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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
7章

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61話 家族


 次の日、エドワードの従者がクライヴを連れてオズワルドの家を訪れた。クライヴは緊張した面持ちで家の中に入ってくる。


「本日は娘を匿っていただき、感謝しております」


 クライヴはオズワルドにお礼を言い、頭を下げる。オズワルドはそれを手で制した。


「彼女を匿ったのは私の意志だ。あなたが気にすることではない」


 彼はそう言って、リリアンの方に目を向ける。


「リリー。部屋に案内してあげて」


 リリアンはオズワルドに礼の姿勢を取ってから、クライヴと顔を合わせた。


「再びお会いできて嬉しいです。お部屋を用意していただきました。あちらでお話ししましょう?」


 クライヴがうなずくのを見て、歩きはじめる。


 数日この家に過ごしてから、部屋の間取りを覚えてしまった。迷いなく歩く様子に、クライヴはぽつりと呟く。


「まるで自分の家のようだな」


 部屋に着くと、オズワルドの従者がお茶を用意してくれる。クライヴは用意が終わるのを待ってから口を開いた。


「……オズワルド様と仲が良いのだな。ナタリアから話は聞いていたが、これほどとは」


 クライヴはリリアンに興味がないのだと思っていた。だが、彼は想像していた以上にリリアンのことを知っている。


「とても優しいお人ですよ。後輩の私を気にかけてくれる……とても優しい先輩です」


 そう答えてから、クライヴと向き合う。


「先日は教会のことで巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした。まさかあのような強硬な手段を使われるとは考えていなかったのです」

「教会のこと甘く見ていたのは、君の落ち度だ。……だが、君に対して何もできなかったのは私の落ち度だ」


 彼は視線を下げる。迷うように視線を揺らしてから、言いにくそうにしながらも口を開いた。


「……君はこのまま、ここにいた方がいいのではないか?」

「どういうことでしょうか」

「オズワルド様は力を持っていらっしゃる方だ。エドワード殿下とも親しい。きっと彼がこの公爵家を継ぐことになる。彼の庇護下にいるならば、周りもよほどのことがない限り、手を出してくることはないだろう。……私の家では荷が重すぎる」


 その言葉に首を横に振る。そして、はっきりと思いを伝えた。


「クライヴ様、それは違いますよ。私があの家に帰りたいのです」

「ここより、不自由で窮屈な場所だ。君もこちらの方が自由に過ごせる。何より、君がいると迷惑なのだ」


 たしかにオズワルドは力を持っている。リリアンを隠して、この家にいさせることも可能だろう。リリアンが教会に戻る必要もなく、物事を収めてくれるのかもしれない。オズワルド自身、それをしてみせると言っていた。


「そうです。これは私のワガママ」


 ここにずっといても、学園に戻れない。あの家に過ごすことはできない。もう、元の生活に戻ることができないのだ。だから、自分から一歩、踏み出さなくてはいけない。


「隠れて生きるより、家族と……あなたたちと一緒に当たり前の生活を送りたい。大切な家族と一緒に過ごしたい。そんな当たり前の幸せを、私はすごく欲しい」


 クライヴと向き合う。アレクシスによく似た瞳が少し揺れた。


「だから、あなたたちが無理にそれを受け入れる必要はありません。私が自分で掴み取ります」


 彼は長いため息を吐いた。そして困った子を見るような目をこちらに向ける。その目は不思議と優しかった。


「君はナタリアによく似て、頑固だな。……いや、アレクシスに似たのかもしれない」


 その言葉に目を瞬かせ、くすくすと笑う。


「私からすると、お二人はあなたに似たんだと思います」

「私にか?」

「はい。とても頑固で、優しくて、家族思いなところ。あなたたち家族の共通点です」


 平民の子を我が子のように育てたナタリア。よその子を妹として大切にしてくれたアレクシス。そして……不器用ながらも子を気にしてくれていたクライヴ。不器用で優しい彼らのことを、リリアンはとても愛していた。


「私はあなたたちの家族の一員になりたい。……私が無事帰ったら、家族として迎えてくれますか?」


 彼は眉間に皺を寄せて視線を逸らす。


「……君が無事帰って来られたらな」


 リリアンは頬を緩めて、クライヴに微笑みかけた。


「ありがとうございます、養父様」





 クライヴがオズワルドの家を去ったあと、なぜか使っていた部屋が再度整えられる。


「まだお客様がいらっしゃるのですか?」


 オズワルドに問いかけると、彼はうなずいた。


「ああ。君のお客様がね」


 来客を知らせる鈴が鳴る。それを聞いて、オズワルドは笑みを浮かべた。


「戦地に向かう君に餞別を」


 彼の従者が連れてきたのは、一人の青年だった。その面影に見覚えがある。


「……兄さん?」


 その問いかけに、青年は微笑んだ。その表情が過去の思い出と重なる。

 思わず一歩下がる。だが、その背中をオズワルドが支えた。彼の方を向けば、大丈夫だとうなずいてくれる。ゆっくりと息を吸い、一歩前に出て彼と向き合った。


「お久しぶりですね、ロイ兄さん」


 その言葉を受けて、ロイは微笑んだ。


「……リリー。久しぶりだね」


 準備された席に二人で座った。オズワルドは気を遣ってか、その場を離れていった。


 恐ろしかった。どんな言葉が投げかけられるだろうか。自分は家族を見捨てて、家を出た身。どんな酷い言葉を言われても、言い返すことはできない。


 ぎゅっと膝の上で手を握り締めていると、ロイは口を開いた。


「君がいなくなったあと、両親はすごく悲しんだ。君を愛していたから。まるで毎日がお葬式のようだった」


 彼は今までのことを思い出しながら、目を閉じる。何も言えずにいると、彼はふわりと微笑んだ。


「不安定な二人は店を経営することがままならなくなり、親戚に店を譲ることになったんだ。両親は君と店の両方を手放すことになったけど、自由になったからか、逆に二人は穏やかな生活を送れるようになったよ」


 その表情はとても穏やかで、誰かを責めている目をしていなかった。とても優しい……兄の顔をしていた。


「お二人はお元気なのですか?」


 ロイは安心させるようにうなずいてくれる。


「元気だよ。店や子ども、世間体。考えることが多かったから、二人はあんな風になってしまったんだろうね。解放されて、ゆっくりと物事を考えられるようになったんだと思うよ」


 彼はそう言うと、少し困ったように眉を下げた。


「あとから聞いたんだけど、二人は本当は君のことを後継ぎにしようとは考えてなかったみたいだよ。僕の尻を叩くためにそう言ったみたい。……君は愛妾の子であることを気にしていた。そんな君を後継ぎするなんて、君の負担でしかないとわかっていた。わかっていたのに、僕にもっと頑張ってもらうためにダシにしてしまったみたいだ。……ごめんね、リリー」

「そんな私は……。私が余計なことをしなければ、ここまで拗れることはなかったはずなのです」


 ずっと自分が悪いと思っていた。愛妾の子である自分が我が物顔であの家にいて、家族のように振る舞い……考えなしに行動した。それがすべての原因なのだと。


 だけど、ロイは首を横に振って否定してくれる。


「リリーが余計なことをしなくても、拗れたと思う。……二人に君のことを吹き込んでいた貴族がいたと聞いた。ある貴族が店に訪れて言ったらしい。『リリアンの貴族になるべき存在だ』って」

「どういうことですか?」

「僕にもわからない。だが、それをきっかけに、君の方が後継者にふさわしいのかもしれないという考えが生まれたと言っていたよ」


 その話はどこかで聞いた気がした。ナタリアが以前、ある貴族にリリアンのことを話し、『平民にしておくのはもったいない』と言われたと話していた。


「その貴族とは、どのような方でしたか?」

「初老の女性で……貴族の学園で教師をしていると言っていたそうだ」

「初老の女性で、学園の教師……」


 その話を聞いて、ある人物を思い出す。


「……マルヴィナ先生」


 彼女がリリアンを貴族に仕立て上げようとしていたとしたら……。けれど、その理由がわからない。平民時代にリリアンは彼女と接したことがないはずだからだ。マルヴィナがずっと前からリリアンを知っていたとしても、貴族にしたがる理由がわからない。


 ……自分が神の寵愛者だから?


「もうそろそろ僕はお暇するよ……さすがに貴族の家にいるのは落ち着かないからね」


 席を立とうとする彼に、気になることを尋ねた。


「兄さんは、今どうしているのですか?」


 店を手放した以上、後継者になることはできない。自分のせいで兄の将来まで壊してしまったのかもしれない。そうと思っていると、ロイは微笑んで答えた。


「今僕は、別の店で働いているんだ」

「別の店、ですか?」

「そう。親戚に、引き続き店で働いてもいいとは言われていた。けれど、元々後継者になる予定だった僕がいるのは、周りにとっても良いことはないからね。どうしたらいいかと思っていたら、声をかけてもらえたんだ」


 両親は店を手放したといっていた。ならば、ロイは必然的に後継者でなくなったということだ。彼の未来を潰してしまったと顔を下げると、彼は優しい声で教えてくれる。


「オズワルド様の贔屓にしている店に来ないか、と誘われたんだ。もともといた店よりも大きな商店だ。この機会を逃すわけにはいかなかった。もちろん、格が違うから通用しないことも多くて困ったよ。けれど、店にいれば店の人を経由して、君の現状を教えてもらうことができた。それだけで幸せだと思ったよ」

「……兄さんは幸せですか?」

「ああ、幸せだよ」


 ロイはこちらを見る。そして、柔らかく微笑んだ。


「リリー。ありがとう。僕は君がいたから、ここまで来られたんだよ」

「違います。兄さんが頑張ってきたから……」

「君の支えがあったからだよ。……ありがとう、リリー」


 彼はこちらに歩み寄ると、リリアンの頭に手を置いた。昔のように優しく撫でてくれる。目元が熱くなり、つい顔を下げた。


「大きくなったね、リリー」

「もうすぐ成人ですから。……もう、子どもじゃないですよ」

「そうだね。でも、君はいつまでも僕たちの愛するリリーだ。覚えておいて」


 彼の言葉にうなずく。その言葉に嘘はないと思えた。


 ロイはオズワルドの家を去っていった。馬車に乗る彼の背中を見つめながら、リリアンはオズワルドにお礼を言う。


「オズワルド様。席を用意してくださってありがとうございます」

「君のためなら何でもするよ」


 オズワルドは何でもないように言う。そして、リリアンを見て微笑んだ。


「……今の君はとても素敵だ」


 リリアンは彼と視線を合わせて、頬を緩めた。


「今の私は無敵ですから」



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