57話 相棒
リリアンは自分に何ができるのかを考えた。椅子に座って、今までのことを思い返す。
エドワードが言っていたように教会に戻ったとして、果たして元の生活を取り戻すことができるのだろうか。
オズワルドに色々なことを教えてもらったが、それがすべてではないと思う。オズワルドに用意してもらった部屋で考えていると、どこからか、レジーナが現れた。
「あなた、自分のすべきことを見つけられたかしら?」
「レジーナ様」
リリアンは彼女をまっすぐ見ると、お腹の前で手を握り締めた。
「私は……何かをしたいです。ルシルのためにも……そして、私のためにも」
「……そう」
「でも、どうしたらいいのかわからないのです」
レジーナはため息を吐いて、ベッドの上に腰を掛けると脚を組む。
「……本当に、しょうがない子ね……でも、いい目をしているわ」
彼女はそう言って話を促す。
「まずは、あなたの考えていることを教えてちょうだい」
うなずいてから、彼女に向かって独り言のようにぽつりぽつりと話す。
「私が思っていたことと現実が違っていることを知りました。教会は神のもとで、人々を救うためにあるのだと。でも、本当は違うのかもしれないとか思いはじめました」
「やっと、いろんなことを知りはじめたのね。あなたはひとつのことを考えると、視野が狭くなりがちだわ。気をつけなさい。ほかには?」
「それに、メアリー様は完璧に消せたと教会は証拠を掴んでいるそうです。メアリー様を象徴に戻すことはないとはっきりと言っていました。そうなると、私は……」
その言葉にレジーナは眉を寄せる。
「完璧に消せた? それは逆に怪しいわね」
「え?」
「完璧というものほど難しいことはないの。メアリーが相手に完璧に消せたと思い込ませた可能性もあるわ」
レジーナは考え込むように腕を組む。
「あの子は自分の立場が危うくなることをわかっていたはずよ。それの対策をせずに受け入れたと到底思えないわ」
「メアリー様が生きている可能性があるということでしょうか?」
「それは調べてみてもわからないけど……もしそうなら、入念に準備をしたか、協力者がいる可能性がある。あなたみたいにね」
自分の状況を思い返す。ルシルやウィリアムに守られ、レジーナに逃がしてもらった。そして、ウィリアムの能力を使って、誰にも見られることなく、オズワルドの家に移動し、それからはオズワルドに匿われている。
「……私と同じように、メアリー様も誰かのもとに隠れているかもしれないということですね」
「そうね。もしくは……象徴にしか入れない部屋にいるのかもしれない」
「象徴にしか入れない部屋、ですか?」
象徴の部屋があるのは知っている。だが、その部屋に誰も入れないとは聞いていない。
「象徴の部屋の中に、もう一つ部屋があるの。そこには象徴にしかはいれない。もしメアリーが隠れているとしたら、そこにいる可能性があるわ。そうでなくても、彼女に関する手がかりを掴めるかもしれないわね」
「その部屋はどんな部屋なのですか?」
「……花よ」
レジーナは少し嫌そうな顔をしながらも教えてくれる。
「たくさんの花が咲いているわ。そのときの神に愛された者を表した花よ」
前にメアリーが象徴の部屋にも初代象徴が花を好んでいた面影があると言っていた。象徴にしか入れない部屋のことを言っていたのなら、彼女はその部屋の存在を知っていることになる。彼女がそこに隠れている可能性も十分あるだろう。
「象徴にしか入れない部屋に入るには、象徴の証が必要になるわ。その証が部屋に入る鍵になるの」
「その鍵はメアリー様が持っているのではないですか? そうなると、私が入るのは難しいかもしれません」
「持っているかもしれないわね。でも、その証は新たに作ることができるの。作り方はあとで教えるわ」
彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。そんな彼女に疑問を口にする。
「どうしてレジーナ様はそんなことを知っているのですか?」
「……教えたら、あなたは私に手を貸してくれるかしら?」
レジーナは立ち上がると、こちらを見た。
「私は望みがあるの。ずっと、ずっと持ち続けて、叶えることを夢見ていた望みよ」
彼女は笑みを浮かべる。その瞳はリリアンの覚悟を試しているように見えた。聞かずに戻るなら、今だと。
「……どんな望みですか?」
それでも聞いてみたかった。彼女がどうして教会のことを詳しいのか。……どうして、ここまで自分に関わろうとするのか。
その言葉を聞いて、レジーナは口角を上げる。
「教会を潰すことよ」
彼女はリリアンの首に手をかける。まるで絞め殺すように、両手で包み込む。
「どうして潰したいのか、聞いてもいいですか?」
「あなたは、教会が神のもとで、人々を救うためにあると言ったわね? 私もそう思うわ。だけど、今の教会……いいえ、教会はずっとそうでなかった」
彼女は眉を寄せる。その表情はまるで辛い過去を思い出しているように見えた。
「人を思い通りに動かすために、その力を使っている。しかも、使っているのは人間。それは許されることかしら?」
象徴の存在や神の言葉、そして神隠し……。教会はあらゆるものを作り上げ、人々を信仰させて、操ってきた。それが許されることだと思わない。
「たしかに人々の心の支えになるものは大切よ。神に縋るのは別にいい。……けれど、自分のことならば、自分で考えるべきで、その判断を誰かにゆだねるべきではないわ」
レジーナは親指に力を込めて、リリアンの喉を軽く押す。彼女の目は本気だった。
「私は教会を潰す。そのあと、作り直してもいいわ。でも、今の教会はいらない。……あなたは教会を大切に思っていた。そんなあなたは私と手を貸してくれるのかしら?」
リリアンはレジーナの手首をつかんだ。そして笑みを浮かべる。
「もちろんですよ。……あなたが私に手を貸してくれるのなら、喜んで」
この行動は後悔になるのだろうか。それはまだわからない。けれど、行動しなければ、何もはじまらない。そう、レジーナが教えてくれた。
それを見て、レジーナは面白そうに微笑んだ。
「そうね。じゃあ、言い方を変えるわ」
彼女は首から手を離して、その手をこちら差し出した。
「手を組みましょう、リリアン。私の相棒になりなさい」
「相棒だなんて、素敵な響きですね」
そう言って彼女の手を取る。レジーナは目を細めると、手に力を込めた。
「いたたたた」
痛がる様子を見て、楽しそうに笑ってから彼女は腕を組んだ。
「おそらく、あのオズワルドという男は今動きにくい状況にあるわ。何か手があるのなら、あなたが教会に入ってすぐに連れ出すことができたはずだから。それができないということは、準備が必要なのよ」
レジーナは口端を上げて微笑む。
「それで、あなたはどうするの?」
リリアンはレジーナをまっすぐ見ると口を開く。
「私は教会に戻ります。そこに状況を打開する手がかりがあるのなら、必ず戻ります」
レジーナはその言葉を聞くと、満足そうにうなずいた。
「いい子ね。素直な子は好きよ」
レジーナはそう言うと、姿を消そうとした。そんな彼女に問いかける。
「どうしてそこまで教会にこだわるのですか?」
「教会は私にとって特別な場所だからよ」
「……もし、レジーナ様が私の立場だったら、あなたはどうしていましたか?」
レジーナはふっと笑う。
「私なら、迷うことなく教会に戻るわ。私の後悔はそこにあるのだから」
彼女はそう言って姿を消した。
部屋で一人になり、考える。どうすべきなのか。
自分の願いは元の生活に戻ること。そのために、メアリーを象徴の座に戻し、アルバートを追いやる必要がある。
そのために、自分がすべきことは……。




