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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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85話 象徴の帰還


 サフィルアが消えると、花畑も姿を消した。黒い霧の中、レジーナが疲れたと言わんばかりに地面に横たわる。


「終わったわね……」


 彼女は地面に両手を広げながら、睨むようにしてオズワルドとウィリアムを見る。


「あんたたち、来るのが遅いのよ」


 ジロリと睨まれ、オズワルドはあきれたように腕を組んだ。


「俺たちがいなければ、負けていたと?」

「馬鹿にしないでちょうだい。あなたたちがいなくても、私が勝ったわ」


 レジーナは鼻を鳴らす。だが、その顔はどことなく疲れを帯びていた。


 一番厄介だったマルヴィナが消えた。もう、手出しをしてくる者はいないだろう。そうホッと息を吐こうとすると、レジーナに睨まれた。


「気ィ抜いてんじゃないわよ。まだ残っているでしょう」


 レジーナはむくりと起き上がって、三人を見る。


「これからはあなたたちの出番よ。まだ片付けは終わっていないでしょう?」


 彼女の言う通りだ。マルヴィナがいなくなったところで、処刑を免れるわけではない。……自分の居場所を取り戻すのは、これからだ。


「リリー」


 彼女は立ち上がってこちらに目を向ける。そして、片手を上げると、楽しそうな笑みを浮かべた。


「ここからどうするのか……。見せてもらうわね」


 彼女が指を鳴らすと、黒い霧が消えていく。霧が晴れていくと同時に、人々のざわめきが耳に届く。霧がなくなっていくのに気づいて、彼らはこちらを指さした。


「なんだ、人が増えているぞ」

「悪魔がいなくなっている……」


 多くの目がこちらに向いている。思わず下がろうとすると、その背中をオズワルドが支えた。大丈夫だとうなずき、背中を押してくれる。


 リリアンは彼らの方を見て、声を張り上げた。


「悪魔と名乗る存在は、私たちが退けました! ……だから、もう大丈夫ですよ」


 そう微笑むと、騒めきが増していく。だが、その声を打ち消すかのように大きな賛美の声が聞こえた。


「素晴らしいっ!」


 声のする方を見れば、アルバートがこちらに近づいてきていた。


「さすが、リリアン様……悪魔を退けるとは。やはり、あなたは象徴にふさわしい」


 アルバートはこちらに近づこうとする。それをウィリアムとオズワルドが遮った。リリアンを背中で守るようにして立っている。


「……オズワルドだね。どうして君がここにいる」

「私は彼女と親しいので。……彼女に手出しする者には容赦しないんですよ」

「手出しなどしない。ただ、彼女は象徴になるべき人だ。こちらに渡してくれるかい?」

「白々しい。そんな彼女を処刑しようとしたのは、あなたたちですよ」


 アルバートは笑みを消して、目を細める。じっとオズワルドを見ると、彼に背中を向けて、民衆に目を向けた。


「彼女は悪魔を退けた! それは彼女が神に選ばれた存在であるということ!」


 彼は大きな声を張り上げ、民衆たちに説く。


「周りの者たちも見たでしょう? 彼女の名前を持った花が舞った! まるで彼女を祝福するように。……これが神に愛された者の証拠じゃないとしたら、何を信じればいいのでしょう?」


 彼は笑みを浮かべるとリリアンの方に目を向けた。


「リリアン様は象徴となり、人々を導く役割があるのです」


 彼は一歩、また一歩とリリアンに歩み寄る。オズワルドとウィリアムが警戒するように剣を手に取った。アルバートはそれを気にした様子もなく手を差し伸べる。


「さあ、こちらへ。みながあなたを待っているのです」


 そのとき、辺りが雲に覆われたように暗くなった。



「――その必要はありません」


 幼い少女の声が響き渡り、夜空のように暗い空から銀色の光が降りる。

 その光の上を走るように、銀色の狼が空から駆けてきた。人よりも大きな狼がリリアンのそばに降り立つ。狼は地面に足を着けると、青い瞳を自分の背に向けた。


 そこにいたのは、メアリーだった。


「リリアン様。お待たせしてしまい、ごめんなさい」


 彼女は大きな瞳でこちらを見上げた。リリアンは首を横に振って微笑む。


「おかえりなさいませ、メアリー様」


 メアリーはリリアンの隣に立つと、民衆に目を向ける。


「リリアン様は神に愛されています。ですが、彼女は象徴になるべきではありません」


 メアリーは微笑みながらリリアンの手に触れた。


「彼女は生まれながらにして、神に愛された者。ですが、彼女は人々を導くために生まれたのではありません。もっと別のことを成し遂げるために生まれました。そして、神は私に使命を背負うように言いました。私は人々を導く使命があります」


 メアリーは民衆を見渡すと、胸元に手を当てる。


「そして、私は一度神のもとに戻り、再びこの地に参りました。……使命を与えられた御使いとして、教会の象徴となるために」

「ありえない……!」


 アルバートはメアリーを信じられない表情で見ている。


「なぜ、メアリーがここにいる? 死んだのではなかったのか?」

「一度、神のもとへ行きましたが、こうして戻ってまいりました。すべては人々を導くためです」

「お前が象徴にふさわしいはずがない」

「ですが、神に選ばれたのですよ」

「でたらめだ!」


 アルバートはメアリーの言葉に聞く耳を持たない。彼は両手で頭を抱えると、苦しむように体を縮こませた。


「象徴には、もっとふさわしい者がいるはずだ。そう、ロザリー様のように……」

「ロザリーが象徴にふさわしいですって? 笑っちゃうわ」


 黙っていたレジーナが会話に割り込んでくる。


「ロザリーは決して象徴にはふさわしくなかったわ。アレには教会が狭すぎた。この国自体もね」


 アルバートはレジーナの方へ目を向ける。目を細めて彼女を観察するように見た。


「お前は誰だ」

「アレは見誤ったのよ。この国を豊かにするために、自分の力を使った。それが愚かな選択だと気づかずに」

「どうしてそう考える?」

「この国がロザリーを殺したからよ。私が知る限り、アレはとても愚かな人間だったわ」


 その言葉に、アルバートは目を見張る。その目は充血していた。


「ロザリー様を侮辱するつもりか?」

「ええ、そうよ。それに、あなたが理想としている人間は、もうどこにもいないの。幻想を見るのはもうやめたら?」


 アルバートは「貴様……」と言いながら、剣を抜いた。剣を前にしてもレジーナに恐れの色は現れない。


「今を見なさい。そうしなければ、あなたも見誤ることになるわ」

「それは、僕も同意だな」


 エドワードの姿があった。その隣にはテオドールが控えている。エドワードはアルバートを見ると、困ったような表情で笑う。


「アルバート。もういいでしょう?」


 エドワードは指で後ろに控えていた者を呼び出す。彼の隣に並んだのはクライヴだった。彼は持っていた紙を開いて読み上げる。


「象徴メアリーの証言から、教会の一部の御使いに殺されかけたこと、それがアルバートの指示であることがわかりました。また、リリアンが襲撃を仕掛けたのもアルバートの支持者によるものです」


 アルバートはそれを聞いて鼻で笑う。


「証言ばかりではないですか。それがどうして証拠になりましょう?」


 余裕の笑みを浮かべる彼に、テオドールは一枚の紙を取り出した。


「これは、教会の御使いたちの契約書だ。商人との金銭のやりとりに関するものだが……。どうやら、大金をもらっているようだ。いったい何を取引しているのでしょうか」

「私が知るわけないでしょう?」

「管理者が把握していないのなら、監督不行き届きとなるが、それを理解しているのか?」


 アルバートは口を閉じて、テオドールを睨むようにして見た。


 テオドールはエドワードを見る。エドワードは嬉しそうにうなずくと、クライヴに視線を送った。彼は言葉を続ける。


「テオドール様からの証言をもとに、その商人を調べて辿っていくとリリアンを襲った者を雇っていた者とやりとりされていた指示書が見つかりました」


 その言葉にさすがのアルバートも眉を寄せた。


「どういうことだ」

「何人も間が挟まっており、関係のない者もたくさんいましたから、辿るのは大変でした。ですが、御使いたちは癒着している人間にはおしゃべりですね」


 クライヴは残念そうに首を振る。


「私が教会側の貴族だと思い込み、自分の成果をたくさん話してくださいました。商人に手伝わせ、大儲けをしている、と。……彼女たちを襲わせた大元の依頼主は教会の御使いです」


 エドワードは笑みを浮かべると、獲物を狙うように目を細めた。


「御使いの中の貴族の一人が証言したよ。すべてはアルバートの指示によるものだと」

「叔父様。あなたの負けですよ」


 エドワードの隣にオズワルドが並ぶ。彼は困った子どもを見るような目でアルバートを見る。


「あなたは真面目だから、頑張りすぎてしまう。……いつも、言っていたでしょう? 視野を広く持て、と」


 その言葉に、アルバートは目を大きく開いた。


「どうして、その言葉を……」

「叔父様、お疲れさまでした。長い間、一人にしてしまってすみませんでした。これからは、ゆっくり生きましょう」


 オズワルドが目で指示をすると、アルバートはオズワルドの従者たちに両腕を掴まれる。彼は信じられないという表情を浮かべて、何度もこちらを振り返った。


「……悪くない。私は何も悪いことをしていない。すべてはこの国のために……伯父様のために……!」

「アルバート。そんなことを望んでいない」


 オズワルドは子どもを叱るようにアルバートを見た。


「指示以外のことをするな」

「…………」


 彼は放心したように体の力を抜いた。そして引きずられるようにして、オズワルドの従者に連れていかれた。


「メイ……」


 テオドールはメアリーの方に目を向けると、彼女のもとへ歩み寄る。テオドールに差し出された手を見て、メアリーは微笑んだ。


「テオドール殿下。お力を貸していただけますか?」


 テオドールはメアリーの言葉にうなずく。


「ああ。きっと力になろう」


 メアリーは嬉しそうに微笑む。そして、民衆に目を向け、声を張り上げた。


「教会は新しい時代を迎えます。私が……いいえ、私たちが教会を、そして人々を導いていきます。どうか、お力添えを、お願いいたします!」



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