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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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77話 神


 リリアンは自分の部屋に戻ると、ホッと息を吐いた。

 首からは完全な状態になった象徴の証がぶら下がっている。メアリーが身に着けていたものと同じだ。


「リリアン様」


 ディアドラがリリアンに向けて口を開く。


「とうとうここまで来ましたね。これからは、どのようにされるのでしょうか?」


 アルバートと似たような質問だが、おそらく『メアリーが見つからないままだが、どうするつもりか』ということを問いているのだろう。


「変わりませんよ。同じように行動するまでです」


 メアリーを継続して探すことを伝えると、彼女は一歩下がった。


「そうですか。かしこまりました」


 口ではそう言えるが、メアリーを探す手立ては見つかっていない。彼女が生きているだろうということしかわかっていないのだ。


「誰かに質問して、答えてくれたらいいのに」


 冗談交じりに言うと、レジーナがふわりと現れた。


「じゃあ、聞いてみたらいいんじゃないかしら?」


 彼女はリリアンの隣に降り立つと、視線をある部屋に向けた。


「象徴にしか入れない部屋ですか?」

「そう。その部屋には物知りな人がいるの。あなたが会いに行けば、顔を出してくれるんじゃないかしら?」

「ですが、前に入ったときには、どなたもいらっしゃいませんでしたよ?」


 そう言うと、レジーナは胸元を指さした。


「これがあるでしょう? 大きな違いだわ」


 つまり、象徴の証を身に着けて入れば、誰かしらに会えるということなのだろう。

 青い石をギュッと握りしめて、立ち上がる。


「ディアドラさん。私は少し、あの部屋に籠ります」


 そう言って歩き出すと、ディアドラは慌てたように顔を上げた。


「ですが、その部屋はあなた以外誰も……」


 ディアドラに頭を下げて、ドアノブに手をかける。鍵が開いたのを確認すると、扉を開いて中に入っていった。





 象徴しか入れない部屋では、季節が関係ないようで花畑が変わらず風に揺れている。そして、真ん中にあるテーブルに誰かが腰を掛けていた。


 リリアンがゆっくりと近づくと、その人は顔を上げてこちらを見た。


 綺麗な顔をしていた。男性なのか、女性なのかがわからない。目元を覆うように大きな仮面がつけられている。髪や肌は白い。仮面の奥の深く澄んだ青色の瞳だけが唯一色づいていた。


「そなたは……リリーか」


 突然、名前を言い当てられ、リリアンは動揺する。


「ごきげんよう。リリアンと申します。……えっと、あなたは」

「そなたは私に用があってきたのではないか?」


 おそらく、レジーナが言っていたのはこの人のことなのだろう。

 その人は手をもう一つの椅子の方に指す。リリアンは例の姿勢を取ってから椅子に腰を下ろした。


「はい。私はあなたに用があり、ここに来ました」


 その言葉にその人は嬉しそうに微笑む。


「そうか。私もそなたと話がしてみたかった」

「私とですか?」

「そうだ。私はずっとそなたを見ていた。いつかこうやって話したいと思っていたんだ」


 どこから見ていたのだろうか。親戚にも、学園の関係者にも見たことのない人だ。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「では、まずはあなたの話から聞いてもいいですか?」

「私の話からか?」

「そうです。私はあなたのお話を聞いてみたいです。まずは、お名前を教えていただけますか」


 そう言うと、その人はにこりと笑って教えてくれた。


「私はよくサフィーと呼ばれている。そなたにもそう呼んでもらえたら嬉しい」

「では、サフィー様はどうしてここにいるのですか?」

「ラベンダーが望んだからだ」


 知らない名前だ。今までの象徴の誰かだろうか。


「ラベンダー様はどなたですか?」

「そなたたちのいう、象徴だ。彼女は最初の象徴だった」

「初代象徴……」


 教会の設立に関わっており、花を愛していたという最初の象徴。彼女がこの部屋を望んだ。


「どうして、望んだのでしょうか?」

「彼女は私と話ができる場が欲しいとねだったのだ。あの子はいつも私の話を聞きたがった。知らないことを知りたがる。……私にとっても楽しい時間だった」

「ラベンダー様はここによくいらっしゃるのですか?」

「しばらく見かけない。最近はメアリーという少女がよく足を運んでいた」

「メアリー様をご存じなのですか!?」


 リリアンが身を乗り出して聞くと、彼は笑みを浮かべたままうなずく。


「知っている。だが、あの子は私が見えない。……特別な魂じゃないからだ」


 特別な魂。つまり、神の寵愛者だけが、サフィーの姿が見えるということだ。


「メアリー様は、この部屋でどのようにお過ごしでしたか?」

「楽しそうにしていたよ。この部屋がよほど気に入っていたらしい。よく来ていた」

「そうなのですね。……その、彼女は今どこにいらっしゃるかご存じですか?」


 レジーナはこの部屋にいる人に尋ねろと言っていた。きっとこの人に聞けということなのだろう。


 リリアンの質問にサフィーは何ということもなく答える。


「この国の中にいる。場所は……北の端」

「北の端ですか?」

「ああ。彼女が一度死んだ場所だ」

「メアリー様が一度死んだ場所……」


 きっと、前世のことを言っているのだろう。彼女が死んだのはどこかわからない。だが、思いつく場所があった。


「神に魅入られた村でしょうか?」


 その言葉にサフィーは首をかしげる。


「知らぬ。だが、そのとき多くの者が悪魔に食われた」

「……そういうことなんですね」


 メアリーは以前、その村では村人が皆、神のもとに行ったといわれていると言っていた。だが、実際には悪魔に全員食べられてしまったのだろう。


「ありがとうございます。だいたいの目星がつきました」


 リリアンがお礼を言うと、仮面の向こうで目を細められる。


「リリーの助けになったのなら、良かった」


 不思議な人だ。その眼差しはとても温かく、心地よく感じる。


「私もリリーに聞いてもいいか?」

「もちろんです」

「そなたは今、ローズとともにいるのか?」

「ローズですか?」

「ああ。そなたからはローズの香りがする」


 ローズと聞くと、思い当たるのはロザリーだ。だが、リリアンには身に覚えがない。


「勘違いではないでしょうか」

「いや、間違いなく一緒にいるはずだ。彼女は気高く、美しい女性だった。そんな花が近くにいるのではないか?」


 気高く美しい女性……。自分に自信があり、意志を強く持ち、過去をも利用すると言った人に心当たりがあった。


「……そうだったんですね」


 今まで掴めなかったその人の片鱗を掴めたようで、リリアンは頬を緩ませる。


「ローズ様もこの部屋にいらっしゃったのですよね?」


 リリアンの問いかけに、サフィーはうなずく。


「来た。だが、一度だけだ。ラベンダーは三百年ほど遊びに来てくれていたのに。……ラベンダーも今はもう来ない」


 三百年……? リリアンの思考が一瞬止まる。もし、ラベンダーが三百年もサフィーと会っていたなら、人間ではない。


 神の寵愛者は死後、悪魔に姿を変える。そして、人の魂を喰らい、人の体に入り込むことできたはずだ。もし、彼女が三百年間、象徴になった人の体に入り込んでいたのなら……。


「……サフィー様。ラベンダー様というのは、悪魔なのですか?」


 サフィーは唇を閉じる。視線を下げると、ゆっくりと首を横に振った。


「私はそう思わない。だが、そなたたちはあの子たちをそう呼ぶ。悪というのは何であろうな。生きるために命を食べるのは人間も同じだろう」


 その言葉にリリアンは黙るしかなかった。何が悪かと言われたら、判断が難しい。自分もまた、レジーナに同じことを思ったからだ。


「あいつがこの世界を創ったとき、何を考えていたのかわからぬ。私が寂しくないよう、特別な魂が生まれるようにしてくれた。だが、そなたたち、人間は脆い。愛しても、愛しても消えてしまう。それがどれだけ寂しいことか」


 サフィーはふっと息を吐いて微笑む。


「ラベンダーだけは私のために尽くしてくれると約束してくれた。私のために人々を導いてくれると。……本当にいい子だ」


 リリアンは息を飲む。そして、恐る恐る質問をした。


「あいつとは、どなたのことでしょうか」

「ルビソル。この世界を創った神だ」


 サフィーは何でもないように答える。


「この世界を創ったのはサフィルア様ではないのですか?」

「世界を創ったのはルビソルだ。サフィルアは……人を裁くことしかしておらぬ」


 その人はそう言うと、こちらを見た。そして、少し強張った口元で尋ねる。


「……リリーよ。私の顔を見てくれぬか?」

「見せていただけるのですか?」

「……そなたが許してくれるのであれば」


 どこか遠慮がちで、何かを恐れているような声だった。


「では……見せていただけますか」


 その人はうなずいて、仮面にそっと触れた。仮面が外され、その向こうには焼けただれたような皮膚が目に入った。それは、人との顔というには、部位の判別がしにくく、目と口の位置くらいしかわからなかった。


「痛くないですか?」


 そう問いかけると、その人は小さく笑った。


「痛くない。これは傷痕ではないからな……生まれたときから、ずっとこの顔だ」

「よかった。痛くないのですね」

「そなたは……私を怖いと思わないのか?」


 きっと人に見せるのは勇気が必要だっただろう。だが、それを見せてくれた。どうして見せてくれたのかはわからない。だが、その人は何かを肯定してもらいたいように見えた。


「思いません。とても……温かくて優しい方だと思います」


 その言葉は嘘ではなかった。怖くない。こちらに向ける瞳は優しく、口から出てくる言葉は温かい。


「そうか。やはり、花は優しく、美しい」


 その人は嬉しそうに微笑むと、仮面をつけた。リリアンはその人と向き合い、再度尋ねる。


「もう一度、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「私はサフィルア。ラベンダーが名付けてくれたのだ」


 その名前は聞き慣れたものだった。


「……あなたは、神様ですか?」


 その人は仮面の奥で目を細める。


「リリー。私の愛する花よ。また来ておくれ。そなたにまた会えることを楽しみにしている」



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