71話 手紙
「そろそろテオドール殿下とお話をしてみたいものですね」
リリアンの言葉にディアドラは嫌そうな顔をした。
「なりません。前回会ったときに、拒絶されたばかりでしょう?」
ディアドラは周りに目を向けながら話す。部屋にはほかの御使いもいる。ディアドラと二人になりすぎて怪しまれてはいけない。
「そうですが……象徴になるには、彼との繋がりも大切になるでしょう。お茶会のお誘いしてもよろしいですか?」
何を言っても聞かないのを感じて、ディアドラは大きなため息を吐く。
「……お誘いだけしてみます。断られても知りませんよ」
彼女が前よりも協力的になったことに、つい頬を緩める。
「ありがとうございます」
ディアドラはその日のうちに、お茶のお誘いをテオドールのお世話係に伝えた。だが、彼女は渋そうな顔で部屋に戻ってきた。
「どうでしたか?」
「お誘いはテオドール殿下に話が行くことなく、お断りされました。正式な象徴ではない者は彼と接することが許されないそうです」
メアリーを象徴の座に戻すために、正式な象徴になることを避けている。だが、それが原因で行動の制限があることが多い。だからといって、本当に象徴になるわけにはいかない。
「どうしましょうか」
「正式な象徴になるまで待つしかないでしょう」
ディアドラの言葉に首をかしげて尋ねる。
「あなたは私が象徴になることを認めているのですか?」
「認めるも何も、私はただの御使いです。教会の決定には従うしかないでしょう」
ディアドラは御使いの中でも立場は上だということは、周りの御使いたちの様子からわかる。だが、彼女も教会の決定に逆らうほどの権限は持っていないようだ。
「ですが、私は早く彼と接したいのですが」
「正式な場をお待ちください。私から言えるのはそれだけです」
協力的になってくれても、彼女は大きく態度を変えない。その様子に何も言わず微笑んだ。
「どうやってテオドール殿下と関わりましょうか……」
御使いたちが部屋から出たあと、姿を現したレジーナにリリアンは愚痴をこぼすように言った。
「あなたが信用されていない証拠よ。平民の御使いと関わりを持つなんて、愚かだわ」
「でも、メアリー様を助けるには彼らからの情報も必要となります。実際、彼女が死んでいない可能性が出てきました」
「そうね。それは重要な手がかりよ。でも、貴族の御使いからの情報が得られないじゃない」
ディアドラは貴族の御使いだ。アルバートの指示でリリアンの監視をしているが、それくらいしか知らされていない。彼はほかの者には別の指示を出しているという。おそらく、一人にいくつもの仕事をさせずに分担しているのだろう。
「そうなると、貴族の御使いから情報を得られる人が必要ですね……」
リリアンはそう呟いて、レジーナの方に目を向ける。
「レジーナ様は姿を消して、色々な人の話を盗み聞くことができないのですか?」
「できるわよ。実際、あなたの知らないことをいくつか知っている。でも、私の聞いた話じゃ証拠にはならない。アルバートたちを排除したいのなら、盗み聞いた話ではなく、証拠を集めないといけないの」
「では、証拠を集めるために、知っていることを教えていただくことはできますか?」
レジーナは目を細めて、睨むようにリリアンを見る。
「あなた、楽して情報を得ようとしているわね?」
「楽だなんて、そんな……。だって、私たちは相棒なのでしょう? 情報共有して当然だと思いませんか?」
笑顔でそう言うと、レジーナは仕方がなさそうに息を吐く。
「かまわないわ。けど、その前にテオドールを仲間にしなさい」
「テオドール殿下ですか?」
「ええ。彼が味方になれば、貴族の御使いに関する情報を得やすくなるわ」
「ですが、テオドール殿下も貴族の御使いに対して警戒されています。そんな相手に御使いたちは情報を流すのでしょうか?」
そう質問すると、レジーナは肩をすくめる。
「あなたと彼とでは立場が違うわ。第二王子が味方につくことは、向こうにとって都合が良いもの。それに、彼は御使いたちに侮られている」
「どうしてですか?」
「彼は体が弱くて、学園にも通えていないわ。つまり、外のことをよく知らないと思われているの。今は懐いていたメアリーを取られて警戒しているけど、いつかはこちらの言葉に耳を澄ますだろうと考えられてるそうよ」
テオドールは一人で教会に来た。今まで城にいたときと環境が変わり、メアリーがいなくなってさらに変わった。
「味方がいない場所で、殿下は窮屈に感じられているかもしれませんね」
「そうかもね。でも、あなたも同じでしょう?」
レジーナはリリアンの表情を確認するようにじっとこちらを見る。
「あなたも教会に味方がいない状態でここに戻ってきたじゃない」
その言葉に目を瞬かせる。気づけば頬が緩んでいた。
「ふふふっ。私はいろんな人に支えられていますよ。それに……レジーナ様がこうやって毎晩お話してくれるの、とても嬉しいです」
素直な気持ちを口にすると、レジーナは眉をしかめた。
「……あらそう」
彼女はそう言うと、姿を消してしまった。
レジーナがいなくなってから、リリアンはそっとウィリアムの名前を口にする。
「リアム、助けてください。こちらに来れますか?」
ウィリアムにそう問いかけると、少ししてから彼は姿を現した。
「どうした?」
「リアムにお願いがあるのです」
リリアンはそう言って、一枚の手紙を差し出した。彼はそれを受け取ると手紙を見る。封筒には宛先も送り主も書かれていない。
「これは?」
「それをテオドール殿下のお部屋に置いてきてください」
「はあ?」
ウィリアムはギョッとした顔でこちらを見た。
「何をするつもりなんだ?」
「テオドール殿下のお部屋に忍び込もうかと思いまして」
微笑みながらそう言うと、彼は長いため息を吐いた。
「何も考えずに突っ走るのはルシルだけにしてくれよ……」
「ごめんなさい。でも、行動しなければ、何も変わりませんから」
そう言ってから、ウィリアムが持っている手紙に目を向ける。
「その封筒には私からの手紙と……象徴にしか入れない部屋で見つけたメアリー様からの手紙が入っています。テオドール殿下に見ていただきたいのです」
「だから、手紙を返してほしいって言ったんだね」
「はい。手紙には、返信する場合は枕の下に手紙を入れてほしいと書いてあります。申し訳ないのですが、定期的に彼の枕を調べてくれますか?」
その言葉にウィリアムは少し顔を引きつらせる。ガリガリと頭を掻くと、首を垂れるようにうなずいた。
「……わかったよ。王子様の寝台を物色するなんて、気が引けるけど」
「ありがとうございます!」
リリアンの嬉しそうな顔を見て、彼は息を吐くと仕方なさそうに笑った。
ウィリアムが手紙を持って帰ってきたのは二日後だった。封はされておらず、宛先も書いていない。とても簡易的なものだった。
「何が書いてあるんだ?」
リリアンがそっと開けると、一枚の便箋が入っていた。
そこには短く『次の晩、御使いたちがいなくなったあとに部屋に来い』とだけ書かれていた。
「信用していただけたのでしょうか」
「どうだろう。これだけだとわからない。罠の可能性もある」
「そうですね。一度考えた方が良さそうですが……とりあえず、行ってみましょうか?」
軽い調子で言うと、ウィリアムは眉を寄せた。
「本当に考えた?」
「正直あまり」
「だよなぁ」
ウィリアムは脱力して、椅子の背もたれに背中を預ける。それを見て、思わずくすりと笑う。
「私は殿下に信じてほしいですから。私も彼を信じてみようと思います」
「……まあ、リリーならそう言うよね」
彼はそう言いながら、背中を起こす。
「俺が連れていくし、俺が付き添うから。リリーは警戒を怠らないで」
「ふふふっ。私のこと、信用してませんね?」
その言葉にウィリアムは唇を突き出す。
「馬鹿。信用してるから、ついて行くんだろ。してなかったら、行かせない」
「そうですね。ありがとうございます」




