55話 分かれ道
リリアンは自分がどんな選択肢を決めればよいのかわからなかった。
ここにいればよいというオズワルド。
教会に戻れというエドワード。
自分の前に二つの選択肢を与えられ、自身で選ぶことに恐れを抱いていた。
……いっそ、何も考えずに身を任せてしまったほうが気が楽かもしれない。
それが逃げだということは十分わかっていた。今までずっと、判断を他人にゆだねていきてきた。自分のことも他人事のように考えてきた。そうしていた方が自分に責任がないと思えたからだ。
「このまま、私は……」
「あなた、いったい何をしているの?」
目を開くと、目の前にレジーナが立っていた。
「レジーナ様、どうされたのですか?」
突然現れた彼女はどこか不機嫌だった。彼女はこちらをじっと見ると、頬杖をつく。
「ねえ、あなた。このあと自分が何をするべきか考えているの?」
その問いに体が強張る。
自分のすべきこと……。考えようとしても、頭が回らない。それよりも、自分がこれ以上何かして、事が悪化してしまったらどうなるか。また、誰かを死なせてしまったら……そんなことばかり考えてしまう。
「何も……」
その答えに、レジーナは「はぁ?」と声を上げた。
「自分が巻き込んだせいで、あなたのお友達は死んでるのよ? それなのに、何もしないなんて……ありえないわ」
「それは……」
レジーナの言うとおり、ルシルのことは、彼女の提案を自分が受け入れた。流されたわけではない。自分が決めたことだ。他人事では済まされない。
「……そう、私のせいです」
今まで、人を不幸にしてきた。
自分がでしゃばったことをしたから、兄を自殺未遂に追い込んだ。自分の意志で家を出れば、貴族の養女になり、一つの家を狂わせた。そして自分が教会に行くと決め……私が、ルシルを殺した。
自分が何かをしようとすれば、必ず不幸がついてまわる。それにもかかわらず、自分に期待し、行動した。
「私はルシルに命をかけてもらうような存在じゃないのに……。どうして彼女はそこまでして……」
そう呟いて気づく。……前に似たようなことを考えた。
オズワルドに頼ってほしいと言われたとき、なぜ自分にかまうのだろうと思った。それだけではない。良い兄でありたいと言って兄は自殺未遂をした。一度しか会ったことのないナタリアに養女として迎えられた。人を避けていたのにウィリアムは友達になりたいと言い、ルシルは自分を追って学園に来た。……そして、メアリーは自分のことを特別だと言った。
元の家族も、今の家族も、自分のことをおかしいほど可愛がってくれる。……いや、おかしいほどではない。おかしいのだ。
「これではまるで、私が神の寵愛者のよう……」
そう言って、口元をおさえる。ありえない。自分が寵愛者なわけがない。そう否定しても、辻褄が合ってしまう。信じられない思いで自分の手を見ていると「ふふふっ」と言う笑い声が聞こえた。
「あら、あなた。今ごろ気づいたの?」
レジーナは面白そうに目を細めてこちらを見ていた。ふわりと浮かびあがり、リリアンの前に降り立つ。
「ねえ、あなた。誕生日に花を贈られたことは?」
「毎年、白百合が……」
「その花は一年中枯れないんじゃないかしら?」
「それは……」
「なぜか、よく人に好かれてしまって、困った経験は?」
「…………」
レジーナはニィと笑う。
「それは全部、神の寵愛者の特徴よ」
よくわからなかった。彼女の言っていることが。わかりたくなかった。
彼女はリリアンの反応をじっくり見ようと、その顔を覗き込む。
「どう? 神に愛されているのよ。憧れていたでしょう?」
「そんな、でも……私なんて」
「信じるか信じないかの話じゃないわ。事実なのよ」
たしかに、神に愛されている人に憧れていた。メアリーのように神に愛され、人々を大切にし、自分もまた人々を大切にする。正しいことを行なおうとし、人間らしさもある彼女が……ひどく羨ましかった。
「でも、おかしいですよ。もし、私が本物の神の寵愛者で、この体質が周りを狂わせたのなら……まるで、呪いのよう……」
「呪いよ。人に好かれるのは良いことだけじゃないわ」
レジーナは言い切ると、真剣な表情でこちらを見た。
「勝手に信頼されて、期待される。そして、勝手に裏切られたと恨まれるの。……笑っちゃうわよね」
幼いころから、人に囲まれていた。友達に取り合いされるのは当たり前で、初めて会った人間ともすぐに打ち解けることができた。実家を出て、人と距離を取ったことでそういうことは減ったが……全くなくなったわけではない。
この体質がなければ……エドワードに教会に入るように依頼され、象徴候補になることもなかったのだろうか。
「どうしても感情というものは生まれてしまう。それによって左右されてしまうこともあるの。それに振り回されるのがあなたよ」
「どうして、そういう体質を持った人が生まれてきてしまうのでしょうか」
そう尋ねても、レジーナはわからないというように首を横に振る。
「神のみが知ることよ。よく言われているのは、神が心を癒す存在を求めたからというのと……均衡を保つためってやつかしら?」
「均衡……」
何の均衡を保つのだというのだろうか。少なくとも、寵愛者に比重が傾いているようにしか思えない。……きっと、それも神のみが知るところなのだろう。
「とにかく、その体質は都合の良いものじゃないわ。押し付けられたの。望んで手に入れたものじゃないんだから。……なら、利用しないともったいないじゃないかしら?」
レジーナはそう言うと、リリアンの手を取った。
「あなたはこの体質を理解していなかったから、うまく活用できなかった。でも、今は知ることができた。もっと利用するべきよ」
彼女は両手でリリアンの手を包み込むと、笑みを浮かべて手を握った。
「教会に戻りなさい。それが今のあなたにできる最善のことよ」
彼女は何かを欲しているようだった。何かをしてほしい。そういう目をしていた。その期待した瞳が恐ろしくて……彼女の視線から逃れるように、下を向く。
「ですが……私が戻って何ができるでしょうか」
「できることはたくさんあるわ。……いいえ、あなたじゃないとできないことがある。ルシルって子の仇を討ちたくないの?」
「そんなこと……ルシルが望んでいるとは思えません」
その言葉を聞き、レジーナは眉間に皺を寄せる。
「今はあなたの気持ちの話をしているのよ」
「私は……」
レジーナの手から自分の手を抜いて、一歩下がる。
「私が誰かを不幸にするなら……もう何もしたくありません……」
自分が何かをしようとしたから、人を不幸にした。それならば、自分が何もしなければ、何も起こらないのではないか。……人と深く関わらないようにしていたあの頃のように。
ぎゅっとスカートを握り締める。それを見てレジーナは舌打ちをした。
「……うつむいてる暇なんてないわよ!」
彼女はそう怒鳴ると、リリアンの顎を掴み、グイッと顔を上げさせた。
「ふざけんじゃないわ。あなたがメソメソしていたら、あの子が戻ってくるというの!? そんなことない。戻ってこないわ。なら、前を向くしかないのよ……!」
レジーナの鋭い瞳がこちらを睨む。彼女の瞳には激しい怒りがあった。
「私は殺された。それでもここにいる。自分の過去に囚われてんじゃないわよ!」
彼女はリリアンから手を放すと、フンッと鼻を鳴らした。
「……まずは情報を得なさい。あなたは何も知らなすぎるわ。人に与えられるのを待っているのは子どものすることよ。……私なら、後悔をそのままにしないわ」
レジーナはそれだけ言うと、姿を消した。




