51話 襲撃
その日はなぜかディアドラがそばにいなかった。リリアンは不思議に思い、近くにいた女性の御使いに声をかけた。
「なぜ、ディアドラがいないのですか?」
そう尋ねると、彼女はにこりと笑って教えてくれた。
「ディアドラは本日、アルバート様に呼ばれて部屋を離れております。お昼になれば、この部屋に顔を出すと思いますよ」
ディアドラはアルバートの命令によって、自分についているのだろ。そう考えれば、彼女がアルバートに呼ばれることもあるのだろう。
午前はディアドラがいなくても、いつものように授業が進んでいった。相変わらず、ルシルは後ろで両脚に負荷をかけながら立っている。お昼が近くなると、教師役の御使いは部屋を出ていった。
普段はディアドラくらいしか、リリアンに話しかけるようなことをしなかった。だが、その日は違った。
「リリアン様。お疲れのようですね。もしよろしければ、礼拝堂へ行きませんか? よくいらっしゃったでしょう?」
側に控えていた御使いがそう提案をした。その人はこっそりと話してくれる。
「実はリリアン様が毎日のように礼拝堂に来ていたことを知っております。最近は勉強ばかりで息が詰まるでしょう。少しだけ、行ってみませんか?」
たしかに通うように礼拝堂に何度も訪れていた。自分の顔を覚えている御使いもいるだろう。……それに疲れているのも事実だった。ルシルの方に目を向ける。彼女は目が合うとうなずいてくれた。御使いの方を向いて問いかける。
「よろしいのでしょうか……?」
「もちろんですよ」
その人は笑顔でうなずく。案内をお願いし、久々に礼拝堂に足を踏み入れた。
かつてはよく通っていた礼拝堂も少し懐かしく感じた。今は午前と午後の間の開かれていない時間らしく、人の姿はない。薄暗い礼拝堂の中でステンドグラスが日差しを浴びて煌めいている。その光を見上げながら歩いていると、椅子に誰かが座っているのを見つけた。灰色の髪をきっちりとまとめた姿は後ろ姿で誰かわかった。養父のクライヴだった。
「…………」
彼は静かにステンドグラスへ祈りを捧げていた。
リリアンが教会に通うようになったのは、養母のナタリアがきっかけだった。彼女は教会へよく連れて行ってくれた。そんな彼女はクライヴに連れて行ってもらうようになってから通うようになったのだと言っていたことを思い出す。
「隣に座ってもよろしいですか?」
「…………」
クライヴはこちらを見ると、少しだけ場所を開けてくれた。座っても良いということだろう。
「隣、失礼しますね」
クライヴと一緒にステンドグラスを見上げる。彼は何も話そうとしなかった。
「昔のクライヴ様は、とてもお優しい方だったと養母様から聞きました。よく教会へ来ていたとか」
「あれにせがまれたから連れて行っただけだ」
「クライヴ様は養母様を大切に思っていたのですね」
「……どうだか」
彼はそれだけ言うと、静かにステンドグラスを眺めた。
不思議だった。ステンドグラスを前にした彼は、とてもリラックスをしているように見えた。自分がする質問にも、すべて答えてくれている。
「クライヴ様にとって、教会は特別なところですか?」
「……父に連れてきてもらったところだからな」
彼はそう言うと、落ち着いた声で語る。
「私の父も教会に関わる仕事をしていた。だから、私にとっても身近な場所だった。それだけだ」
ナタリアはクライヴの父親のことも仕事人間だと言っていた。きっと彼はその父親の影響を受けているとも。
「……お祖父様はどんな方でしたか?」
「真面目で勤勉な人だった。不器用だったが……私を大切にしてくれていたのは伝わってきた。とても尊敬している」
「ふふふっ」
その話を聞いて、つい笑ってしまう。
「何を笑っている」
「いえ、同じことをおっしゃるので、つい……」
「何の話だ」
クライヴはこちらに視線を向ける。そのとき、初めてちゃんと目が合った気がした。
「養母様と義兄様が、あなたのことを同じように話していました。真面目で堅物なだけで、悪いことをする人じゃない。不器用だけど……家族のことを考えてくれる。義兄様の目標だとも聞きました」
「……馬鹿馬鹿しい」
彼はあきれたように息を吐く。だが、それ以上の文句を言わなかった。不思議と彼の隣にいるのは心地よい気がした。義兄のアレクシスの隣にいるときのような、優しい気持ちになる。
クライヴのことはよく知らない。ナタリアやアレクシスから聞いた話でしか彼を知らなかった。……だから、彼のことが知りたいと思った。
「クライヴ様、あの――」
そのとき、礼拝堂の扉が乱暴に開かれた。大きな音がして礼拝堂の出口を見ると、そこには剣を持った者たちが三人ほど立っている。
クライヴは立ち上がり、その者たちに言う。
「ここは礼拝堂だ。許された者以外は帯剣してはいけない。すぐに下ろしたまえ」
剣を持った者たちの姿を見ると、貴族ではないことがわかった。礼拝堂は時間によって平民にも開かれてはいるが、今は開放時間ではない。
ルシルが剣を構えてリリアンの前に立つ。見れば、案内してくれた御使いの姿が見当たらなかった。彼らの目は自分に向かっている。……狙いは自分なのだと気づいた。
男たちは距離を縮める。そこへルシルが剣で斬りかかった。その速さに、一人が斬りつけられた。女一人しかいなかったため油断したのだろう。二人相手にルシルは何とかいなす。けれども、それだけで精一杯のようだった。剣と剣がぶつかり合う音がする。どうしたら良いかと途方に暮れていると、クライヴがその腕を掴んだ。
「リリアン、お前はこっちに……」
彼はそう言って、安全な場所へ連れて行こうとしてくれる。その目の前に、先ほど斬りつけられた男が剣を振りかぶって立っていた。
「クライヴ様!」
思わずクライヴの前に立ち、背で庇う。剣を体で受けようとして目を閉じた。
……痛みは走ってこない。そっと目を開ければ、斬りかかろうとしていた男が倒れた。彼の後ろにはルシルが立っていた。
「ルシル……!」
ホッとしたのは束の間だった。彼女はそのまま倒れた。その背中には二つの斬られた痕があった。相手をしていた二人に背を向けて、深く斬りつけられたのだとわかった。
「ルシル、そんな……」
彼女の背中からは赤い鮮血があふれてくる。ルシルは深く斬りつけられてもなお、立ち上がろうとする。だが、傷が深いせいか、立ち上がることができない。
「私のせいだ……」
リリアンは咄嗟に倒れている男の剣を手に取った。そして、ルシルに加勢しようと近づく。
「来るな!」
ルシルの怒号が聞こえる。それでも彼女のもとへ歩いた。そして、剣を構えた二人を見る。リリアンの表情に感情はなかった。
男二人はニヤニヤとしながらこちらに剣を突き付けた。
「楽な仕事だったな」
そう言って、男の一人が斬りつけようとした。
「……ふざけないでください」
襲い掛かる男の剣を、リリアンは剣でいなした。驚きで目を見張る男たちの前で剣をかまえる。
「私だって、大切な人のために戦いたい」
自分では力不足だということはわかっていた。それでも、力がほしかった。
ボロボロと涙があふれ出る。足は震えている。あまりにも弱い。一人で二人に勝てるとは到底思えなかった。
誰か……。そう思った瞬間、ふと言われたことを思い出す。
助けが必要なときに、呼んでほしいと言った彼の言葉を。
「……助けて、リアム」
そう名前を呼んだとき、ステンドグラスが光った。




