69話 メアリーの墓地
「それはどういうことでしょう」
リリアンの問いに少女は墓地のある方に目を向けた。
「みんなはメアリー様の死を見届けたと言っています。ですが、私は見届けていないのです」
要領の得ない言葉に、リリアンは首をかしげる。隣にいた平民の御使いが困ったような顔で説明してくれる。
「この子は死んだのはメアリー様じゃないと言うのです。象徴の死を認めたくないのでしょう」
彼は少女を睨むとその肩を掴んだ。
「お前がうるさいから連れて来たんだ。言いたいことは伝えただろう? もう戻るぞ」
「でも、私は……」
御使いは少女を連れて行こうとする。リリアンは彼を見上げて口を開いた。
「まだ話は終わっていません」
その言葉に御使いはビクリと肩を揺らすと、渋々少女から手を放した。
「どうしてメアリー様が亡くなっていないと思うのですか?」
「……みんなが見届けたのは、メアリー様ではなかったからです」
「メアリー様じゃなかった……?」
少女は目元に涙を浮かべてうなずく。
「はい。そこにメアリー様はいらっしゃいませんでした」
その言葉を聞いて、レジーナが言っていたことを思い出す。
「……悪魔は人の心に働きかけることができる」
立ち上がり少女の方に目を向けて手を差し出す。
「では、一緒にメアリー様の墓地を見に行きましょう。あなたたちも道具を持って来てくれますか?」
平民の御使いたちに言うと、彼らは信じられないようなものを見る目をしていた。
「まさか、その子の言葉を信じるとでも?」
「信じます。私に一生懸命教えてくれたのですから」
少女はリリアンの手を見ると、ゆっくりと手を重ねた。
「冷たい……っ」
彼女はリリアンの手に触れて、驚いたように目を見張る。その様子に小さく笑う。
「ずっと外にいましたからね」
そう言って、少女の手を握る。彼女の手は温かくて、少し気持ちが和らいだ。
御使いたちは道具を持ってついてきてくれる。リリアンは彼らを引き連れながら歩いた。
「メアリー様の遺体は火葬されましたか?」
その質問に少女は首を横に振った。
「……メアリー様は偽物の象徴だと言われ、罪人だとされました。彼女の遺体は火葬せず埋められています」
本来、遺体は火葬することによって楽園へと送られる。火葬せずに埋めるのは、罪人の処刑と同じだ。
「そうですか……」
怒りを堪えるように奥歯を噛みしめる。メアリーは人々にたくさん尽くしていた。その人が罪人扱いなんておかしい。
そう言いださないようにゆっくりと深呼吸をする。
「あなたはどうして私のこのことを話そうとしたのですか?」
その問いかけに少女は頬を緩めた。
「……メアリー様からリリアン様のことは聞いてました。私はその……メアリー様の身の回りの世話をすることが多かったので」
彼女は歩きながらこちらに目を向けて話してくれる。
「メアリー様が亡くなったとされた日、私はいつものように寝る前に飲む水を用意しようとしました。ですが、ほかの御使いが用意していたようで、それをメアリー様の寝台に置いたのです……その寝台にはメアリー様じゃないものがいました。その人はソレに熱心に話しかけていました」
「何に話しかけていたのですか?」
「……猫です」
墓地に着いた。平民の御使いたちはメアリーが埋められているという墓地の前に立つ。
「掘り起こしてください」
その指示に御使いたちは小さくこぼした。
「……罰当たりな象徴様だ」
そう言いながらも、貴族の言葉には逆らえないようで墓地を掘り起こしていく。そして、棺に道具が当たった。
「開けてください」
御使いたちはゆっくりと棺を開ける。その中には人のものとは思えない小さな骨が横たわっていた。
「これは……」
大きさからして、猫の死体だろう。それを目にして思わず眉を寄せる。
「これはどういうことだ!」
騒ぎ立てようとする御使いたちを手で制する。
「静かに。このことは他言無用でお願いします」
平民の御使いたちはこちらに疑わしそうな目を向ける。
「どうしてあなたはメアリー様を探している?」
「……メアリー様を助けたいからです」
リリアンは袖をそっとめくる。そこにはメアリーから受け取った腕飾りがあった。
「それは、メアリー様の!」
少女が声を上げる。身の回りの世話をしていたと言っていただけあって、見覚えがあるようだ。彼女は声を震わせながら、教えてくれる。
「メアリー様はこの腕飾りをとても大切にされていました。誰かに奪われるくらいなら、どこかに隠して誰の手も届かないようにすると言っているほどでした。それを誰かに託すのなら、信頼できる者だけだと……」
リリアンは少女の言葉にうなずく。
「この腕飾りはメアリー様からいただきました。……あの方の思いは私に託されています」
御使いたちに目を向けてはっきりと言う。
「私はメアリー様の行方を捜しています。些細なことでも良いです。何か知っていることがあれば、教えてください」
「……あなたを信じれば、メアリー様は見つかりますか?」
「私はメアリー様を見つけ出したいと強く思っています。きっと見つけ出してみせましょう」
御使いたちはお互いに顔を見合わせると、リリアンの前に膝を付いた。
「かしこまりました。メアリー様が戻るまで、あなたに従いましょう」
リリアンはその言葉にうなずくと、少女の方に目を向けた。
「あなたの名前を教えてくれますか?」
少女はにっこりと笑って胸を張る。
「私はアビーといいます」
「じゃあ、アビー。また何かあったら、教えてくれますか?」
「もちろんです!」
平民の御使いたちに戻るように伝える。アビーだけはずっとこちらに手を振ってくれていた。
リリアンも自分の部屋に戻るために歩きはじめる。その隣でディアドラが何か言いたそうにしていた。
「リリアン様」
「今回のことは、ほかの者には漏らしてはなりません」
「なぜです。メアリー様が亡くなっていないなんて……隠しておけることではないでしょう」
「それでもです」
ディアドラはあきれたように息を吐くと、小さく呟いた。
「……あなたは人を信用しすぎですよ」
次の日から、リリアンが部屋の外に出ると、平民の御使いたちが声をかけてくれるようになった。平民の御使いたちも入ることのできる共有場所に顔を出せば、彼らが列を作るように話しかけてくれる。
「リリアン様。礼拝堂には何時行かれますか?」
「ごめんなさい。私は正式な象徴ではないですから、まだ礼拝堂には行けないのです」
「……そうですか、残念です」
平民の御使いたちの中で情報を共有したのか、最初は警戒していた御使いたちも周りの様子を窺いながら挨拶をしてくれる。
「おはよう、リリアン様。悩みがあるの、聞いてくれるかしら?」
「そうなのですね。お辛いでしょう。私でよろしければ、あとでお聞きいたしますよ」
彼らはメアリーにそのようにして頼っていたのだろうか。彼らはリリアンにメアリーがしてきたことを求めはじめる。だが、正式な象徴ではない自分には少し荷が重かった。だが、メアリーの思いを受け取っていると言った手前、彼らのことをおろそかにできない。
どうしようかと困っていると、平民の御使いたちが後ろに下がった。彼らの視線の先を追うと、アルバートがこちらに向かって歩いてきていた。
「ごきげんよう、リリアン様」
彼は視線を周りに向ける。平民の御使いたちは礼の姿勢を取って、自分の顔が見えないようにした。
「平民の御使いたちに慕われているように見えますね」
「彼らが私を気遣ってくださっているだけですよ」
何でもないように答えるとアルバートは面白そうに目を細めた。
「ほう……。どのようにして彼らの心を掴まれたんですか」
そっと隣にいるディアドラに意識を向ける。彼女が話してしまうかもしれないと思ったからだ。
「…………」
だが、ディアドラは口を挟もうとしなかった。彼女が何か言い出す前に、にこりと微笑んで答える。
「ただ彼らの話を聞いただけですよ」
「ただ話を聞くだけで、慕われるとは……」
アルバートはこちらを観察するようにじっくり見る。
「さすがといったところでしょうか」
「私は大したことをしておりませんよ」
「いやいや。あなたはまだご自身のことをよく理解されていらっしゃらないのですね。あなたには人を魅了する力があるのですよ。ロザリー様のように」
「そうであれば、嬉しいですね」
そう答えて、アルバートに頭を下げてその場を離れる。彼はその後ろ姿をじっと見つめていた。
自分の部屋に戻って息を吐くと、ディアドラが人払いをした。
「みなさん、休憩に入ってください」
「かしこまりました」
彼女の言葉を御使いたちは疑うことなく従って部屋を出ていく。彼女は御使いたちにとって信用に値する人なのだと改めて感じた。
御使いたちがいなくなり、二人きりになるとディアドラは口を開いた。
「昨日のことをお話にならないのですか」
メアリーが死んでいないことを指しているのだろう。
彼女の言葉にどきりと胸が跳ねる。けれど、動揺していることに気づかれないように微笑んだ。
「さきほどは言わないでいてくれて、ありがとうございます」
それで済まないか、と思っていたがディアドラは言葉を続けた。
「前の象徴から腕飾りを託された、というのはどういうことでしょうか」
ディアドラはリリアンを睨むようにして見る。リリアンは眉を下げて笑った。
「隠していてごめんなさい。彼女がいなくなる前に受け取っていたのです。大切なものだから守ってほしいと」
彼女はこちらをじっと見つめた。その表情は困惑しているように見えた。
「……どうして私にそのことを話したのですか? 隠したいのなら、私のいないときに行動するべきでしょう」
「あなたたちは私を一人で行動することを許しますか?」
「許さないでしょうね」
「そうだと思います。でも、あなたならそばにいても問題がないと判断しました」
「なぜ」
「……昨日のことを黙っていてくれているからです」
その言葉にディアドラは口を閉じたままだった。リリアンは言葉を続ける。
「あなたはずっと私に警告をしてくれていた。それは私を気遣ってのことでしょう。余計なことをしたら、メアリー様のように消される可能性がありますから。それに、あなたはおそらくルシルの死が近いことを知っていたのではないでしょうか」
ディアドラは何も答えない。それは無言の肯定のように見えた。
彼女は貴族であるにもかかわらず、ルシルの死を警告した。まるで知っているかのように。
「あなたは、本物の御使いですね」




