12 お互いの気持ち
「お嬢さま、どうしてこんな所に……」
「デート、ですか? ずいぶん遅い帰りですね?」
「え? あ、あの……」
なぜ僕のアパートに来てたのか、理由は話さない。
外で話すのに人の目が気になった僕はお嬢様を部屋に招き入れた。
「汚くて狭い部屋ですのね」
「すいません。あの、いったいどうして……」
「この頃、女性に現を抜かして仕事が散漫になっているので叱りに来たんです」
「そ、そうですか」
僕は相変わらず鈍感だ。
お嬢様の本心に気づいていなかった。
「お嬢さま」
「何です?」
「そんなに私が気に食わないのでしたらクビになさっても構わないのですが……」
今の僕はお嬢様にとっては役立たずの使用人でしかない。
単純にそう思ったからだ。
これも仕方ないとの思いで切り出した。
だが、お嬢様には僕の気持ちは捻じ曲がって伝わっていたようだ。
「……本当にそれでいいんですか?」
「はい。お嬢さまがそうお思いになるのなら構いません」
「はっきり言えばいいでしょう。私の顔を見るのも嫌になったと」
「いえ、決してそういう意味ではなく……お、お嬢さま!?」
詰め寄るお嬢様に僕は後ずさり。
迫力に圧され、どんどん後ろに後退していく。
気がつくとベットの上に尻餅を付いていた。
座った僕を見下ろすお嬢様の異変に気づいた。
近くで見ると目に涙が溜まってるのが分かる。
「もう私とは仕事で付き合うのも面倒だと?」
「違います!」
僕はにその言葉には即座に反論した。
今耳にしても胸が痛い。
“仕事で付き合うのも面倒”やはりお嬢様は体育祭で言った僕の言葉をずっと気にしていた。
「聞いて下さい、お嬢さま。私はお嬢さまに謝らなければいけないことがあります」
「何です?」
「今も気にしてらっしゃいますが、体育祭の時のことです」
「今更そのことを……」
「はい。仕事を理由にお嬢さまに接してたと申してしまいました。あれは間違いです。すいません。それで……」
「それで?」
「私がお嬢さまを気にかけるのは、本当は別の理由があります」
僕は大きく息を吸った。
年端もいかない中学生の、しかも自分がお仕えしているお嬢様にかける言葉ではないことを自分が一番知っている。
「どんな理由だと言うのです?」
「私はお嬢さまが……お嬢さまのことが好きだからです」
目線を反らさないのは真剣だと分かって欲しいから。
僕はお嬢様の目を見てはっきり言い放った。
「だから、決して仕事で接してた訳ではありません。傷付けるようなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
何とも固い告白だ。
お嬢様はまだ表情を崩さない。
「好き、というのは女性として、という意味ですか?」
「はい」
「つまりあなたは私を一人の女性として愛してると言うのですか?」
「はい。その通りです」
無表情だった口元が緩んだ。
零れる笑みを我慢してるんだろうが表情が崩れ出す。
鼻の穴がヒクヒク動き、口角は自分の意識と違い上がっていた。
嬉しい感情を無理に押し込めてるのが見てて分かった。
がしかし、お嬢様はすぐに表情を引き締める。
「……守もようやく自分の立場に気づいたのね?」
「え?」
「……ふふふ」
ようやく見せた笑いは不敵な笑み。
「あーははっ! 守が私を好きなことぐらい私だって気づいてたわ。守はずっと私の側にいるんだから! 今までも、これからも! いい? 分かった?」
上から目線で言ってるが、お嬢様の顔は嬉しさで笑いを堪えられない。
高飛車な笑いが懐かしく耳に響く。
生意気な口調も心地いいと感じていた。
「はい。そうですね」
「辞めるとか、お見合いとか、もうダメなんだから……」
「はい」
「うっ……うぅ……うわーん! 守っ!」
「泣かないで下さい。お見合いも断りました。辞めません。これからもずっと側でお仕えしますから」
僕はお嬢様を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「あ、あのね……あのね、守……」
「何ですか?」
「私もね、本当は守のことが大好きなの」
「……お嬢さま」
必要以上に突っ掛かるのは好意の表れ。
そして、気兼ねせずに地を出せるのも心を許してる証拠。
考えればお嬢様が僕に対して見せる特別な感情は恋愛感情そのものだった。
「ふふふ」
涙に塗れたしおらしい表情が一変し、再び不敵な笑みを浮かべる。
こういう顔は何か悪戯を思い付いた時の顔だ。
「守ぅ♡」
気味が悪いと思うような甘い声。
抱きつくお嬢様が不自然な行動を取っていた。
必要以上に体を揺すり、僕に体を圧し付けている。
恐らく、お嬢様なりの誘惑なんだろう。
「……お嬢さま」
「何?」
「いくら押し付けても、やはりその小さな胸では……」
お嬢様は体を離すと、ため息交じりに僕を荒んだ目で見てきた。
「ロマンチックの欠片も何もないのね、守は……」
「すいません。でも、本当のことですから」
「なら実力行使しかないわね!」
「!? お嬢さ……んんっ!」
お嬢様は僕の顔を両手で掴むと、強引に唇を重ねてきた。
「わ、私だって女なんだから……」
服を脱ごうとするお嬢様の手を僕は止めた。
お嬢様が感情的に成り過ぎて、無理してるのが分かるからだ。
「……分かっております。でも、この続きはもう少し大人になってからにいたしましょう」
「どうして?」
「これからもずっとお側にいますから。そんなに焦らなくてもいいのではありませんか? それにそろそろ帰らないと、旦那様が心配しますよ」
「……女からの申し出を断るって、何っって奴。でも、まあ、仕方ないわ。守の言う通りね」
僕とお嬢様はお互いの気持ちを確かめ合うことが出来た。
身分も超えた熱い愛、と言いたい所だが、いったいこれからどんな苦難が待ち受けるのだろう。
でも、そんな心配は今しなくてもいい。
今、僕とお嬢様は同じ気持ちでいる。
それだけで幸せなのだから……。
――!
僕は部屋を出る間際、後ろからお嬢様を抱き締めた。
「……月子」
「ふぇ!?」
名前は呼び馴れていないのだろう。
固まったまま動かなくなってしまった。
この部屋を出でしまったら、いつものお嬢様と使用人の関係に戻ってしまうような気がした。
僕にしては大胆な行動だったと思う。
「な、なな何するのよ」
こういうことは初めてだったのだろう。
中学生だから仕方のないことだ。
「好きだよ」
僕がそう伝えると火がついたように顔が赤くなった。
「な、何急に、そそんなこと言い出し――」
「月子のすべてが大好きだ」
「い、いつもの守と違う」
「そう。これが俺の本当の姿だから」
「お、俺って……本当の姿って……」
いつもからかわれてるお嬢様はからかわれ馴れてない。
たまには仕返ししてもいいだろう。
僕らはもう一度お互いの気持ちを確認するようにキスを交わした。