86話 自分の居場所
アルバートが連れていかれたあと、国の騎士によって処刑を見に来ていた民衆は家に帰らされた。人がいなくなり、誰もが後処理に追われている。
リリアンはひとまず教会の自室に戻るように言われた。その後のことはこれから決まるのだろう。
「リリアン様」
リリアンが処刑台から降りていると、メアリーに声をかけられた。
「どうしましたか」
「……あなたが無事で、本当に良かった」
彼女はそう言いながら、抱きついてきた。その様子はとても囚われていた人とは思えない。
「それは私の台詞ですよ。……おかえりなさいませ、メアリー様」
そう言って頭を撫でると、彼女は驚いたように顔を上げた。そして子どもらしく、無邪気な顔で笑った。
「メイ」
テオドールがこちらに歩み寄ってくる。その後ろにはエドワードがいた。二人が並ぶとテオドールの方が少し背が高い。テオドールはメアリーに目を向けると、ホッと笑みをこぼした。
「無事でよかった」
メアリーはリリアンから離れると、テオドールと向き合う。そして、少し意地悪そうな表情を浮かべる。
「テオこそ。少しやつれたんじゃないですか? ちゃんと食事は取っていましたか?」
「君がやつれさせたんだ。まったく……無茶なことはしないでくれ」
「ふふふ、ごめんなさい。……ありがとう」
そんな二人をエドワードは微笑ましそうに見ていた。
「メアリーが無事に戻ってきてよかったね」
メアリーはそちらに目を向けると、スカートを広げて礼の姿勢をとる。
「エドワード殿下が私を助けるのに協力してくださったと聞いています。お礼を申し上げます」
「いや。大したことはしていないよ。実際に助け出したのは僕じゃない。君を助け出すのにたくさんの人が動いてくれた。彼らに感謝するといい」
彼女を救うために、ウィリアムやオズワルド、ディアドラ、平民の御使いたち……そして、テオドールが動いてくれた。それほど、彼女は人に好かれている。
「君に戻ってきてほしい人はたくさんいたんだよ」
エドワードの言葉に彼女は胸元をおさえながら、笑みを浮かべる。
「はい。……ありがとうございます。」
エドワードはうなずくと、テオドールの方を見た。兄のように優しく微笑むと、指を二つ立てる。
「……君に選択肢をあげる。このまま教会に戻るか、それとも僕の傍にいるか。どちらがいい?」
「……私は兄様の助けになりたいと思っております。けれど、それと同じくらい、メアリーの助けにもなりたい」
彼はまっすぐと兄を見据える。そしてはっきりと気持ちを口にした。
「私は教会に残ります」
エドワードは眩しそうに目を細めてうなずく。
「そっか。……じゃあ、もうテオとは簡単に会えないなぁ」
彼がそう言うと、テオドールは悲しそうに眉を下げる。それを見て、エドワードはくすりと笑う。
「テオドールはすぐ拗ねるんだから」
「……拗ねておりませんよ」
「ふふふっ、わかったよ。……ねえ、テオ」
エドワードは背の高い弟を見上げると、おねだりをするように尋ねた。
「たまには遊びに来てもいい?」
兄の言葉にテオドールは嬉しそうに顔をほころばせる。
「もちろん。……絶対来てくださいよ」
そっと彼らから目を外すと、慌ただしく動いている人々の端でレジーナが立っていた。その傍に跪いているのは、きっちりと恰好をした御使いの女性……ディアドラだった。
「よくやったわね。あなたを信用していてよかったわ」
レジーナの言葉にディアドラは穏やかな表情で微笑んでいた。
「あの頃からずっと、私はあなたの従者ですから」
「あの頃に比べたら、あなたはずいぶんとしわくちゃになったわね」
「……ふふふ。お恥ずかしい限りです」
ディアドラは頬を赤らめて笑い、レジーナに向き合う。
「あなたの顔を拝見させていただくこと、とても楽しみにしておりました。……あなたはきっと、昔のままのあなたではないのですね」
「ええ、そうよ」
「今の、あなたの名前をおしえていただけますか?」
その問いに彼女は胸元に手を当て、胸を張る。不敵な笑みを浮かべて、その名を名乗った。
「私の名前はレジーナ。女王の名を冠する者よ。……覚えておきなさい」
彼女の言葉にディアドラはしっかりとうなずく。
「はい。……レジーナ様」
その様子を見て、レジーナは満足そうにうなずく。……そして、姿を消した。
一人になったディアドラはスッと立ち上がり、歩きはじめる。その顔はいつもの彼女になっていた。
「リリー」
声をかけられ、そちらを向くとオズワルドとウィリアムが立っていた。オズワルドはこちらに来るように手招きをしている。そちらの方へ歩いていくと、彼はポンポンと優しく頭を撫でてくれた。
「君はもう自由だ。このあとのことは俺に任せるといい」
「私は帰れるのでしょうか?」
その問いかけに、オズワルドはうなずいてくれる。
「君との約束だからね」
彼はそう言って、リリアンの手を取る。もう片方の手をウィリアムが取った。
「リリー、一緒に帰ろう」
二人が両手を引いて、処刑場から連れ出してくれる。
「はい!」
家に帰るのは、もうすぐ。
それからは慌ただしい日々だった。メアリーが戻ってきたため、再び象徴の契約を行った。アルバートがいなくなった穴は、オズワルドの手の者が埋めることになった。そして、貴族の御使いは、本当に御使いであるかを調べられ、御使いでないものは教会から追い出された。
アルバートはリリアンやメアリーの口添えによって、処刑は免れたが、オズワルドの家が所有する領に身を置くことになった。もう国の中心部に戻ってくることはできないだろう。
「ディアドラとはお別れになりますね」
すっかりまとまってしまった荷物を眺めていると、ディアドラがあきれたように息を吐く。
「何を言っているんだか。あなたが教会に顔を出せば、いつでも会えるでしょうに」
「会ってくれるのですか?」
期待して聞いてみると、彼女は相変わらず素っ気ない態度で返事をした。
「それは気分次第ですね」
リリアンは唇を立てながらも、小さく笑う。
「何ですか」
「あなたは、あなたのご主人によく似ています」
その言葉にディアドラは大きく目を開くと、眉を下げて笑った。
「……似ておりませんよ」
彼女はそう言いながら、こちらに視線を向けた。
「リリアン様。あなたはご自宅に帰られます。けれど、まったく元の日常に戻ることはできません。ずっと、神の寵愛者として見られて生きていきます」
彼女の言う通りだった。象徴にならなくて済んだとはいえ、寵愛者であることには変わらない。寵愛者を教会に、という意見は出てきており、教会の一部もリリアンを囲いたいと考えている者もいる。だが、メアリーとテオドールがそれを否定しているから、帰ることができるだけだ。
「もし、その生活が窮屈だと感じたら……教会にお越しください。あなたがここへ来たいと思うころには、もう少しマシな場所になっているでしょう」
「そのときはまた、あなたが世話係をしてくれますか?」
その言葉にディアドラは「ふふふっ」と笑う。
「さあ、どうでしょう。それも気分次第ですね」
彼女の答えに、リリアンも一緒になって笑った。
教会を出るときはみんなに見送ってもらった。
メアリー、テオドール、ディアドラ……そして平民の御使いたちがそこにいた。みんな、自分を助けてくれた仲間だ。
「リリアン様。ありがとうございました。また教会に来てくださるのを楽しみにしております」
メアリーがゆっくりとスカートを広げ、礼の姿勢を取る。それに合わせて、みんなも礼の姿勢を取った。
リリアンもまた彼らにお礼を言うようにスカートを広げ、腰を落とす。
「また、お会いできる日を楽しみにしております」
彼らに分かれを告げ、振り返ると一台の馬車が控えている。その前にはナタリア、アレクシス、そしてクライヴの姿があった。
「リリー」
彼らは顔をほころばせると、口をそろえて言った。
「おかえり」
その言葉が、自分はここにいてもいいのだと感じられた。
「ただいま」
そう返せば、家族は自分を受け入れてくれた。
リリアンは自分の居場所へと戻ることができた。
それを見ていたのは一つの影。彼女は楽しそうに笑みを浮かべて、リリアンたちを眺めていた。
「あらあら、楽しそうね?」
赤い舌が唇を舐める。口がゆがめられ、鋭い歯が見えた。
「そろそろ食べごろかしら?」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
残り1話、エピローグが残っております。
あと少し、お付き合いください。




