもさすがに出来ないこともある。

 “飲ませろ”“だめ”の押し問答はしばらくの間繰り返される。

 そもそも、何故そんな突拍子もないことを言い出したのか。

 僕はその理由が知りたくなった。


「どうしてお酒を飲んでみたいって思ったんですか?」


「どうしてって。た、ただ興味があっただけよ」


 嘘を付いてるのが簡単に分かった。

 お嬢様は白々しく僕から目を反らす。


「本当のこと話して下さい」


 僕がそう促すと、お嬢様はようやく重い口を開いてくれた。


「今日、学校で……」


「学校で?」


「そういう話しをみんながしてて。私、全然知らないことだったから」


「それで?」


「みんなが知ってるのに、私が知らないのが悔しくって。だから……」


「そういうことだったんですね」


「悪かったわよ」


 自分が経験ないことを他人がしてる。

 それが許せないのだろう。

 お金も地位もあるお嬢様の気持ちは分からなくもない。

 負けず嫌いの性格がお嬢様に大胆な考えを巡らせたと思いたい。


「一口だけですよ」


「いいの?」


「はい。酔っ払ったりしたら、私がクビになってしまいますからね」


「うん! やったー! さすが守ね」


 僕はお嬢様の気持ちを汲もうと思った。

 これも雑用係としての僕の仕事の一つだ。

 お嬢様のある種の社会勉強だと思い、経験させるべきだと考えた。

 何という仕事熱心さ。

 付き人の鏡である。


「……はぁ」


 何て思うのは建前でしかない。

 もし言うことを聞かなかったら文句たらたら、不満たらたらと後々面倒臭いに決まってる。

 それに一口ぐらいなら大丈夫だろう。

 僕はコンビニでビールを買うと、またいつもの山林のパーキングにお嬢様を連れて行った。


「本っっ当に一口だけですからね。この後ピアノのレッスンがあるんですから。いいですね?」


「分かってるって。早くちょーだい」


 缶ビールのフタを開けると炭酸と同じようなシュワシュワとするような音。

 鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、すぐ顔を反らし顰めっ面になる。


「止めた方がよろしいのでは?」


「う、うるさいわね」


 そう言うとお嬢様はゴクリと一口飲み干す。


「うげっ。苦っ。それに不味っ」


「だから、言ったのに……。さあ、後はいいでしょ」


 僕はすぐに缶ビールを取り返すと、外に出て残った中味を捨ててしまった。

 あまり煽ると、ムキになって再び飲み兼ねないお嬢様の性格を知っているからだ。

 

「全然美味しくないのね」


「大人になると美味しくなるんですよ」


「私が子供だって言いたいの?」


 いや、子供でしょう。

 そう突っ込みたかったが、面倒だから止めておこう。


「ねえ、守。私、そろそろ行かないと……」


「本当だ。急がないと」


 僕は急いでハンドルを握ると、急いでお嬢様をお稽古事まで送っていく。


「お嬢さま、これを」


 僕はビールと一緒に買っておいた炭酸のジュースをお嬢様に差し出す。


「気が効くじゃない」


 口直しに欲しいだろうと思っていた。

 一口とはいえ、万が一酒臭かったりした場合の匂い消しの意味合いもある。

 お嬢様の探究心には参ってしまう。


(困ったお嬢さまだ)


 だが、こういうのはこれっきりにして欲しいものだ。


   ◇   ◇   ◇


 お稽古事が終わった後もお嬢さまはいつになく上機嫌。


「もうさっきみたいなことは止めて下さいよ」


「分かってるって。ふふふ」


 僕のお願いも今度は素直に聞いてくれたようだが、何やら不適な笑み。


「どうかしたんですか?」


「ビールも飲んだし、これでまた大人に近づいたわね」


「はあ、そうですね」


 一口飲んで、それで大人になったつもりだ。

 この辺は子供らしい所が残ってる。


「いつか守とも美味しくお酒を飲める日が来るといいわね」


「え?」


「何?」


「いえ、何でも……」


 何気ない一言だった。

 きっと深い意味はなかったと思う。

 それでも僕は何故かその言葉が嬉しかった。

 いつかお嬢様とお酒を飲み交わす姿を想像すると、自然と顔が綻んでいた。

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