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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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80話 逃げない理由


 お披露目の会議を終えてからまた、リリアンの周りにいる者の監視が強くなった。部屋の外へ出ることも叶わず、軟禁状態だった。


 ディアドラがリリアンに伝える。


「リリアン様。あなたは身分を欺いて象徴になろうとしたこと、そして神を侮辱したことが、重大な罪であることとされました明後日、民衆の前で処刑が行われます」


 ディアドラの瞳は揺れていた。そんな彼女にリリアンは微笑む。


「大丈夫ですよ。私は、大丈夫」


 そう言って見せても、ディアドラの瞳から不安の色が消えなかった。

 彼女が部屋から出たあと、レジーナが姿を現した。処刑が言い渡されても、平然としてお茶を飲んでいるリリアンを睨む。


「……私はそんなことをしろと指示をしていないわ。公式の場で感情をあらわにして……こうなることくらい、わかっていたでしょう?」


 レジーナの言葉にリリアンは苦笑いをする。


「私が決めたことですから」


 このような立場になっても、動じた姿を見せない様子にレジーナは眉を寄せる。


「あなたは……本当に気持ち悪いわ」


 そんなレジーナを見て、問いかける。


「ねえ、レジーナ様。……お願いごとがあるのです。聞いていただけますか?」


 その問いに、レジーナは目を瞬かせる。


「その目……まだ諦めてないのね。いいわ、力を貸してあげる。その代わり――」


 レジーナは三つめの指示を伝えた。





 リリアンはその日のうちに象徴の部屋から追い出された。もうあの部屋に戻ることができないだろう。そう思いながら、一つの扉を見つめる。サフィルアに聞けば、リリアンの未来を知ることができるだろうか。


 通された部屋は狭く、物がほとんど置かれていなかった。ディアドラは側付きから外されたようで、部屋の前に立つのは、雇われた兵士のようだった。


「リリー」


 その日の夜、そっとウィリアムが部屋に訪れた。エドワードから事の顛末を聞いたのだろう。心配そうな表情でこちらを見ている。


「本当はオズワルド様も来たがっていたけど……忙しいみたいで、顔を出せないことを残念そうにしていたよ」

「申し訳ないです。私が感情を抑えられなかったばかりに……」

「俺だって、リリーを侮辱されたら怒ってた。君の感情は正しいよ」


 彼はそう言って、リリアンのそばで立った。


「オズワルド様に頼まれたんだ。君を攫ってきてほしいって。」


 彼は金色の瞳を細めてこちらに手を差し伸べる。


「……ねえ、リリー。俺に攫われてくれる?」


 処刑の日まで時間がない。前に襲撃されたときと同じように、一時的に教会から離れてしまえば、処刑の日は延期になる。それまでにリリアンが処刑にならないよう、手を回すつもりなのだろう。


 それが正解なのかもしれない。だが、その提案に首を横に振った。


「私は逃げません。立ち向かいます」


 ウィリアムは驚いた様子もなく、落ち着いた声で尋ねた。


「どうして?」

「私はずっと、逃げてばかりでした。人と関わるのを避け、過去と向き合わず、自分を大切にしようとしてくれた人のことを見ようともしませんでした。現実を受け入れたくなくて、本の世界でずっとさまよっていたのです。けれど、そんな私をリアムたちが引き上げてくれました」


 リリアンは目を閉じて、胸の前で指を組む。


「殺されるのは怖い。自分に殺意を向けてくる人というのは……恐ろしいことを知っています。ですが、私は立ち向かいたいのです。それが自信に繋がるんだと考えています」

「そっか。リリーには何か考えがあるんだね?」


 眉を下げて笑う彼に、リリアンは「ふふふっ」と笑った。


「リアムにはバレバレですね。そうです。死を受け入れるわけじゃないんです。……処刑をめちゃくちゃにしてやろうかと思いまして」

「め、めちゃくちゃに?」

「そう、めちゃくちゃに」


 ウィリアムはポカンと口を開けると、視線を下げた。そして肩を揺らして息を漏らす。


「ふっ……はははっ! 相変わらず、リリーは……」


 彼は眩しいものを見るようにリリアンを見た。


「何か、手伝うことはあるかい?」

「処刑の日に、目一杯の証拠を。御使いたちに突きつける証拠を用意してほしいのです」


 受け入れるだけではダメだ。立ち向かわなければ。そのためにはたくさんの手札を用意する必要がある。


 リリアンはにやりと笑って、胸を張る。


「私の処刑の場を、彼らの断罪の場に変えてしまいましょう」

「本当に君は……」


 彼はそう言うと、リリアンの前でしゃがんだ。リリアンの手を両手で包み、こちらを見上げる。


「逃げない君は素敵だよ。でも、逃げることもできることを忘れないで」


 彼はそう言って、リリアンの両手を握る。


「無茶しないで、リリー」


 その真剣な眼差しに、リリアンは頬を緩めた。


「ありがとうございます。……でも、私はあなたたちがいるから、立ち向かえるのです。いつも支えてくれてありがとう」


 ウィリアムは立ち上がると、部屋を去ろうとした。そんな彼にリリアンは声をかける。


「リアム」


 彼はリリアンの方に目を向ける。リリアンは両手を握り締めて、ウィリアムに笑いかけた。


「私の雄姿を見守っていてくださいね!」

「見守るだけじゃなく、君の助けになるよ。……頼ってね」


 彼はそう言って、ふっと姿を消した。




 次の日の夜は、ウィリアムも姿を現さなかった。おそらく、証拠の準備を手伝っているのだろう。


 一人だけの部屋で、リリアンは目を閉じて思い出す。

 レジーナと出会ってから、自分の周りが目まぐるしく変わっていった。それが良かったことなのかはわからない。けれども、リリアンにとって大切な思い出となり、大切な人たちとなった。

 彼らはきっと助けてくれる。そう信じている。きっと、自分の居場所に帰れるだろう。


 そう自分に言い聞かせるように心の中で唱える。だが、一瞬の不安が頭の中によぎる。


 もし失敗したら……?


「――あらあら、眠れないのですか?」


 椅子に座り、窓際から月を眺めていたリリアンの背から声が聞こえた。ここでは聞くはずのない声に、背がぞわりとした。


「……マルヴィナ先生?」


 見れば、マルヴィナは人の良さそうな笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。その瞳はまるでラベンダーのような色をしていた。



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