60話 協力者たち
次の日、オズワルドはエドワードを内密に館へ招待した。リリアンを見たエドワードはおどけたような表情を見せた。
「まさかリリアンがいるなんて思わなかったよ」
その言葉にオズワルドが睨む。それを見てエドワードは楽しそうに笑った。
「冗談だよ。オズの怒った顔は本当に怖いんだから」
三人で席について本題に入る。内容はリリアンが教会に戻るということだった。
「殿下のお望み通りの結果になりましたが、ご気分はいかがですか?」
「そんなに敵対心向けないでよ、オズワルド。君が積極的に関わってくれることを嬉しく思うよ。君は教会に関しては消極的だったからね」
その言葉を聞いて思わずオズワルドを見る。彼は表情を崩さず言葉を続けた。
「私はただリリアンを元の生活に戻したいだけですよ」
「だが、メアリーは見つかっていない。どうやってリリアンを戻すつもり?」
「メアリーが神のもとに戻ったと言ったのは、教会です。彼らがメアリーについて隠している可能性があります。実際、メアリーが姿を眩ませたときと、リリアンが眩ませたときとでは、対応が違っています」
エドワードは考え込むように腕を組む。
「メアリーのときは、自分たちの手で処理できたから探そうとしなかった、ということか。その場合、メアリーはもうこの世にはいないんじゃない?」
「自分が教会の一部から目の敵にされていることは、彼女もわかっていたことです。何かがあったとき、対処できるよう考えていたはずです。自分の身に何かあった場合、何か残したでしょう。残っていないということは、彼女が自らの意志で行動したということです」
「では、彼女がどこにいるのかを探す必要があるわけだね」
エドワードが考えるように腕を組むのを見て、オズワルドはうなずいた。
「そうです。我々がすべきことは教会で勝手をしている御使いたちの排除です。彼らの悪事を暴き、公的に裁く必要があります。邪魔な御使いたちはここで排除してしまいましょう。……そして、もう一つはメアリーを象徴に戻すこと。彼女を中心に教会を立て直す必要があります」
「わかりやすくていいね。では、リリアンは教会に戻って何をするの?」
「リリアンが教会に戻る目的としては、メアリーがどこにいるかの情報を見つけ出すことと、アルバートたちのしてきた悪事の証拠を見つけ出すことです」
「でも、彼女だけでは負担が重すぎるよ。誰かをつけるべきじゃない?」
「もちろんです。彼女だけには負わせません。彼女が得た情報を頼りに、新たな情報を得るのが私たちの仕事です。それに彼女には助言をしてくれる者がいるようですので、問題ないでしょう」
おそらくレジーナのことを言っているのだろう。オズワルドはレジーナのことも使うらしい。彼女がこの場にいるかはわからないが、話を聞いていたら、眉間に皺を寄せて鼻を鳴らしていたに違いない。
「彼女との連絡はどうやって取る?」
「それは、ふさわしい者がいますから、お気になさらず」
連絡役はウィリアムが立候補してくれた。御使いである彼は瞬間移動能力がある。教会に入り込むにはふさわしいだろう。
「では、こちらがほかにすることはあるかい?」
「教会の悪事を暴くのなら、彼らに近い存在にも調査をしてもらいたいですね。……そうだな。彼女の父親、クライヴに依頼しましょう。娘のためなら、彼も動くでしょう」
「わかった。それはこちらで依頼しよう」
オズワルドはエドワードをまっすぐ見た。何か言いたいことがあるのだろうとエドワードは微笑んで話を促す。
「殿下。あなたにもやっていただきたいことがあります」
「へえ。僕に指示をするんだ? 何をしてほしいんだい?」
「象徴であるメアリーの捜索を」
オズワルドはにこりと笑みを浮かべる。
「メアリーの救出を殿下が行うことで、メアリーの派閥にいる者は王族を支持することになるでしょう。それに、テオドール殿下との間も良くなるかと」
「テオドールかい?」
「ええ。彼はメアリーと仲が良かったようなので」
その言葉を聞いて、エドワードは頬を緩める。
「……そうか。わかった。その役目は僕が行おう」
エドワードはそう言うとこちらをちらりと見た。
「彼女に手伝ってもらうことにしたのは驚きだったよ」
オズワルドは少し誇らしそうに笑う。
「彼女の意志ですから」
オズワルドの様子にエドワードは目を瞬かせると、肩を揺らして笑った。
「本当に君は……。一貫性があって、僕は好きだよ」
「俺はあなたの自由なところは好きじゃないです」
エドワードはその言葉を聞いても、機嫌を悪くせずに笑みを浮かべている。
「それは心外だね。きっといつか、僕に感謝する日が来るよ」
オズワルドは微笑みながら、エドワードを見た。
「楽しみにしておりますよ、エドワード殿下」
話が終わるとエドワードはこちらを見た。
「リリアン」
「何でしょう」
「君の父親が顔を出したいと言っている。後で連れて来てもいいかい?」
クライヴは今回の協力者となる。彼と顔を合わせるのは大切だろう。
「かしこまりました」
「オズは席を外すんだ。せっかくの家族水入らずだからね」
エドワードが釘を刺すと、オズワルドは肩をすくめた。
「わかっていますよ。そんなに信用ならないですか?」
「彼女に関することになると、君は取扱注意になるからね。十分気を付けないといけない」
彼はそう言いながら席を立つ。そして、優しい目でオズワルドを見た。
「じゃあ、僕は戻るよ。……頼りにしているよ、オズ」
彼の言葉にオズワルドは目を細めた。
「もちろん。俺は信用できる人だからね、エド」
「ははは、だから君は信用ならないんだ」
エドワードはオズワルドの肩を叩くと、部屋を出て行った。
エドワードを見送ると、オズワルドは部屋に戻ってきた。
「リリー。次は俺と話そう」
座るように促されて席に座る。
「何かありましたか?」
「君が教会に言ったら、しばらく顔を合わせて話すことは難しいだろうからね。今のうちに話がしたかったんだ」
オズワルドはそう言うと、お茶を飲んだ。
「……俺の生きていたころの話を聞いてほしい」
「生きていたころ、ですか?」
「ああ。もう何百年前のことだ。誰かに話すことをしなかったが……君には聞いてほしいと思ったんだ」
彼はカップを置いて笑みを浮かべた。
「俺には愛する母がいた。母は優秀な人だったが、後継ぎになれなかった。だから、母は俺を後継者に仕立て上げるために、教育をした。厳しい人だったが、とても温かい人だったよ」
そう話す彼の表情はとても優しく……その母親のことをとても大切にしていたことがわかった。
「母が亡くなったあと、自分は養子として祖父に引き取られたんだ。だけど、俺はすぐに死んでしまって、母親の願いを叶えられなかった」
オズワルドが悪魔になってからどれほどの時間を過ごしているのかはわからない。教会を作ったというのだから、長い年月が経っているのだろう。……それでも、生きていたころの家族を大切に思っている。それはとても素敵なことだと思った。
「お母様のことをとても愛していたのですね」
「ああ、血は繋がっていなかったが、とても大切にしてくれたから」
「血が繋がっていないのですか?」
「そうだ。元々、俺は貴族の下働きをしていた親の子どもで、貴族のお嬢様に気に入られたから養子になった」
その内容はどこか身に覚えがあった。元平民が貴族に愛されて、貴族の養子になる。それはリリアンの過去と同じだった。
「まるで私の過去みたいですね」
その言葉にオズワルドはうなずく。
「そうだ。君と同じだよ。……俺は生きていたころ、神に愛されていたんだ」
リリアンは息を飲んだ。すぐに言葉を理解できなかった。
「オズワルド様は神の寵愛者だったのですか?」
「その反応は……自分が寵愛者だと知っているんだね。……そうだ。死後、神のもとに行き、ともに時間を過ごした」
「どうして神に愛されていた人が悪魔に……」
オズワルドはゆっくり首を横に振る。
「違うよ。神に愛されていたから、悪魔になったんだ」
すぐに理解ができなかった。ゆっくりと息を吸い、働かない頭で質問をする。
「どういうことですか」
「神の寵愛者は死後、神のもとで数年過ごす。彼の心を慰めるためにね。だが、神に愛される特別な魂だからといって、ずっとそこにいられるわけではない。ほかの魂と同じで、いつか消えてしまうんだ。だが、神はそれを拒んだ」
世界を創造した神が拒んだ。本来消えゆく魂が消えることができない。それは世界の道理を崩すことになる。
「神に愛された魂は、消えることが許されない。だが、同じままでもいられない。魂は少しずつ姿を変えていく。……そうして、悪魔になるんだ」
オズワルドは眉を寄せて視線を下げる。その表情は自嘲に似ていた。
「悪魔になった魂は楽園では異質だ。結局、そこにいられることはできずに、現世へ追い出されてしまう。だから、悪魔は人の魂を食べて、その命とも呼べないものを繋いでいくしかないんだ」
それはいつか、リリアンが歩むことになる道だ。世界の道理を捻じ曲げてまで、神の寵愛者にいてほしいと思う理由は何なのだろうか。
「神はどうしてそこまで、特別な魂を愛するのでしょうか」
「神については、俺も詳しくは知らない。だが、彼は自分を無下にしない人間の魂を好む」
「自分を無下にしないって……。神は人々に慕われているじゃないですか」
「それは神に会っていないからだ。神に会えば、人は態度が変わる」
彼はそこまで言ってから、首を横に振る。
「……いや、今はその話をしたいんじゃない。俺が話したいのは君のそばにいる悪魔だ」
「レジーナ様のことですか?」
「彼女は教会に固執しているのはわかる。きっと、教会を裏で動かしているのは彼女だ。もしかすると、君を教会に招き入れたのも、彼女かもしれない」
確かにレジーナはリリアンが教会に行くことを推奨している。だが、自分が教会に入ることが、彼女に利益をもたらすとは考えられない。
「考えすぎではないでしょうか」
「考えすぎならばいい。だが、警戒することも大切だ。君は神の寵愛者で、利用価値がある。レジーナはそれを見逃さない」
オズワルドは一度視線を落とす。そしてもう一度こちらを見た。
「リリー。君は神の寵愛者だ。いつか、家族が死んだあともこの世界に留まらなければならない。だから、リリー。後悔が残らないように、君は家族を大切にしてね」
一度経験した者からの助言ということだろう。リリアンは素直にうなずいた。




