78話 レジーナ
リリアンは自室に戻ると、ディアドラに声をかけた。
「……しばらく、一人にさせていただけますか?」
ディアドラはじっとリリアンを見たあと、周りの御使いたちに声をかける。
「本日は失礼いたしましょう。リリアン様。何かありましたら、お声がけください」
ディアドラの指示で、御使いたちは部屋を退室していく。
リリアンは一人になったあと、顔を上げて呼びかけた。
「レジーナ様。いらっしゃいますか?」
「なあに?」
声が聞こえたようで、レジーナがふわりと現れた。
「レジーナ様とお話がしたくなったのです。座って、お話をしませんか?」
自室にある椅子を手で指す。レジーナはその椅子に目を向けたあとで、こちらを見た。
「いいわ」
彼女はにこりと笑みを浮かべて、椅子に座る。リリアンもその向かいに座った。
「それで、話って何?」
レジーナは楽しそうに笑みながら、頬杖をついてこちらを見る。
「メアリー様は北の端、神に魅入られた村にいるようです。ご存じですか?」
「手紙で話題に出てきたところね。私もあれから調べたわ。その情報でなんとなくの目星はつけられそうね」
「そうなのですね。では、オズワルド様に捜索に当たってもらうよう、依頼いたします」
「そうした方がいいわ」
彼女はそう言いながら、話の続きを促すようにこちらに視線を向けていた。
「サフィルア様にお会いしました」
「そうなの」
「あの方には、神の寵愛者ではないとお会いできないようです。メアリー様はお話することが叶わなかったようでした」
「そうでしょうね。神はあまり、普通の人に会いたがらないもの」
「どうしてですか?」
レジーナは頬杖をやめると、ゆっくりと体を起こした。
「神は特別な魂を愛する。それは、どうしてかわかる?」
リリアンが素直に首を横に振ると、彼女は口元だけ笑みを浮かべた。
「神を恐れない人を愛するのよ」
彼女はそう言うと、指先で自分の目元を指さす。
「仮面、かぶっているのを見たでしょう? あの面の向こうにはおぞましい顔が隠れている。神はその顔を見て、自分に侮蔑の感情をあらわにした者を裁くの」
「侮蔑の感情、ですか?」
「そう。侮蔑の感情を抱くということは、人を見下し、自分におごり、あらゆるものを偏見の目で見ているということ。でも、人は少なからずそういった感情を抱いているわ。だから、神はいつも人々に嫌われているの」
リリアンは眉をよせる。
「そんな……神は人々に慕われているはずでしょう?」
「神をまともに見たことのない人たちだわ。実際、御使いたちの多くは神を慕っていない」
「メアリー様は慕っておいででした」
「メアリーは立場上、そう演じなければならないのよ。でも、神の寵愛者は違う。魂の性質として、神を恐れないの。どうしてかは知らないけどね」
レジーナはそう言うと、あきれたように肩をすくませる。
「馬鹿な話よね。人は生きていれば、変わっていくの。いろんなものを見て、触れて、感じて……少しずつ変わっていく。本質は変わらないかもしれない。けど、変わらずにはいられないの」
「……神に愛された者は、いずれ悪魔になるとお聞きしました」
「あら、知っていたの? そうよ。変わってしまうの。それなのに、寵愛者全員が自分を受け入れてくれるだなんて……自分の理想を押し付けているだけだわ」
彼女のあまりの言い様に思わず苦笑いしてしまう。
「レジーナ様は神様のことをあまり良く思っていないのですね」
「好きじゃないわ。可哀想だとは思うけどね。自分の立場を甘んじて受け入れて、何もしないなんて……。本当に理解できないわ」
その表情は、前にも見たことがあった。初めて会ったとき、リリアンを見て『気持ち悪い』と言ったときと同じ表情だ。
レジーナは教会を潰したいと言っていた。彼女は自分の立場を受け入れられなかったのだろうか。
「……ディアドラさんは誰かの指示を受けていると言っていました」
「そうなの」
突然の話題にもかかわらず、レジーナは驚いた様子もない。
「彼女はロザリー様のことをお慕いしておりました」
「あの子はとてもいい子よ。ずっと私のそばにいてくれる。感謝しているわ」
「彼女に指示をしているのは、レジーナ様ですか?」
その問いに、レジーナは楽しそうに目を細める。
「ええ、そうよ」
「……レジーナ様は、以前は人だったのですよね?」
「そうね」
何を言いたいのか、わかっているようだった。彼女はこちらの反応を見ながら、微笑んでいる。
「あなたは……ロザリー様なのですか?」
その問いに、レジーナは目を細めた。
「その名前はもう私のものではないわ」
彼女はそう言って立ち上がる。そして、リリアンの目の前に立った。
「いつかあなたも悪魔になるかもしれない。それはわかっているかしら?」
リリアンは何も言えずに、レジーナと向き合う。
気づいていた。だが、向き合うにはまだ時間が必要だった。いつか、自分が悪魔になったとき、どうやって生きていくのだろうか。
レジーナは笑みを浮かべて、リリアンの頬を撫でる。
「でも、大丈夫よ。だって、私があなたを食べちゃうから」
レジーナは赤い舌で唇を舐める。唇の隙間から、鋭い歯が見えた。
彼女は優しく微笑むと、リリアンの頭を軽く撫でた。
「だから、あなたは今生きることだけを考えればいいのよ」
するりと彼女の手が離れていく。レジーナはリリアンに背を向けて歩いてからこちらを見た。
「あなたはずっと、あなたでありなさい。リリー」




