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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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84話 ラベンダー


 マルヴィナはにっこり微笑むと、民衆たちに目を向けた。


「ごきげんよう。私は悪魔と呼ばれるもの。悪しき人の魂を食べてしまうものよ」


 人々は眉を寄せ、お互いに顔を見合い、騒めきながらマルヴィナを見上げている。

 マルヴィナは眉を下げると、悲しそうな表情を浮かべた。


「神は優秀な人を求めている。あの方はいつも、人間の魂の質が悪いことを嘆かれていたわ。だから、私がここにいるの」


 黒い霧が彼女の背後に現れる。それはいくつものナイフに姿を変えていく。その刃は人々の方に向いていた。


「あなたたちが不要と判断され場合……その魂は私たちがいただくわ」


 疑った表情を浮かべる者や、恐れを抱いて顔を真っ青にする者もいる。その騒めきは少しずつ大きくなり、悲鳴や怯えた声であふれてくる。


「そうね。まずは一人……あなたちのいう偽物の象徴とやらをいただくわ」


 マルヴィナの顔がこちらに向くと同時に、ナイフの刃がこちらを向いた。その瞬間、レジーナは慌てた様子で指を鳴らす。黒い霧が立ち込めて、三人を包み込むように広がっていく。周りが霧に包まれて、人々の姿が見えなくなった。空も風も妨げられ、まるで空間が切り取られたかのようだ。


「あらあら。分断してしまったのね。せっかく、悪魔の食事を見ていただこうかと思っていたのに……残念だわ」


 マルヴィナはゆっくり降り立って、こちらを見た。


「リリアン、ごきげんよう。気分はいかがかしら?」

「ごきげんよう。マルヴィナ先生……いいえ、ラベンダー様とお呼びした方が良いでしょうか?」


 彼女は肩を揺らして笑うと、嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうね。もう私はマルヴィナではないもの。その名前の方がふさわしいわ」


 ラベンダーはそう言うと、レジーナの方を見た。


「あなたは、ロザリーだったかしら? リリアンと一緒にいるだなんて、不思議なこと」

「あら。ロザリーなんて人、知らないわ。私はレジーナよ。間違えないでちょうだい」


 レジーナがフンッと鼻を鳴らすと、ラベンダーは「ふふふっ」と笑った。


「そう。それが今のあなたの名前なの。変わった子ね」

「そんなことどうでもいいのよ。あなたは何をするつもりで、悪魔のことを公開したの?」

「人々に悪魔の存在を知ってもらった方が手っ取り早いでしょう?」

「何が手っ取り早いのかしら?」


 ラベンダーは両手をパンッと叩くと、楽しそうな表情で言った。


「質の良い人間を作るのによ! 人々は悪魔に食べられることを恐れたら、今よりもっと向上心を持って、自分の技術や教養を磨く。そうすれば死後、楽園へ行ったときに、神の手を煩わせる人間を減らせるわ。悪魔も質の悪い人間を表立って食べられる。とても良いことでしょう?」


 レジーナは不快そうに眉を寄せる。腰に手を当てると、睨むようにして彼女を見た。


「恐怖で人を操作しようだなんて、馬鹿げてる。そんなことをしたって、質の良い人間はできないわ」

「やってみればいいだけよ。ダメならば、みんなの記憶を消して元に戻すだけ。悪魔の私たちになら、簡単にできるわ」


 彼女はまるで子どもが思いつきを試してみようとするみたいに、簡単に提案する。その言葉にレジーナは鼻の上に皺を寄せた。


「あなたの身勝手に振り回される人間のことを考えたことがあるかしら?」

「ごめんなさい。考えたことないわ」


 レジーナはその言葉を聞いて、片手を広げた。そこに黒い霧は集まっていき、鎌に姿を変える。


「話にならないわ。……あなたに消えてもらった方が早そうね?」


 レジーナの言葉に、ラベンダーがくすくすと笑う。


「あらあら。話が早いこと。私も同意見だわ」


 彼女が手を伸ばすと、手のひらに黒い霧が集まっていき、それは弓矢に姿を変えた。


「早くあなたを倒して、リリアンをいただくとするわ」

「そうはさせない」


 二人はふわりと体浮かせ、高くまで上がっていく。そして、彼女たちはそれぞれの武器を構えた。

 レジーナが斬りかかる。ラベンダーはそれを避けて、距離を気にせず弓を放っていく。レジーナはそれを鎌で遮って、再度距離を詰めた。レジーナが鎌を振っても、マルヴィナはいとも簡単に避けてしまう。


 リリアンは戦っている二人の様子を地面から見ることしかできなかった。ラベンダーはマルヴィナの体を捨てたのだろうか。レジーナと同じように軽い足取りで戦っている。


「レジーナ様……」


 瞬間、ラベンダーはこちらに視線を向けた。彼女は笑みを浮かべると、リリアンの方へ矢を放った。


「え……」


 すぐに動くことができなかった。こちらに向かってくる矢を頭が働かないまま眺めてしまう。


「死んでね、リリアン」


 彼女が楽しそうに笑う。迫り来る矢に、思わず目を閉じた。


「リリー!」


 誰かが自分を抱き寄せた。ふわり優しい匂いがし、力強く腕で支えられている。その温かさに目を開けると、そこにはウィリアムがいた。


「大丈夫?」

「リアム、どうして」


 見ると、先ほどいた場所とは違うところにいる。彼の瞬間移動のおかげだろう。


「助けてって言わなかっただろ。まったく」


 ウィリアムは少し睨むようにしてこちらを見ると、仕方がなさそうに息を吐いた。


「お待たせ、リリー。助けに来たよ」


 彼の笑顔に頬を緩ませて、その胸に頭を預けた。


「ありがとう。待ってました」

「まだ終わっていないよ。気を抜かないで」


 ウィリアムの言葉にリリアンは顔を上げる。彼の前にはオズワルドが立っていた。オズワルドはラベンダーを睨むようにして見ている。


「マルヴィナ先生。あなたはどうも臭いと思っていましたが……まさか悪魔だとは」

「ごきげんよう、オズワルド。……いいえ、アネモネと呼んだ方が良いかしら? 私はずっとあなたに気づいていたわ」


 ラベンダーは目を細めて、思い出話をするように微笑む。


「一緒に教会を創るのは楽しかったですね?」


 オズワルドは苦々しい顔をして、頬を引きつらせた。


「……あなたはその時から、悪魔だったのか」

「よく顔を合わせていたのに、気づいてもらえなくて寂しいわ」

「すみません。興味がなかったので」

「あらあら」


 ラベンダーが肩を揺らして笑うと、そこにレジーナの鎌が現れた。ラベンダーは落ち着いた様子でその鎌を避ける。


「よそ見しないでほしいものね?」


 レジーナの言葉にラベンダーは困ったように首をかしげた。


「どう見たって、多勢に無勢でしょう? よそ見だってするわ」

「多勢がお好みならば、俺も参戦しよう」


 オズワルドは手を伸ばして、黒い霧を集める。その霧は剣になり、彼の手に収まった。


「ふふふ。そんなに私にかまってほしいのかしら」


 三者各々武器を構える。緊縛とした空気に全員が息をひそめる。


 できるだけ穏便に済ませるつもりだった。レジーナが現れてしまえば、武力行使をされずに話し合いに持ち込めると踏んでいたのだ。……それなのに、マルヴィナが現れてしまった。


 また、誰かが傷ついてしまうのだろうか。……そんなことを望んでいないのに。



 そのとき、一枚の花びらが落ちてきた。 


「――それ以上、争うな。……そなたたちが戦い合うのは、私が悲しい」



 花びらが舞う。視界を遮るほどの花びらと風の強さにリリアンは思わず目を閉じた。……空気が変わった気がした。甘い香りがする。風が落ち着き、ゆっくりと目を開くとそこは花畑だった。象徴にしか入れない部屋のように、澄み切った空に花が風に揺れている。


「ここは……楽園か?」


 ウィリアムが動揺した表情で辺りを見渡している。そして、その真ん中にいたのは白い人だった。髪や肌は白く、仮面をつけたその奥からは青い瞳が見えている。


「リリー。誕生日おめでとう」


 彼はリリアンに優しい笑みを浮かべる。突然現れた神にリリアンは思わず、目を見開いた。


「サフィー様」


 サフィルアはうなずいた。その手の中には白百合の花束が抱えられている。


「これを、そなたに」


 その花束に見覚えがあった。毎年、玄関に置かれている白百合。それを白百合を受け取って頬を緩ませる。


「……毎年白百合をくださっていたのは、あなただったのですね」

「いつも見守っていた」


 彼はそう優しく言うと、視線をリリアンから外した。


「ラベンダー」


 彼の視線の先にはラベンダーが立っている。彼女は頬を赤らめて、少女のように微笑んだ。


「サフィー。そこにいたのね……ずっと会いたかった」

「ありがとう。そなたがいてくれたから、私は心安らかにいられた」


 ラベンダーは一歩、また一歩とサフィルアに歩み寄る。そして、目の前に立って、頬を緩めた。


「ふふふっ。嬉しい。あなたに会えて……。私もね、あなたがいたから、ずっとここにいられたの」

「ラベンダー」


 サフィルナは愛おしいものを見る目で、ラベンダーに視線を向けた。彼は目を細めて手を差し出した。


「私はそなたのことをずっと愛している」

「私も、あなたのことを……愛しているわ」


 ラベンダーがその手を取ろうと、一歩踏み出した。その瞬間、マルヴィナの首が飛んだ。黒い剣を握り締めていたのは、リリアンだった。


「リリアン……」

「ラベンダー様……いいえ、マルヴィナ先生。今まで、ありがとうございました」


 ラベンダーは目を大きく開くと、仕方がなさそうに息を吐いた。


「あなたに殺されるなんて……迂闊だったわ。ずっと狙っていたの?」

「私は守られているばかりではいられません。……私も戦うと決めましたから」


 その言葉に彼女は笑みを浮かべる。


「あなたは途中からは、とても良い生徒でしたよ。……だから、少し残念ね。もう少し早ければ、私がこんなことをする必要はなかったのに。……でもね、リリアン」


 ラベンダーはリリアンを優しい眼差しで見た。それは、学園で見るマルヴィナと同じだった。


「私はあなたが大っ嫌いよ」


 ラベンダーの姿は崩れ、砂のように散っていく。小さなガラス玉がコロリと地面に落ちた。そのガラス玉をサフィルナが拾い上げた。


「リリー。ラベンダーの魂は私がいただいてもいいだろうか」

「かまいません。その魂もあなたのそばにいることを喜んでいるでしょう」


 サフィルナは目を細めると、視線をゆっくりと移動させる。その先にはレジーナがいた。


「ローズ、久しいな。そなたが楽しそうにしているのを見るのは、私は好きだ」

「そう。私はあなたのこと、好きじゃないわ」

「知っている。自分を貫くそなたは美しい」


 サフィルナは満足そうにうなずくと、次はオズワルドに目を向ける。


「アネモネ。そなたは大切なものを見つけたようで、嬉しい。ずっと大切なもののそばにいられることを願っている」

「神に直接願ってもらえるのなら、私の願いも叶うでしょう。しっかり祈っててくださいね」


 サフィルナは口元に笑みを浮かべると、最後にリリアンを愛おしそうに見た。


「リリー」


 彼は親しそうな様子でリリアンに呼びかける。


「そなたが私のもとに来ることを楽しみにしている」


 そう言うと、彼は姿を消した。



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