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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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81話 処刑前夜


 窓の外には大きな月が見えていた。その光を浴びて、マルヴィナは柔らかく笑みを浮かべていた。その姿は学園にいたときと変わらない。普通の優しい先生だった。


「どのようにして、この部屋に入ったのですか?」


 リリアンが尋ねると、彼女はくすりと笑って答えてくれる。


「私は野蛮なことはしないわ。ちゃんと入り口から入りましたよ」


 見ると、扉が開かれている。立っていた兵士は地面に横たわっており、深い眠りについたように動かなかった。


 マルヴィナは悲しそうに眉を下げると、頬に手を添えて息をほぅっと吐いた。


「あなた、人の手によって神のもとへ行くのですって? それは、あんまりじゃないかしら?」


 おそらく処刑のことを言っているのだろう。だが、彼女はまるで困った生徒のことを話すかのように不満を口にする。


「あなたの周りには悪魔が二人もいるのに、いつまでたってもあなたのことを食べようとしない。あなたを食べるようにほかの悪魔も送りこんだこともあったのに、あなたはまだ生きている。おかしな話よね。あなたが花だからかしら?」


 そう言って、リリアンの瞳を覗き込む。ラベンダーの瞳が月明かりで光る。


「……今ここで、私があなたを食べてしまおうかしら?」


 リリアンはゆっくり息を吸って、彼女に質問をした。


「マルヴィナ先生は、悪魔なのですか?」

「あなたはどう思いますか? よく考えて、答えを出しなさい」

「……私を悪魔に食べさせようとしていたのはなぜですか?」

「すぐに答えを求めようとするのは、よくありませんよ」


 マルヴィナはそう言いながらも仕方がなさそうに微笑みながら、問題の答えを教えるように人差し指を立てた。


「嫌だったのですよ」

「え?」

「あなたが神のもとへ行くのが嫌だったのです。だって、ズルいでしょう? 私はもう神に会えないというのに」


 彼女の言っていることがよくわからなかった。人は亡くなれば、みんな神に会うことができる。それなのに、なぜ自分だけに固執するのだろうか。


「私が神に会えたとしても、何もありませんよ」

「あら、それはあなたが決めることではないわ」


 マルヴィナはそう言うと、羨ましそうな目でこちらを見た。


「あなたはきっと神と話すことができるわ。そして、いろんなことを教えてもらえるのでしょう。それが羨ましくて仕方がないの」

「私以外にも、神の寵愛者は今までいました。彼らにも同じようなことをしてきたのですか?」

「いいえ。あなただけよ。……あなただけ、違ったから」


 彼女はそう言うと、口元に笑みを浮かべて両手を組んだ。


「私もね、ずっと、サフィーと話していたかった。あの部屋で、ずっとたわいもない話をしていたかったわ」


 彼女は優しい目をしながらそう語る。そして、悲しそうに首を振った。


「……でも、それではダメなの。あの人はずっと苦しむことになる。教会の象徴では、関われる範囲は広くない。けれど、学園なら、子どものころから思想教育ができる。子どものころから少しずつ重ねていけば、きっと質の良い人間が作れるでしょう」


 彼女は目を細めて、顔を綻ばせる。


「サフィーもきっと、喜ぶわ」


 そんな彼女を見て、リリアンは問いかけた。


「あなたが初代象徴……ラベンダー様ですか?」

「ふふふっ。懐かしい名前ね」


 マルヴィナは嬉しそうに微笑んだ。


「そう。私はラベンダー。最初の象徴よ」


 彼女は窓の外の月を見つめる。その顔はまるで恋する少女のようだった。


「私はサフィーのことをとても大切に思っていた。だから、あの人のために色々したの。リリアンが神の寵愛者だとわかって、すぐにあなたが貴族になれるようにしたわ。上質な教育を受けることで、将来サフィーの隣に行ったときに、あの人の役に立ってほしかったの」


 彼女は薄く目を開く。その瞳には軽蔑の色があった。


「……でも、あなたは失敗作だった」


 殺意の籠った視線に、背筋を震わせる。マルヴィナはこちらから視線を外さずに言葉を続ける。


「あなたには向上心もなく、自分を磨こうともしない。ただ日々が流れるのを受け入れている。あなたのような人間は、サフィーの隣にふさわしくない」


 ゆっくり呼吸をして、彼女に質問を投げかける。


「では、ふさわしいと思う人はどのような方でしょうか?」

「そうね。ロザリーはとても良い子だったわ。向上心があって、自信があって、他人のために行動ができて……サフィーの隣にふさわしかった。だから、早く死んでもらったの。少しでも長く、サフィーのそばにいてもらうために」


 その言葉に、信じられないというように目を大きく開く。


「……あなたがロザリー様を追い立てたのですか」

「そうよ。当時の公爵家当主……、あなたにはオズワルドと伝えた方がわかりやすいかしら? 彼に手伝ってもらってね。ロザリーを処刑台に送ってあげたの」


 マルヴィナは恍惚とした表情を浮かべて両手を組む。


「上質な魂こそ、サフィーにふさわしいわ」


 両手を握りこむ。手が震えているのを感じながら、口を開いた。


「……あなたは身勝手な理由で、人を殺すのですね」

「あら。人はいずれ死ぬものよ。それが早いか遅いかの違いだけじゃない」


 マルヴィナは悪びれもせずにそう答える。彼女は口端を上げて、リリアンを視線で捉える。


「それとも、あなたのこともこの場で食べてあげましょうか?」


 獲物を狙う瞳で見られて息を飲むと、ゆっくりと吐き出した。


「……今、食べられるのは困ります」


 マルヴィナは頬に手を添えて首をかしげる。


「どうして?」

「私には、まだしなくてはならないことがあるのです」


 その言葉に、彼女は目を瞬かせる。


「あらあら……。あなたいつのまに、そんな目をするようになったのね」


 生徒の成長に喜ばしそうにしている様子は、優しい先生そのものだった。だが、瞳の冷たさは消えていない。


 マルヴィナはくすりと笑うと、背を向けようとする。そして、思い出したようにリリアンに言った。


「そうそう。明日、誕生日なのよね、リリアン。……誕生日おめでとう」





 処刑の日の朝。外は嫌なくらいに晴れていた。外が少し騒がしい。おそらく、人々が集まっているのだろう。


 リリアンは一人で部屋にいた。さすがに夜はよく眠れなかった。それでも意識はハッキリとしている。いっそ、ぼんやりとしていた方が怖くないのにとすら思ってしまう。


「リリー」


 呼びかけられて、顔を上げるとそこにはウィリアムとオズワルドがいた。慌てて外を見たが、兵士はこちらに気づいていなかった。きっと悪魔の力を使っているのだろう。悪魔は人に幻覚を見せることができる。二人はどこか深刻そうな表情を浮かべていた。


「彼にはいつも通りの景色が見えているようにしているよ。こっちの声も聞こえないから大丈夫」


 オズワルドの言葉に、リリアンはうなずく。


「君の情報から、昔、神に魅入られた村と呼ばれていた場所を見つけた。エドワードが古い文書から見つけ出したんだ。そこでメアリーの目撃情報を得られた。その家に馬車が来て、何かを載せて走っていったという」

「それは、もしかして……メアリー様を乗せた馬車では……」

「その可能性が高い。メアリーがいたとされる家に国の騎士たちが突入したが、もぬけの殻だった。今は、俺の従者が一人で馬車を追いかけている」


 処刑の日は今日だ。もし、こちらにすべての戦力を投じてしまったら、メアリーを助けられない。

 リリアンが眉を寄せていると、その眉間にオズワルドが指先で押した。


「君にこのことを伝えないことも考えた。でも、伝えなければ、君に嫌われそうだったからね」


 彼は真剣な眼差しでこちらを見つめた。


「君はどうしたい?」


 きっと、オズワルドは自分を助ける方を優先したいのだろう。リリアンに触れる彼の指先は少し震えていた。

 リリアンは彼の手をそっと手に取った。


「……メアリー様を助けてください」


 その手を両手で包み込み、彼を見上げる。


「私が助かっても、メアリー様が助からなければ、私は家に帰ることができませんから」


 メアリーが象徴の座に戻らなければ、もし、自分だけが助かったとしても、このまま象徴になることになる。そうすれば、元の生活に戻ることはできないだろう。


 オズワルドは眉を下げて微笑むと、うなずいた。


「……そうだね。君を家に帰す約束だ」


 彼はするりとリリアンの両手から、手を外す。そして、ウィリアムの肩に手を置いた。


「ウィリアムは俺が借りていくよ。本当はエドが救う必要があったけど、あまりにも時間がないからね。ウィリアムの能力で現地に向かった方がずっと早い」


 ウィリアムは青い顔をするかと思いきや、怯えた様子が見えない。しばらく接していたせいか、恐れは消えたようだ。


「……オズワルド様の無茶ぶりには慣れましたから」


 その代わりに疲れを帯びた表情を浮かべている。……どのような日々を過ごしていたのか気になってしまう。


「リアム」


 リリアンが声をかけると、ウィリアムは小さく笑った。


「大丈夫だよ、リリー。俺の能力を知っているだろ? きっとすぐに君に会いに行くから」

「はい、待ってます」


 リリアンがうなずくのを見て、彼は付け加えるように言う。


「決して、無理をしないように」

「……善処します」


 うなずかないでそっぽを向く。それを見ても彼は優しく笑ってくれる。


「それでこそ、リリーだ」


 二人は手を振って、その場をあとにした。それを見計らったかのように兵士たちが顔を出した。三人の兵士が取り囲むようにして前に立つ。


「時間だ」


 両手を縄で縛られ、扉が開かれる。扉から日差しが入り込んでくる。外は眩しいほどにとても良い天気だ。きっとこの中で食事をするのは心地よいだろう。そんな呑気なことを考えてしまい、自分に笑ってしまう。


 自分は今から、死に一番近い場所へ行く。けれど、必ずみんなのところに帰る。


 リリアンは両手を握り締めて、顔を上げた。



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