53話 逃げ道
リリアンたちは、ウィリアムの瞬間移動能力でオズワルドの家の前に来た。
突然の来客にもかかわらず、彼の従者はリリアンたちを見るとすぐに取り次いでくれた。温かい室内に入ると、オズワルドはいつもの笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。俺を頼ってきてくれて嬉しいよ、リリー」
「オズワルド様……」
「君が頼ってくれるのをずっと待っていたよ」
彼は家の中へと案内してくれる。その端で彼の従者がルシルを連れて行こうとする。
「ルシル……」
思わず追おうとすると、オズワルドがそれを止めた。
「大丈夫。彼女を綺麗にするだけさ。血の付いた服じゃ、可哀想だからね。……君も」
自分の服を見れば、ルシルの血で赤く染まっていた。彼女に触れた手も赤い血が付着している。
「着替えておいで。それまでには君の大切な友人を返してあげるから」
オズワルドの言葉に従って、一度着替えに行く。女性の従者によって湯浴みをさせてもらい、みんなの集まる部屋に戻れば、ルシルはベッドに横たわらされていた。汚れていた服から着替えさせられて、血は綺麗に拭かれている。
「ルシル……」
ホッと息を吐いて彼女を見ていると、オズワルドに呼ばれた。
「リリー。少し話そうか」
ルシルに後ろ髪をひかれる思いをしながらも、彼にエスコートされて席に着く。見れば、ウィリアムも席に座っていた。そこにはクライヴの姿はない。
「クライヴには帰ってもらったよ。追って連絡するって。大丈夫。彼は賢い人だから、自分や家族に不利になるようなことは言わないよ……今からは、少し深い話になりそうだからね」
彼はそう言って笑うと、リリアンとウィリアム、そしてルシルに目を向けた。
「さて……。まさかリリーがここに来てくれるなんて思わなかった。君は教会に入ることを俺に教えてもくれなかったから、少し寂しかったんだ」
オズワルドはそう言いながら、寂しそうに眉を下げる。
「オズワルド様なら、ご存じかと思って……」
「君が象徴候補になっていることは知っていた。けれど、すぐに教会に入るとは考えていなかった……エドワードに嵌められたよ」
「エドワード殿下ですか?」
そういえば、オズワルドが迎えに来ると言っていた日、彼はエドワードの依頼で約束を守ることができなかったはずだ。そして、その日のうちにリリアンは彼に呼び出された。
「あいつ、このことを事後報告してきたんだ。君を巻き込めば、俺を巻き込むことができると考えていたんだろう……本当、性格悪いよな」
口ではそう言いながらも、仕方がないといった様子だった。
「君たちの様子から、だいたいのことは予想できる。おそらく、教会で襲われたんだろう。そして、一人が犠牲になったと」
オズワルドがルシルに目を向ける。彼女は眠っているように目を閉じていた。少し経てば「寝てたー!」と言いながら起き上がってきそうだ。
「……はい」
オズワルドはこちらを見ると、心配するような表情を浮かべる。
「……一人で大変だったね、リリー」
その言葉に首を横に振る。
「私一人ではありませんでしたから……」
「そうだね。教会から遺体を連れて出るには、足での移動は無理だ。そうなると……移動能力、つまり御使いが味方にいるね」
オズワルドはウィリアムの方に視線を向ける。ウィリアムは汗をかきながら、ゆっくりと彼の視線を避けた。
「ほかにも手を貸した者がいるようだけれど……」
彼はリリアンの後ろを見た。誰もいないそこを睨むように見つめると「まぁ、いい」と呟く。
「リリー、大丈夫だよ。あとは俺に任せて、今日は休んだほうがいい。また明日、話そう」
「……ありがとうございます」
オズワルドの言葉にお礼を言う。そして、それぞれ客室に通されて休むことになった。
用意してもらった部屋は以前、猫として生活していたときよりもずっと広い部屋だった。昨日まで、隣にはルシルがいた。慣れない部屋にいても寂しくなかった。それよりも広い部屋に一人でいるのは、心細く感じる。
……一人で教会に入れば良かった。それなのに、ルシルを巻き込んでしまった。自分が何もしなければ、彼女は死なずに済んだかもしれない。
今日も時が経てば過去になる。以前、メアリーがそう言っていた。わかっていたはずなのに、どうして後悔をするようなことをしてしまったのだろうか。
時は戻すことができない。もう、ルシルを救うことはできない。彼女は……もうここにはいないのだ。
「ルシル……」
気を抜けば、涙がこぼれそうだった。熱くなる目元を両手で覆う。
その日は到底眠れるはずもなかった。
次の日、朝食を摂るために、食堂へと案内された。頭が回らず、ぼーっとしてしまう。眠い目をこすりながら歩いていると、ウィリアムと合流した。
「リリー、大丈夫か」
彼は心配そうな面持ちでこちらを見ている。心配させないようにと笑みを作った。
「大丈夫ですよ」
「……そう」
彼は眉を寄せて視線を下げる。それ以上、何も聞いてこなかった。
食堂に着くと、オズワルドが迎え入れてくれた。彼はリリアンの顔を見て、眉を下げる。
「眠れなかったんだね、可哀想に。お腹は空いているかい?」
「大丈夫です。私は、大丈夫」
そう答えても、彼は表情を変えなかった。
朝食は三人で取った。オズワルドはこの家を自由に使っても良いという。それ以上内容に触れようとしない彼に尋ねる。
「オズワルド様、私は……」
「君は何もしなくていいよ。俺がすべて解決するから」
「ですが……」
「リリー。もう誰も失いたくないだろう?」
「…………」
そう言われてしまえば、黙るしかなかった。けれど、ホッとしている自分もいた。それが情けなかった。
そのまま何も情報共有されることなく、朝食を終えた。
「俺は用事があるから。リリーは休んでて」
オズワルドはそれだけ言うと、早々に外へと出ていった。
「リリー……」
ウィリアムが声をかけてくれる。だけど、一人で考えたかった。
「ごめんなさい、リアム。一人にしてくれますか?」
「……わかった」
彼はうなずくと、リリアンから離れていった。
リリアンは一人で部屋に戻った。ベッドの上に横たわって、昨日の情景を思い出す。
自分がクライヴを助けようとした。そんな自分をルシルが庇った。
変わりたくて、自ら教会に向かったが、こんな風に変わりたくなかった。
いつも隣にいたルシルがいない。三人で楽しくお喋りをして過ごした時間はもう戻らない。
「ルシル……」
やはり、自分はここにいてはいけない存在だったのだ。自分が存在したら、周りがどんどん不幸になる。
「……神様。不幸になるなら、私だけにしてください」
ベッドの上でうずくまって泣いていると、扉がコンコンと叩かれる。
「リリアン様」
外からオズワルドの従者の声が聞こえる。
「……はい」
涙をぬぐって起き上がると、その人は扉を開けて声をかけた。
「お客様がお待ちです」
「お客様……ですか?」
リリアンがこの家にいることを知っている者は限られる。そうなると、クライヴだろうか。
オズワルドは外出している。彼がいない中、自分が家主のように対応していいものか。そう悩みながらも、起き上がって扉に向かい、従者のあとをついて行く。応接間に案内されて中に入ると、リリアンは息を飲んだ。
暗い緑色の髪を持ったその人は、柔らかく笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「久しぶりだね、リリアン」
「……エドワード殿下」
そこにいたのは第一王子、エドワードだった。




