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11 本当の気持ち

 真子さんとの約束の日曜日が訪れた。

 映画を見たり、買い物をしたりと至って普通のデートをしていた。

 だが、全く集中出来ていない。

 心ここに在らずと言った感じだった。


「そういえばこの間、月子様来たでしょ?」


「ん? ああ。一昨日だっけ? 急に行きたいって言い出してさ」


「守君のこと話してたよ」


「俺のこと?」


 僕のお見合い相手が真子さんだと知ったからかどうかは分からない。

 一昨日、お嬢様は急に美容院に行きたいと言い出した。

 予定を変更するのは珍しいことだった。

 僕の話題を出してたことは、ちょっと意外に思える。


「何かイマイチ頼りないとか、信頼出来ないとか言ってた。あははっ」


「はははっ」


 内容を聞いてがっかりした。


「まあ、確かにその通りだろうけど」


「でもさ、よっぽど気に入られてるんだね」


「何で?」


「んー、だって珍しいよ。月子様がそんなこと言うのが。今までなかったもん」


「……そうなんだ」


 不満に思ってた気持ちがちょっとだけ解消された。

 丁寧な敬語を使い、僕の悪口を言ってる姿を想像すると笑えてくる。

 相変わらずの減らず口がまだ健在だったと思うと僕は安心した。


 以前、お嬢様の運転手は頻繁に変わってたらしい。

 意外と激務。

 そして、息が詰まるようなお嬢様との時間に耐えられず、すぐに辞めてしまうと聞かされた。

 だから、恐らく僕もすぐに根を上げて辞めてしまうだろうと思われていた。

 それが長く続いてるのが不思議だったと言う。


「お嬢さまって言ってるけど、中味は普通の中学生と変わんないからね」


「そうなの?」


「そうだよ」


 僕はお嬢様の普段の姿を話し出していた。

 わがままな所、悪戯好きな所、生意気な所。

 次から次へと出てくる話題に真子さんは呆れてた。


「……でさ、口塞いだと思ったら手じゃないんだぜ。何だと思う?」


「え? 何だろう?」


「脱いだ靴下」


「ええー? あははっ! あ、ごめん、笑っちゃった。でも、酷いね」


「だろ?」


 言ってはいけないことと思いながら僕は止まらなくなっていた。

 もう仕事を止めてもいいとすら思っていたのかもしれない。

 ヤケクソだったんだ。


「大変なんだね。知らなかった。月子様がそんな人だったなんて。ちょっと意外」


「まあね」


「でもさ、それも仕事だから仕方ないよねー」


「仕事?」


「そう。だってさ、嫌なことでも仕事だから従わなきゃなんないんでしょ?」


 僕はその言葉に苛立ちを感じた。

 沸々と怒りすら込み上げていたんだ。


「いや、俺は別に仕事だからってお嬢さまに仕えてる訳じゃな――」


 思いっ切り否定しようとした。

 その途端、僕はある事実に気がついた。

 ある間違いに……。


「どうしたの?」


「……いや、何でもない」


 僕が感じた苛立ちをお嬢様もあの時感じたのかもしれない。

 心を開いて接してたと思ってた僕が、お嬢様の我が儘に付き合っていたのは仕事だから。

 大人の事情でしかなかったとしたら、お嬢様が僕に不信感を抱いて当然だ。

 というよりも傷つけてしまった。


 もちろん、それは僕の本意とは違っている。

 だが、お嬢様にはそれが伝わっていなかったに違いない。

 お嬢様が怒りを覚え、僕に対して一線を置いた理由に今頃になって気づいた。


(最低だな……俺は……)


 僕が馴れない仕事を頑張ってこれたのはお嬢様のお陰だった。

 我が儘も悪戯も楽しかった。

 感謝はしても迷惑な訳はない。

 幼いお嬢様を傷つけてしまったのは僕が発した言葉だった。

 今頃になって後悔してももう遅い。


「あ、あのさ……」


「うん?」


「これからどうする?」


「どうするって?」


「私達のことだけど。……私さ、このまま付き合ってもいいかなって思ってんだけど」


「え?」


「だめ?」


 確かにそうだ。

 断る理由はない。

 旦那様への面目もある。

 僕の立場を考えたら、このまま真子さんと交際を続けていくのが一番いい。


「……」


 今、僕は何を考えているんだろう。

 僕はお嬢様にお仕えする一使用人でしかない。

 しかもそのお嬢様にも嫌われてしまっているのに……。


(あー、そっか。そういうことか……)


 ちょっと生意気で悪戯好きだけど本当は優しくて甘えん坊な幼い少女。

 お嬢様は僕にとっては、そんな普通の女の子でしかなかった。

 僕はいつの間にか一人の女性として、お嬢様を見ていたんだ。

 気づいたというより、ようやく認めることが出来た。


 決して仕事だけでお嬢様を守っていたのではない。

 その理由は実に単純だった。

 だが、もうどうしようもない。

 というより、元々どうしようもないことだ。

 だから今まで自覚しなかった。

 いや、自覚しようとしなかったんだ。

 認めてしまえば楽になれた。


「……ごめん」


 僕はそんな気持ちを抱えたまま、真子さんと付き合えないと思った。


「……そっか。あ、いいの、気にしないで。私もどっちでもいいから」


 僕の返事は真子さんにとって驚く答えでもなかったようだ。

 割とあっさりしてくれてるのが救いだった。

 お見合い話は僕に自分の秘めた本当の気持ちを気づかせてくれた。

 お仕えするお嬢様に恋心を抱く。

 使用人には在るまじき心情を持ってしまったということを……。


(これじゃ雑用係失格だな)


 お嬢様の成長を見続けたい気持ちはあるが、それももう出来ないだろう。

 僕は仕事を辞めるつもりでいた。


「ん?」


 自宅であるアパートに近づくと僕の部屋の前に人影が見えた。

 見覚えがあるが、それでいて在り得ないその姿。


「お、お嬢さま!?」


 帰って来る僕を怒りの表情で睨みつけていた。

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