13 お嬢さまっ!
「おはようございます、お嬢さま」
「おはよう、早瀬さん」
次の日の朝、いつものように外面のいい挨拶を交わす僕とお嬢様。
お嬢様の口元は少し緩んでいた。
車に乗り込み、お屋敷を出るとお嬢様は後ろから身を乗り出す。
「危ないですよ」
「平気、平気♪」
お嬢様は朝から機嫌がいい。
その理由は僕も知っている。
昨夜、お嬢様をお屋敷まで送った際、ちょうど旦那様に出くわしてしまった。
僕はちょうどいい機会と思い、せっかくいただいたお見合い話を断ったことを謝罪した。
当たり前のように断った理由を聞かれる。
適当な理由を付けても良かったが、僕はなぜか正直に話していた。
「実は最近になって好きな女性がいることに気づきまして」
僕のその言葉には、側にいたお嬢様も耳を傾けていた。
「相手があることですし、何とも言えませんが、今はその気持ちを大切にしたいと……。申し訳ありません」
僕の真面目な答えに旦那様は大声で笑い飛ばし、お嬢様は満足そうな笑みを浮かべていた。
そんなことがあったものだから、お嬢様は上機嫌なのだろう。
「ねえ? 守。昨夜のあれって私のことなんでしょ?」
「……さあ?」
「何よ、その言い方」
僕はちょっと照れ臭い。
認めない僕をお嬢様はいつまで経っても責め立てる。
学校に到着したお陰で、どうにか逃げられたが、恥ずかしくて仕方がなかった。
一見幸せそうに感じるが実はそうでもなかったりする。
一人になってから、僕は改めて色々と考えていた。
いくら好意を寄せているからといって、相手はお仕えするお嬢様。
僕とお嬢様の立場上、好き合っていてもどうしようもない関係なのは間違いない。
それにお嬢様はまだ年端もいかない子供だ。
今の気持ちはまだ視野の狭い環境にいるお嬢様の若気の至りでしかないのかもしれない。
自分の存在がこれからのお嬢様の成長や、新しい出会いを邪魔してしまわないだろうか?
お嬢様を思えばこそ考えてしまう。
結局、自分の出した決断が正しいのか、間違ってるのかが分からなかったんだ。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「ご苦労様です、早瀬さん」
お嬢様を迎えても僕の考えごとは続いていた。
「何かつまんなーい。どうしたの?」
「え? あ、すいません」
ゴロゴロしてたお嬢様が起き上がる。
僕の心の悩みが見えたらしい。
もしくは僕の不満そうな顔に腹が立ったんだろう。
運転する僕に悪戯をしかけてきた。
「お嬢さま? 運転中ですよ。危ないから止め……ん? んんっ!?」
「ふふふ♡」
「お、お嬢さまっ!」
「あっははーっ!」
咳込む僕を見てお腹を抱えて笑っている。
どこかで見覚えのある悪戯だった。
「その靴下使う悪戯、本当に止めて下さい」
「うふふ♡」
お嬢さまの不敵な笑みが続く。
「今のね、靴下じゃないのよ♪」
そう言って見せたのは確かに靴下ではなかった。
「守もこれなら嬉しいでしょ?」
バックミラーに映された物を見て、僕は驚きというより愕然とした。
「お、お嬢さまっ! 何てはしたないことを! 止めて下さいっ!」
お嬢様が僕の口を覆った布切れを見せる。
それは自分の履いてた下着だった。
「えー? 男の人ならこういうの喜ぶんじゃないの?」
「……喜びません」
「そうなんだ」
呆れて怒る気にもならなかった。
「それよりもね、時間あるならいつもの所に行こうよ」
「……はい、分かりました」
僕とお嬢様はいつもの高台のパーキングへと向かう。
いったいお嬢様が何を考えてるのか分からない。
尤も、まだ中学生だ。
それ程深くは考えていないだろう。
そう思っていた。
「ねえ、守。たまには一緒に外歩かない?」
「し、しかし、お嬢さま……」
「いいから、いいから♪」
強引にお嬢様に手を引っ張られ、外に連れ出されてしまう。
僕は次から次へと訪れるお嬢様の行動に、いつの間にか悩んでいたことを忘れていた。
お嬢様を見てると真剣に頭を悩ますのもバカらしいと思っていたのかもしれない。
がしかし、僕は大切なことだけに曖昧にもしたくなかった。
「お嬢さま、あの、私達のことなのですが……」
「……そうね。分かってる。守もそのことで悩んでるって」
「何かお考えでも?」
「当然じゃない。私を誰だと思ってるのよ?」
何も考えてないと思っていた。
お嬢様が何か思う所があったのが僕には意外だった。
とりあえず、そのお嬢様の考えに耳を傾けてみることにした。
「そうね。まず私が高校になるまでは黙っておきましょう」
「はい?」
「十六歳になったら結婚も出来るから、その時にお父様に話して、まずは婚約でもすればいいんじゃないかしら?」
「お、お嬢さま?」
「何? 何か不服でもある?」
あまりに大胆で壮大な計画だった。
だが、お嬢様自体は真剣そのもの。
子供らしいというか、世間知らずというか。
世の中を分かってない考えだが、僕はもう少しお嬢様の考えに付き合うことにした。
「使用人の分際でお嬢さまに手を出したと分かったら、多分私はクビにされると思いますが?」
「……なるほど。それもそうね。そういう場合もあるかも?」
僕は現実じみた展開を話すが、お嬢様は全く物怖じしない。
次なる壮大な未来を展望させていく。
「そしたらさ、私を連れてどっか逃げてよ」
「はぁ?」
「いいじゃない、それで。私は平気だよ。どうにかなるわよ、守となら」
なぜか妙に説得力があった。
僕の考えてるごちゃごちゃした未来のことなど、どうでもいいように思えてしまった。
お嬢様は僕といることに迷いはない。
今の自分の気持ちに素直だったんだ。
「私がいいならいいじゃない。間違ってる?」
出した答えが正解なのか、間違っているのか。
そんなことは誰かが決めるんじゃない。
判断するのは決断した自分自身。
お嬢様の言葉を聞いて、僕は自分の出した答えが間違いではなかったと言い切れる。
「守は顔はいまいちだけど頭はいいし、料理はまあまあで、それに……きゃっ! ま、守?」
僕はお嬢様を抱きしめていた。
このままずっと離したくない。
心の底からそう思っていた。
「もう何よ、急に……」
「いえ、何となく」
「誰かに見られたらどうすんの?」
「どうにか誤魔化します」
「誤魔化せないわよ」
そう言いながらお嬢様も僕を抱き返してくれた。
「あ、そうだ。逃げることになったら大変だからね。今からお金貯めないと」
「え?」
感傷的になる僕を嘲笑うようなお嬢様の見てる未来。
「守は今の内から頑張って貯金しておくのよ。私を養っていくかもしれないんだから」
「……はい、お嬢さま」
ちょっとわがままで生意気。
だけど、本当はかわいらしい。
それが僕のお嬢様。
満面の笑みを向けてくれるお嬢様が側にいてくれる。
それが何よりも幸せだと僕は気づくことが出来た。
「どうしたの?」
「これからもずっとお仕えしていきますからね。お嬢さまっ!」
「そうね。一人にしたら許さないんだから!」
おしまい
最後まで読んでいただき、ありがとうございました(^^ゞ