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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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76話 象徴の証


 リリアンはアルバートにお茶会に誘われた。

 彼が待つ部屋に向かうと、彼は嬉しそうな表情をしていた。


「リリアン様、とうとう明日ですね」


 アルバートは象徴の儀式の仕上げの準備ができたという。予定を合わせ、すべての御使いが儀式に参加するらしい。満足そうな笑みに、リリアンは顔を引きつらせないように微笑んだ。


「こんなにも早く準備を終えられるとは思っておりませんでした」

「あなたの晴れ舞台を楽しみにしているのですよ。あなたは象徴になってから、そのあとはどうするかお考えでしょうか」

「そうですね。まずは国民の信用を得ましょう。貴族も平民も、すべて」


 アルバートはよくわからないというように首をかしげる。


「貴族はわかります。ですが、なぜ平民まで?」

「平民も人ですよ。何かあった場合、彼らもきっと力になってくれるでしょう」


 その説明に、アルバートは眉をしかめる。リリアンはそれ以上何も言わず、にこりと微笑んだ。


「アルバート様はどうして、そこまでロザリー様にこだわっているのですか? 意志を持った象徴は扱いづらいでしょう?」


 その問いに、アルバートは笑みを浮かべる。


「意志を持たぬ者など、存在する意味もないでしょう?」

「そう思う理由があるのでしょうか」


 そう尋ねると、彼は目を細める。


「そうですね。私の昔話を聞いていただけますか?」

「もちろんです」


 その言葉に彼は少し視線を下げて語りはじめる。


「私が教会に御使いとしてきたのは、十四歳のころでした。公爵家に次男として生まれましたが……自分で言うのもなんですが、兄よりも賢く、実質の当主である伯父にとても可愛がられていました。その頃はきっと自分がこの家の後継者になれるのだと思って疑っていませんでしたよ」


 彼は懐かしそうに微笑みながらも、冷たい声を出す。


「ですが、自分が送られたのは教会でした」

「どうして、教会だったのでしょうか?」

「おそらく、都合の良い駒が欲しかったのでしょう。私に課せられたのは、教会の情報を公爵家に共有し、そして言われたとおりに行動すること。伯父が私に期待してくれていることはわかっていました。だから、伯父に見捨てられたくなくて、言うとおりに動きました」


 アルバートの伯父、オズワルドは彼のことを真面目でいい子だと評していた。オズワルドにとっても、彼は信用に値する存在だったのだろう。


「伯父の言うとおりにすれば、嫌でも自分の地位が上がっていくのがわかりましたよ。でも、地位は上がっても、それは自分の功績ではない。自分が自分である理由がわからなくなっていきました」


 彼は複雑な表情をしながら言葉を続ける。その手は強く握り締められていた。


「そんなとき、伯父が死にました。私が十七歳のころでした。伯父が死んでからの公爵家の指示は、自分から見ても意味のないものばかりでした。伯父がいなくなった以上、自分がここにいる意味はないでしょう。指針を失って途方に暮れていたころ、資料室でロザリー様と出会ったのです」


 彼の手が緩められ、その表情には恍惚とした笑みが浮かんでいる。


「駒のように生きている自分とは違い、ロザリーは自分のしたいことをしていました。しかもそれが、多くの人に富を与えた。本来、象徴とは、神に愛された者という立場だけであり、実際に指示をしていたのは御使いです。信仰者に対してわかりやすい象徴を立てているにすぎませんでした。だが、彼女はその立場を利用して、国を動かしはじめました。彼女によって、国は戦争で勝利し、土地を広げ、富を得た。そして、王座まで昇りつめたのです」

「ロザリー様はそれほどまでにすごい人なのですね」


 感心したように言うと、アルバートは嬉しそうに微笑む。


「だが、彼女は汚名によって、その立場から排され、処刑されました」


 先ほどまでの笑みが消え、憎しみにあふれた表情を浮かべている。


「世論というのは恐ろしいものです。行なって得た素晴らしい結果ではなく、人間性だけでその人物を評価する。能力のあるものを潰してしまう。実に愚かな話ですよ」


 彼はそう言って、リリアンに向き合った。


「リリアン様。あなたはきっと、ロザリー様の生まれ変わりです。きっと、あなたはロザリー様のようになれるでしょう」


 その言葉を聞いて、レジーナが突然姿を現す。彼女はアルバートを冷ややかな目で見つめた。


「……愚かな人間。自分の理想を他者に押し付けているだけ。可哀想だわ」


 そして、小さく呟く。


「神にそっくり」


 リリアンはアルバートに目を向ける。神に会ったことはない。だから、神がどんな人なのかわからない。


 ……神にそっくりとはどういうことなのだろうか。


「明日の儀式を終え、国民へのお披露目を終えると、あなたは正式な象徴となります。今まで裏で動かれていたあなたが表に出て来ようと思うようになった理由はわかりませんが、私は嬉しく思っております」


 その言葉に眉を寄せる。


「アルバート様。前から思っておりましたが、あなたは私を誰かと勘違いされていませんか? 私は何か裏で動くようなことをしておりません」

「おやおや。ディアドラを通じて私に指示していたのは、あなたではないのですか? ご自分が象徴になれるように、色々動いていらっしゃったでしょう?」


 誰かが自分を象徴にしたがった……?


 アルバートが裏で手を回して象徴にしたものだと考えていた。そうでないのなら、エドワードだ。それ以外に誰かが自分を象徴にすることで、得をする者などいるのだろうか。

 身に覚えのないことに、首をかしげることしかできなかった。


「申し訳ございませんが、そのようなことをしておりません」


 だが、アルバートは微笑んだままこちらを見ている。


「そういうことにしておきましょう。あなたの儀式、楽しみにしております」





 次の日、礼拝堂に御使いたちが集められた。

 前の儀式同様、リリアンは視線を集めながらステンドグラスの前に立つ。


 仕上げの儀式は夜に行う必要がある。ステンドグラスから照らされる月明かりを浴びながら、ずっと身に着けていた石に、新月から満月までのすべての月明りを浴びせた聖水をかけるのだ。


 石は相変わらず濁った色をしている。本当にこれが象徴の証になるのだろうか。不安に思いながらも、皿の上に濁った青色の石を乗せ、その上から聖水をかける。


 一滴、水がこぼれた。その水は石の上に落ちる。瞬間、石がほのかに光を持った。ゆっくりと水をかけていくと、汚れが取れるように少しずつ色を変えていく。濁った青色から、深く澄んだ青色に石は姿を変えた。それはメアリーが持っていたものとよく似ていた。


 リリアンはその石をすくうように両手で包む。そして、御使いたちの方に振り向いた。

 両手を開き、彼らの方に石を掲げる。ほのかに光を放つ青い石に彼らは感嘆の声を漏らした。


「おお……」


 一番前に座っていたアルバートは両目を大きく開き、口元に笑みを浮かべている。


「すばらしい……」


 彼は立ち上がり、こちらへ歩いてくる。


「よく見せてはくれませんか?」


 そう言い、彼は石を手に取ろうとした。リリアンは両手を閉じ、触れないようにする。


「これは象徴の証です」


 その言葉に、アルバートは手を下ろして一歩下がった。


「そうですね。申し訳ございません」


 だが、彼の目はリリアンの手元から離れない。


「アルバート様。お披露目の日はいつになさいますか?」


 タイムリミットがいつなのかを尋ねると、彼はにっこりと微笑んだ。


「後日、話し合いの時間を設けましょう。象徴のお披露目は教会だけの問題ではございません。王族との話し合いも必要です」


 もう少し時間が稼げることに、ホッと息を吐く。


「かしこまりました。話し合いの日が決まりましたら、教えてください」


 そう言って、この場から去ろうとした。


「リリアン様」


 アルバートに呼び止められ、足を止め振り返る。


「何でしょうか」

「……これからが楽しみですね」


 彼の言葉は何を指しているのかわからなかった。リリアンは礼の姿勢を取ると、彼に背を向けて歩き出した。



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