65話 象徴の儀式
数日後、リリアンは礼拝堂へ向かった。アルバートが石を手に入れることができたと連絡をくれたからだ。想像していたよりも早い準備にリリアンは戸惑った。
教会内を自由に歩き回れるようになったが、ディアドラの監視が付いている。こっそりメアリーを探し回ることも、テオドールと接触することも許されなかった。
礼拝堂に着くと、そこには御使いが集まっていた。長椅子の前列は身なりが良い者が座っている。後ろになるにつれて、身なりが粗末になっていく。同じ聖職者の服を着ているにもかかわらず、その違いは見てすぐに分かった。後ろの方に座っているのはおそらく平民だろう。彼らは鋭い眼差しでリリアンを睨んでいた。礼拝堂内を見渡したが、第二王子であるテオドールの姿はなかった。
「リリアン様」
一番前の席へ歩いていると、アルバートが笑顔で迎えてくれた。
「やっとこの日が来ましたね。昨日は眠れませんでした」
彼の言葉は嘘ではないようで、目は眠そうに細く、目元にはクマが見えている。
「そうなのですね。私も楽しみでした」
象徴の証を手に入れることができれば、メアリーの行方に関する手がかりが隠れている可能性が高い。彼女の行方を知るためには、早く証を手に入れて、象徴にしか入れない部屋に向かいたかった。
「象徴、前へ」
進行役の御使いの言葉で、ステンドグラスの前へ歩みはじめる。席に座っている御使いたちはそれを静かに見守っていた。
象徴の儀式を成立させるためには、用意するものが二つある。
まずは儀式に使う石。それをステンドグラスに掲げて、光にさらす。そして、ステンドグラスの光を吸い込んだ石を、象徴になる者が肌身離さず身に着けるのだ。
次に用意するのは水。この水は新月から満月になるまでのすべての月明かりを浴びさせなければならない。月明かりを浴びて、聖水となった水を石にさらすことで、象徴の証になるという。
この象徴の証は、持ち主が亡くなったら一緒に埋めてしまう。そのため、代替わりのたびに象徴の座に就いた者が自らの手で作らなければならない。
アルバートが用意したのは綺麗でもない、黒い石だ。艶もなければ、輝きもない。誰も見向きもしなさそうな石。隣国ではわざわざ掘り起こすものではなく、流通もしていないという。
リリアンはステンドグラスの前に立つと、膝を付いて、石を包み込むように両手で覆う。ステンドグラスに祈るように指を組んだ。石を胸元で握り締めたあと、そっと指をほどいて手のひらに石を乗せた。そして、ステンドグラスの光を浴びさせるように石を掲げる。
そのとき、ステンドグラスが眩しく光った。
「きゃっ」
目がちかちかして細めていると、後ろの方から騒めきが聞こえた。思わず後ろを見ると、誰もが驚きの表情をしている。
「静かに」
アルバートの言葉に騒めきは消えた。手のひらを見ると、石は濁った青色になっていた。
「…………」
リリアンは再度、石を両手で包み込むと、ステンドグラスに礼の姿勢を取った。
席のある方へ戻ってから、アルバートに色の変わった石を見せると、彼は口元を歪ませる。
「ああ……。やはり、あなたは本物なのですね」
嬉しそうにしている彼の後ろでレジーナが楽しそうに笑みを浮かべている。先ほどの光はおそらく彼女が仕掛け人なのだろう。
儀式が終わり、リリアンは動揺した様子を見せず、御使いたちにむかって微笑んだ。彼らから一人ずつ挨拶を受けることになったからだ。象徴の儀式の一部を終え、教会が象徴候補のことを認めつつあるという証明だった。
「ごきげんよう、リリアン様。これから、あなたと共に歩めますこと楽しみに思います」
その言葉は、本当に象徴になれるのかと問われているように聞こえた。貴族たちは誰もがこちらを品定めするように見ている。だが、アルバートがいる手前、下手なことは言わずに去っていった。
貴族から平民へと切り替わった瞬間、すぐにわかった。身なりが違うからだ。
「リリアン様。よろしくお願いします」
アルバートは平民からの挨拶は受けなくても良いと言ったが、リリアンは受けた。彼ら一人一人の様子を見ながら挨拶を受ける。多くは殺意のようなものを向けているように見えた。
ある平民の御使いが言った。
「我々全員が挨拶できないことをお許しください」
ここに全員いるわけではない。つまりそれは、襲撃に関わった平民は捕えられて、どこかに閉じ込められているということなのだろう。それに気づきながらも、笑顔で応える。
「次は全員からの挨拶がいただけるのを楽しみにしております」
その言葉に、彼らは睨むようにして去っていった。
挨拶を終えると、リリアンは象徴の部屋に戻った。石にかける聖水を作るためだ。
象徴の部屋からは夜、月が良く見える。聖水を作るために窓が作られているようにも見えた。
水は教会の近くにある湧き水から汲んだものだ。ガラスの器に入れ、窓辺に置く。
石は首飾りにして身に着けた。メアリーのように首飾りを身に着けると、本当に自分が象徴になったように思えた。
「象徴の証は今のままじゃ不完全だわ。でも、部屋に入るだけならできるわよ」
振り向けば、レジーナが楽しそうに笑ってこちらを見ていた。慌ててディアドラの方を見るが、彼女はこちらを気にしている様子はなかった。
「口は開かないで。あの御使いには姿が見えないようにしているの」
レジーナはそう言うと、象徴にしか入れない部屋の前に立った。
「メアリーの手がかりが欲しいのでしょう? 開けてみなさい」
レジーナに言われ、立ち上がり扉の前に向かった。彼女の隣に立ち、扉を見つめる。
「どうやって入るのでしょうか」
鍵は手元にない。そもそも、鍵穴すらないようだった。
「ドアノブに手をかざしなさい」
言われたように手をかざす。ドアノブがわずかに光を放ち、鍵の開く音がした。
「リリアン様?」
ディアドラが慌てた様子でこちらに歩いてきた。
「鍵が開いたのですか?」
「そのようです」
その言葉を聞いて、ディアドラはドアノブを見た。
「入らせていただきます」
彼女はそう言って、了承を聞かずにドアノブに触れた。だが、扉は開かない。
「どうして開かないの? たしかに鍵は開いたはずよ」
ディアドラは動揺したように言葉を漏らす。その様子にレジーナがくすくすと笑った。
「愚かな人間。この部屋は象徴にしか入れないと言っているのに」
ディアドラの腕に触れる。彼女はこちらに目を向けた。
「私に開けさせていただけますか?」
「……かしこまりました」
ディアドラは少し考える素振りを見せたが、素直に扉の前から退く。リリアンは扉の前に立ち、そっとドアノブに触れる。そしてゆっくりと回すと扉が開いた。
「開いた……」
扉の向こうは部屋中真っ暗で何があるのかを見ることができない。まるで扉を境に光すら通さないようだった。
「…………」
気づけば、足を一歩踏み出していた。吸い込まれるように中に入っていく。
「リリアン様!」
ディアドラの言葉がどこか遠く感じた。気づけば、リリアンは一人で部屋に入っていた。




