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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
6章

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50話 あなたの騎士


 テオドールを目の前にして、リリアンも慌てて跪く。彼はリリアンの目の前に来ると、こちらを見下ろした。


「お前が新しい象徴か」

「リリアンと申します」

「……どうして、お前が」


 テオドールは眉間に皺を寄せて、唇を噛む。その瞳は強い憎しみがあった。それが自分に向いている。


「…………っ」


 何も言えずにいると、彼はアルバートに言い放った。


「象徴のお披露目を延期しろ」


 その言葉に思わず顔を上げてしまいそうだった。ぐっと堪えて周りの様子を窺った。

 アルバートはテオドールに対し、淡々と答える。


「なりません、殿下。これは決まったことなのです」

「俺はこの女を認めていない」

「ですが、教会には象徴が必要なのです」

「なら……っ」


 テオドールは何かを言おうとして、ぐっと唇を噛みしめる。


「……とにかく、延期しろ。いいな」


 彼はそう言って、部屋を去っていった。彼のあとをバタバタとほかの者がついていく。外から「ついてくるな!」とテオドールが怒鳴っている声が聞こえた。


 その様子を見て、立ち上がってからアルバートの方に目を向けた。


「延期されますか?」

「しません。これは決定事項です。あなたはその日を待てばいいのです」

「……わかりました」


 テオドールが出ていった扉に目を向けながら問いかける。


「あの方は私が象徴になるのを反対しているのでしょうか」


 アルバートはその問いに対して、小さく笑った。


「気にすることじゃないですよ。彼は前の象徴と少し仲が良かったですから。彼女のいた場所にほかの人が座ることが少し面白くないんですよ」


 彼は椅子に腰を掛けてカップを手に取った。


「まあ、彼も王子とはいえ、年頃の男の子ですから。周りに反抗的な気持ちになることもありますよ」

「そうなんですね……でも」


 リリアンは席に着きながら、メアリーの姿を思い描く。とても優しい象徴だった。彼女のことを慕っていた人はきっと多いだろう。


「メアリー様は素晴らしいお方でしたから……突然いなくなって、寂しいのかもしれないですね」


 そう言って、彼をちらりと見た。アルバートは表情を崩さない。だが、リリアンの言葉に同意することも、否定をすることもなかった。

 彼はカップを置くと、こちらを見る。


「あなたは、ロザリーという女性を知っていらっしゃいますか?」


 その問いは唐突で、すぐに反応できなかった。


「ロザリー様、ですか?」

「はい。象徴でありながら、玉座についた過去の偉人ですよ」

「お噂は聞いたことがありますが……詳しいことは」

「そうですか」


 表情は変わらなかったが、彼の視線がリリアンから外れたことは見逃さなかった。

 

 教会がロザリーのことを教会の人間が王になる前例として出しているのは知っていた。前例として都合が良いからだと考えていたが、なぜこの場に話題として挙げたのだろう。テオドールの王位継承権を主張するためだとしも、リリアンに言ったところで意味はない。彼らにとって自分もまた、都合のいい人形なのだから。


 ……いや、それとも、アルバート自身にロザリーに思い入れがあるのだろうか?


「リリアン様。あなたはどんな象徴になりたいですか?」


 その問いに、考える素振りを見せることなく答えた。


「大それたことができるとは考えていません。ですが、周りの方たちの助けを得ながら、役目を務めたいと考えております」


 それがこの場での正しい答えだと思っていた。だが、あなたたちの人形であると伝えたはずに彼は表情を変えない。


「元の生活に戻りたいと思いますか?」

「それは……」


 続けて尋ねられた質問にすぐ答えることができなかった。

嘘を吐いてしまうのは簡単だった。けれど、戻りたいと思わないと口にするのは嫌だった。


「……家族のことは大好きです」


 アルバートは目を細める。羨ましそうな、悲しそうな、複雑な表情だった。


「そうですか」


 彼はそれ以上何も言わなかった。


 アルバートとのお茶会は大した収穫もなく終わった。彼はずっと笑みを崩すことはなかった。まるでお面を被っているように見えた。




 二人は部屋に戻ってきて、大きく息を吐いた。お茶をしただけだというのに、強い疲れに襲われる。


「気疲れって、どうして運動したときよりも疲れるのかしら?」


 後ろに立っていたルシルも気を張っていたようで、肩をほぐしていた。

 リリアンはルシルに座るように促してから、自分も椅子に座る。ルシルは、ふーと息を吐きながら椅子に座ると、「そういえば」と口を開いた。


「アルバートが話していたロザリーって、前に話題に出た人よね?」

「はい。教会は昔、象徴であったロザリー様が王座に君臨していたことから、テオドール殿下が王位継承権を得る権利があると言っているようです」


 以前、メアリーが教会には歴代象徴に関する資料があると言っていた。教会もそこでロザリーの存在を知ったのだろう。都合がいい存在として、教会全体がそう言っているのだと思った。だが、今日の様子を見ていると、どうやらアルバートが彼女に対して思い入れがあるように思えた。


「どうして、彼はロザリーの名前を出したのでしょうか」

「ただ都合が良いからじゃないの?」

「それもあるでしょうが……ほかに理由があるような気がして」


 アルバートと接したのはこれで三回目だ。彼がどのような人であるのか、まだ掴めていない。どうして権力を欲しがるのか、どうしてそこまでロザリーにこだわるのか……今の情報だけでは何も判断することができなかった。


 難しい顔をしながら考えていると、ルシルがくすりと笑った。


「なんだか、こうして丸一日あなたと過ごすのは不思議な気分ね」


 彼女はそう言って、こちらに目を向ける。


「ねえ、リリーに聞いてほしい話があるの」

「どんな話ですか?」


 ルシルは少し悩むように視線をさまよわせたあと、決心したように口を開いた。


「あなたの家族が……ロイ兄さんが、あなたに会いたがっていたわ」


 その言葉に息を飲む。何も言わないでいると、ルシルは言葉を続けた。


「学園に入る前、私はあの人に会ったわ。あなたの実家ではない別の商店で働いていたのよ。見たときには私も驚いたわ」


 心臓の音が耳に響く。息が思うようにできなかった。だが、何とかして口を開く。


「……どんな様子でしたか」

「元気そうにしていたわ。とても、昔自殺をしようとした人に見えなかった」


 それを聞いて、目元が熱くなるのを感じた。涙が出そうになるのを堪えながら、胸元で手を組む。


「よかった……。私が離れたから、兄さんは落ち着いたのですね」

「たしかに、あなたと離れたから冷静になれたのかもしれない……でも、ロイ兄さんが言っていたわ」


 ルシルは優しい瞳でこちらを見る。


「……リリーに会いたいって」

「それは……」


 会って、自分を責めたいのだろうか。自分のせいで家を継げなくなったと罵りたいのだろうか。彼らからの手紙にいつも返事をせずにいた。彼らからの憎しみをまだ受け入れられずにいる。それに……向き合ってほしいということなのだろうか。


 そんなリリアンの手を、ルシルはなだめるように優しく触れた。


「リリー。あなたは自分の過去が嫌いだと言ってた。私もいっぱい後悔したから、過去と向き合いたくないわ。でもね、嫌な思い出にばかり囚われていたら、もったいないわよ。……きっと、素敵な思い出もあったはずだから」


 彼女はそう言ってリリアンの手をポンポンと撫でる。


「いつか、あなたと一緒にいるこの時間も思い出になる。そのとき、私は後悔したくないし、あなたにも後悔してほしくないの」

「ですが……」

「リリー。怖がらないで。大丈夫よ、あなたはきっと帰れる」


 ルシルの優しい言葉に、リリアンの心が少しずつほどけていく。


「……ルシルも一緒に帰るのでしょう?」


 ルシルは嬉しそうに笑って、眉を下げた。


「そう言ってくれて嬉しいわ。でもね、私はもう教会の御使いだから、帰ることはできないの」

「そんな……」


 よく考えてみればそうだ。彼女はリリアンと一緒にいるために、自分の正体を明かした。そして、信用できない教会に身を置いたのだ。


「ルシル、一緒に帰る方法はありませんか?」

「わからないわ。でも、リリーが望むなら、私は何だってする」


 彼女はそう言うと、リリアンの指と指を絡めた。剣を握る厚い手が、優しく手を撫でてくれる。


「リリー。私はあなたを愛しているの。ずっと言っていなかったけれど……あなたが思っている以上に、大切に思っているのよ」

「でも、私は……」


 ルシルの視線が熱い。その目を見ていると……どこか不安な気持ちになる。

 思わず立ち上がり、彼女の首に抱きつく。


「私もルシルが大好きです。だから、一人になろうとしないで」

「リリー……」


 困った声が耳元に聞こえる。けれど、彼女は優しく髪を撫でてくれる。彼女の匂いがした。甘くて優しい匂い。鍛えられた体は少し硬くて、けれど温かかった。


「リリー。私があなたを帰してあげる。だから、私の望みも聞いてくれる?」

「……ルシルの望みは何ですか?」


 彼女は目を細めて、優しく微笑んだ。


「私はあなたの騎士でありたい」


 ルシルはそっと離して、顔をじっと見つめてくる。その瞳は死を覚悟しているようで……少し怖かった。



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