83話 処刑
そこにはたくさんの人がいた。
処刑は民衆の前で行われる。見せしめのためだが、娯楽の少ない平民にとっては祭りのようなものだった。貴族は少し離れた観覧席から見ているようだ。招待されたのか、そこには王、そしてエドワードの姿がある。彼はリリアンに向かってうなずく。お披露目についての会議をしたときと同じ仕草だった。きっと、オズワルドと打ち合わせしたのだろう。味方が近くにいることに、リリアンは笑みをこぼした。
顔を下げないで歩いた。人々は興味深そうな表情でこちらを眺めている。
まさか、民衆の前に姿を見せるのが象徴としてではなく、罪人としてだなんて、想像していなかった。
見届けるためか、アルバートが少し離れた場所で見ている。リリアンは彼の姿を見ると、微笑んだ。自分は何も怖くないのだと言い聞かせながら。
空には眩しいほど太陽が輝いている。冬だというのに、比較的暖かな日だった。賑やかな人々の声に交じって、鳥の声が聞こえた。それを横目に見て歩いていく。
気持ちは不思議と落ち着いてきた。人々の声が遠くなり、凪いだ気持ちで歩みを進める。
断頭台は日差しに照らされて、眩しかった。刃には誰かの血がついて、錆びている。……自分は今から、殺される。
「処刑を行う」
……怖くないなんて嘘。
本当ならば、ここにウィリアムやオズワルドが来てくれた。彼らの集めた証拠で、自分は救われただろう。
だが、彼らがいない。ならば、自分で立ち向かわなければならない。
「私は!」
突然、大きな声を発したリリアンに、人々のざわめきが消えた。
「貴様、何をしている」
兵士の一人に押さえつけられそうになりながらも声を上げる。
「私の大切な人たちは、私のために戦ってくれました。なら、私も戦わなくてはなりません」
リリアンの両手から、するりと縄が落ちる。瞬間、自分を押さえつけていた兵士を足払いした。押さえつけていたリリアンがいなくなったことで、彼はバランスを崩し、倒れこんだ。すぐさま、彼の腰から剣を抜く。
剣の使い方をルシルが教えてくれた。身を守れるようにとアレクシスが護身術を仕込んでくれた。
「私は自分のために戦います。無実だと証明するために。それに、私は……」
リリアンは微笑む。そして、剣を構えた。
「私はみなさんを守れるようになりたい」
その瞬間、突如強い風が吹いた。目も開けられないほどの強さで、両目を閉じる。
……どこからか甘い香りがした。
目を開けると、空から白い花びらがふわりふわりと降ってくる。それは見慣れた花の花びらだった。それはリリアンの足元へ舞い降りてくる。
「百合の花?」
誰もがその花びらに目を奪われていると、黒い影が現れた。
「――跪きなさい」
リリアン以外の者が、上から強い力が加わったかのように、地面に膝を着く。騒めきが広がる中、よく響く声が聞こえた。
「愚かな人間たち。身の程を知りなさい」
黒いドレスに身を包んだ少女がゆっくりと歩いてくる。紅い瞳を細めると、彼女はリリアンの前に立った。
「レジーナ様……」
レジーナはリリアンの前に来ると、足元の百合の花を一輪手に取ると、こちらに差し出した。
「誕生日おめでとう、リリアン様。あなたは、神に愛されているわ」
リリアンは目を瞬かせる。その言葉でやっと理解した。
レジーナは三つ目の指示は『自分の言ったことを肯定すること』。きっと、彼女は人々にリリアンが神の寵愛者だと知らしめるつもりなのだ。
口を開くのを躊躇した。だが、レジーナとの約束だ。ゆっくりと口を開き、彼女の言葉を肯定する。
「……ありがとうございます。レジーナ様」
そう言って百合の花を受け取ると、レジーナは満足そうに微笑んだ。
彼女は背を向けると、人々の方に目を向けた。そして、両手を大きく開いた。
「神に愛された者は、十六の誕生日に花を贈られる。これは神に愛された証」
レジーナはリリアンの背をそっと押す。そして、声を張り上げた。
「神に愛されているリリアン様が象徴としてふさわしいに決まっているのよ! これは神がお決めになったこと! それをよく理解しなさい!」
その言葉で、民衆の視線が変わった。焦がれるような、求めるような目がこちらに向けられる。
「あの方が、本物の寵愛者……」
「神に愛された人……」
不思議な現象から、リリアンが神に愛された者だと疑っていない。先ほどまでとは違った好奇心に満ち溢れた視線に、顔を下げたい気持ちになった。
レジーナの方を見れば、彼女は微笑みながらこちらを見ている。
「宣言しなさい。自分が象徴であると。そうすれば、すべて上手くいくわ」
ここで宣言をすれば、元の生活にもどることはできないだろう。レジーナの思惑はわからない。これに果たして、意味があるのか。……彼女は何を考えているのか。
だが、信じようと思った。自分を信じるために、彼女に信じてもらうために。
リリアンは顔を上げて、口を開く。
「私は……、象徴に……」
「――あら、させないわよ」
黒い霧が立ち込める。そこに一人の人影が現れた。 初老の女性が目を細めてこちらを見ていた。白髪交じりの髪を後ろで結い上げており、人の良さそうな笑みを浮かべている。
「ねえ、リリアン。あなたは神に愛されているのかもしれない。でも、不要な人間よ。……だから、ここで消えてね」
マルヴィナはそう言って、ふわりと浮かび上がった。そして、民衆たちに目を向けた。




