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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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70話 ロザリーの従者


 ディアドラは咎めるような目でリリアンを見る。


「本当にあなたは人を信用しすぎですよ。……ですが、そういった発言をするということは、本物の御使いについて知っているということですね」


 彼女は仕方がなさそうに息を吐いて、いつもの厳しい表情を緩めた。


「ええ、そうです。私は御使いです。前世の記憶を持ち、この教会へ来ることとなりました」


 リリアンはその言葉を聞いて、ディアドラに椅子に座ることを勧める。


「どうぞ、お座りください。ゆっくりお話を聞きましょう。お茶でも飲みますか?」


 お茶を淹れようと立ち上がると、彼女は首を横に振った。


「そのように気を緩まれてはいけません。……まったく」


 彼女は口ではそう言いながらも、椅子に座って話す体勢になってくれた。それに頬を緩めて椅子に座る。


「ですが、私が本物の御使いだからといって、信用できるとは限らないでしょう。どうしてそう判断されたのですか」

「ほかの御使いたちは私に興味ありません。ですが、あなたはいつも私に警告をしていました。私の行動によっては不利になることをわかっていたのでしょう。……つまり、私のためではなく、自分のためだったのではないかと思ったのです」


 ディアドラの行動はいつも不思議だった。彼女はアルバートの指示でここにいるはず。見張りという役割だけなら、リリアンのすることに口出しする必要はない。ただ、見ているだけでいいはずだ。それにもかかわらず、彼女は忠告し、禁止し、危ない道へ進まないようにしてくれている。


「あなたは私を利用しようとしているのではないかと思ったのです」


 彼女は驚いたように目を開くと、少し視線を下げて口元を緩める。


「……そうですね。ですが、あなたはとても使いにくいです」

「ふふふっ。ごめんなさい。でも、私をうまく利用したいのなら、情報共有しませんか? 私もあなたを利用したいです」


 彼女はあきれたように息を吐く。だが、指摘するのを諦めたようで、肩の力を抜いた。


「そんな馬鹿正直に……あきれて言葉も出ません。でも、そうですね。情報共有をしましょうか。……まず、私の昔話に付き合ってくれませんか?」

「よろこんで」


 リリアンが嬉しそうに手を叩くと、彼女はゆっくりと語りだした。


「私はご存じのとおり、貴族として生まれました。私が御使いだとわかった瞬間、家族は喜んですぐに教会へ送りだしました。私が十二歳のころです」


 御使いは神の使いだ。生まれたころから神に役割を与えられており、それに徹することができることはとても素晴らしいことだと言われている。だから、御使いだとわかったら、すぐに教会に入ることになる。


「私が教会に入ったころにはもう、御使いの間でも貴族と平民とで大きな溝がありました。貴族の御使いたちと接して、彼らのほとんどが本物の御使いではないことにすぐ気づきました。教会と関わりたい者はたくさんいます。たとえ偽物だったとしても、送り込みたいでしょう。教会はそれを黙認しておりました」

「そうなのですね……。どうして偽物の御使いを送り込むことができるのでしょうか」

「一部の貴族たちだけでその情報を共有し、教会と繋がりたい家が送り込んでいるのです。アルバート様もそのような形で来たのでしょう。彼は前任の教会管理者が亡くなったあとに来ました。同じ公爵家から来たのです。……あの家は代々教会管理者を輩出しておりますから」


 オズワルドの家では秘密裏に象徴の洗脳を行ない、教会管理者となる御使いを送っていた。彼が教会を作ったのだから、思い通りの人事配置をしていたのだろう。……それにもかかわらず、教会は今、彼の支配下にない。


「アルバート様が教会に来られたのは成人する前でした。私はそのときにはいい歳になっていたので、彼の世話係になりました」

「アルバート様の世話係をやっていたのですか?」

「はい。私は前の象徴にも管理者にも信頼されておりました。従順な御使いとして、彼のもとに配置されたのでしょう」


 彼女がほかの御使いたちに信頼されているのはそういった理由からなのだろう。アルバートの信頼できる人ならば、彼らも指示を受け入れやすい。


「アルバート様は前任者に比べて優秀でした。おそらく、実家から指示を受けていたのでしょう。何事も一度保留にしてから答えを出されていました。ですが、あるときからはご自分で考えられるようになりました」

「あるときというのは?」

「彼の敬愛していた伯父が亡くなられたのです」


 アルバートの伯父ということは、オズワルドのことだろう。アルバートとオズワルドがそこまで深い関係にあったことに驚く。


「伯父が亡くなってから、アルバート様は不安定になることが多くなりました。気を紛らわすために仕事量を増やし、教会のことを知るために書庫へこもることが増えました。……まさかロザリー様に興味を持つとは思いませんでした」


 ディアドラはそう言うと、懐かしそうに目を細める。


「ですが、そのときはとても嬉しく思いました」

「嬉しく? どうしてでしょう」


 彼女は眉を下げて笑みを浮かべる。


「……私は前世ではロザリー様に仕えておりましたから。今でも彼女を慕ってくれる人がいるのはとても嬉しかったのです」

「ロザリー様に?」

「はい。正確には彼女が王家の養女になってからの従者になります。ロザリー様は多くの人を魅了し、国のために尽くされていたのをお傍で見ておりました。最期まで、ずっと」


 そう語る彼女の表情はひどく複雑だった。ロザリーは王家の養女になった。そのころにつけられた従者だとしたら……彼女はロザリーと一緒に処刑されたのだろう。御使いとして生まれ変わるぐらいだ。強い後悔を抱いているのがわかる。


「ですから、アルバート様がロザリー様に興味を持たれるのが嬉しくて……つい彼女のお話をしてしまったのです。前世のことは隠しておりましたが、それでも彼には十分のようで、私がロザリー様のことを詳しいと知って心を開いてくれました」


 ディアドラはそう言うと、眉を寄せて視線を下げた。


「アルバート様にせがまれて、ロザリー様のことをお話しました。それで気がまぎれれば良いと思ったのです。ですが、彼の中で少しずつロザリー様を神格化していきました。そんなときに新たな象徴が来る話が出てきたのです」


 前任の象徴は、メアリーが就任する六年前に亡くなっている。アルバートが成人前に御使いになったのなら、前任の象徴のことを知っていただろう。その象徴が洗脳されているのであれば、洗脳されず、意志を持って動くメアリーは彼にとって衝撃だったに違いない。


「新たな象徴としてメアリーがきたとき、アルバート様はとても歓迎していました。彼女はロザリーと同じで男爵家の生まれでしたから、ロザリー様のようになってくれると期待したのでしょう。アルバート様に命令され、その日から私はメアリー様の世話係となりました」

「メアリー様の世話係にもなっていたのですか?」

「彼女は幼い容姿をしていましたが、とても落ち着いていました。いつもの象徴とは違うとすぐにわかりました。強い意志があり、目的のために行動する象徴でした。ですが……彼女はロザリー様と違い、野心家ではありませんでした。手近な人たちを助けている様子を見て、アルバート様は随分とがっかりとされていました。そのころから私の役目はアルバート様とメアリー様との間を上手く取り持つことになりました」


 ディアドラはそう言うと、少し頬を緩ませた。


「どうしたのですか?」

「いえ。メアリー様はあなたと同じように私が本物の御使いだと見抜いたのです。だから、彼女は尋ねてきました。あなたの後悔は何ですか? と」

「……メアリー様らしいですね」

「はい。あの方はあらゆる人たちの幸せを強く願っていると言っていました。それは御使いも例外ではないと」


 ディアドラはそう言うと、こちらに目を向けた。


「私は仕えた主を見殺しにしてしまいました。ですから、あなたやアルバート様が穏やかに暮らしてくだされば、私は幸せです。そう伝えたのです」


 ディアドラの言葉はリリアンにも向けて言っているように聞こえた。


「メアリー様は善処すると言いました。ですが、姿を消した。私はそれをずっと悔やんでいたのです」

「そうなのですね……」


 少し視線を下げたあと、再度ディアドラと向き合う。


「私の目的はメアリー様を見つけ出し、元の地位に戻すことです。そのために、アルバート様をこの場から排除することになります。……あなたと手を組むのは難しいかもしれません」


 その言葉にディアドラは目を伏せた。


「……私はロザリー様がいたころの教会を知っています。あのころも教会は身勝手なことばかりしていました。……それをあの方も憂いておられます」

「あの方とは?」


 ディアドラは首を横に振る。教えてはくれないようだ。


「私はある方の指示を受けています。アルバート様もそれはご存じです。その指示を妨げなければ、あなたとも協力することができます」


 彼女はそう言うと、リリアンを見つめる。その真剣な眼差しに背筋を伸ばす。


「私は主を失うことが嫌です。どうか、生きることを優先してください」


 思わず表情を崩すとディアドラの手を取った。


「任せてください。私は早く家に帰りたいだけですから」


 その言葉にディアドラは眉を下げて息を吐く。


「……任せましたよ」



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