02 お嬢さまの素顔
毎日の仕事に追われながら過ごす日々。
果たしてやれてるのか、やれてないのか。
そう言われたら自分でも分からない。
それでもどうにか頑張ってたつもりだった。
学生気分も抜け、ちょっとは社会人らしくなってきたかもしれない。
そう思ったのは二ヶ月くらいが経つ頃だ。
ようやくこの新しい生活にも馴れつつあった。
尤も、その馴れを感じてるのはどうやら僕だけではなかったようだ。
夕方、いつものようにお嬢様を迎えに学校へ向かう。
校門の近くに車を停め、お嬢様の帰宅を待っていた。
当初、恥ずかしかった下校する生徒の視線にも馴れたものだ。
放課後、お嬢様を迎えに現れる僕の姿は、この学校では当たり前の光景になりつつある。
間もなくやって来たお嬢様はいつも通り友達の輪の中心。
周りから慕われてるのは和気藹々とした様子で分かる。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「ご苦労様です、早瀬さん。ではみなさん、ごきげんよう」
友達との別れの挨拶を済ますと、お嬢様を乗せた車は出発する。
出発するのだが……。
「あー、今日も終わったー」
後部座席に腰掛けると、履いてた靴下を脱ぎ捨て、ゴロリと横になる。
「今日は暑いのね。ねえ、守。何か飲み物ある?」
「ございません。私の飲んでたのでもよろしかったらあるのですが……」
「飲みかけ? まあ、いいわ。ちょーだい」
「はい、分かりました」
飲みかけのペットボトルのキャップを回すと、ゴクッと一口。
「温ーい。アイスないの? アイス」
「買い置きしたら溶けてしまいますよ」
「それもそうね」
アイスが食べたいようだか、車の中に買い置きなどあるはずがない。
お嬢様は不満な表情を浮かべる。
仕方なく僕の飲みかけの温いジュースを再び飲み始めていた。
僕はそんなお嬢様の姿に、つい深くため息をついてしまった。
「な~に? 今のため息は?」
「いえ、別に……」
「分かってるってば。誰も見てないからいいでしょ?」
「しかし、お嬢さま……」
「んっもう、守はうるさいんだから」
僕の言いたいことはお嬢様にも伝わっている。
ただ聞く耳を持っていないだけだった。
「今日は何だっけ?」
「ピアノのお稽古です」
「えー、ピアノかぁ。面倒くさーい。行きたくなーい」
「お、お嬢さま。そのようなこと言われましても……」
「誰も行かないとは言ってないでしょう。行くわよ。行くけど……。面倒くさーい」
言葉通り、面倒臭いのはやる気のない表情と態度から見て取れる。
その姿を目にした僕は再びがっかりしてしまう。
それもそうだ。
出会った頃の清楚な姿はこれっぽっちも見えなくなっていた。
僕がおかしいと気づいたのは、お仕えして二週間ぐらい過ぎた頃。
お嬢様らしからぬ態度や仕草が少しずつ見えるようになった。
てっきり僕は一緒に過ごす時間が多いせいで、ちょっとだけ心を開いてくれたと思っていた。
徐々に被っていた仮面を外してるだけとも知らずに。
学校や家で見せる完璧なお嬢様の姿は偽りの姿で外面だけ。
それが本当の姿だった。
がしかし、僕にはそれが本来の中学生らしい姿に見え、しっくりきてしまった。
だから特別驚きもせず、況してや怒りも注意もしなかった。
それが結果的に悪かった。
僕の前では遠慮なく地を出し始める。
本来の姿を曝け出すことで窮屈さがなくなっていた。
お嬢様の僕に対するわがままと悪戯はエスカレートするばかり。
今ではすっかり見下され、嘗められてる。
年上にも関わらず、僕を名前で“守”と平然と呼び捨てにされる始末。
(あーあ、最初の頃が懐かしい)
車中でゴロゴロしてたお嬢様が起き上がる。
僕の心の声が聞こえたらしい。
もしくは僕の不満そうな顔に腹が立ったんだろう。
運転する僕の口元を塞ぐ悪戯を仕掛けてきた。
「お、お嬢さま? 運転中でこざいます! あ、危ないから止め……ん? んんっ!?」
「ふふふ♡」
「お、お嬢さまっ!」
「あっははーっ!」
咳込む僕を見てお腹を抱えて笑っている。
ただの悪戯じゃないのがお嬢様らしい。
鼻に押し付けていたのは、脱ぎ捨てたさっきまで履いていた靴下。
悪戯にも程がある。
「守、やっぱりアイス食べたーい」
「ダメです」
「食べたいったら食べたい。食べなきゃピアノ休む」
そう言われると従わない訳にはいかなかったりしてしまう。
こうやって甘やかすのが、お嬢様を益々つけ上がらせてしまうのだろう。
僕は仕方なくアイスを買いに車を走らせる。
日中、人通りの少ない山林のパーキングに向かう。
もちろんお嬢様がアイスを食べてる姿を誰にも見られないようにする為の僕なりの気づかいだ。
これでも僕なりにお嬢様の立場を考えてるつもりだ。
周りに人がいないのを確かめると、買ってきたアイスをお嬢様に手渡す。
「あー、冷たくて美味しい」
棒アイスをペロペロと頬張る姿は無邪気そのもの。
口の周りにはアイスがベタベタ着く始末。
ティッシュを渡すと無造作に拭き取り、また食べ始める。
この場所に連れて来たのは正解だ。
とても人に見せられる姿ではない。
「はしたないですよ」
「誰も見てないからいいの」
その下品な食べ方を知らない人が見れば、誰もお金持ちのお嬢様だと思わないだろう。
「守も食べたいの?」
「え? あ、いえ。それよりも早くしないとピアノのお稽古が……」
「もうそんな時間? あーあ、仕方ない。じゃあ、行こうか、守」
「はい。お嬢さま」
わがままに応じれば、とりあえず言うことを聞いてくれるのだけは助かっていた。
親にも見せない本当の姿を見せるのはお嬢様が僕に気を許してる証拠だと思いたい。