48話 忠告
その日の授業を終えて、リリアンとルシルは息を吐いた。
「疲れたわね……」
リリアンが授業を受けている間、ルシルは両足を開いて密かに筋肉を鍛えていたらしく、震える脚をほぐしていた。
「ルシルが後ろで足を震わせて立っているから、つい笑ってしまいそうでした」
「ダメよ、授業に集中しなくちゃ」
そう言って、二人は顔を見合わせて笑う。
「それにしても、なかなか外に出られないわね」
「正式な象徴としてのお披露目まで、教育を受けるように言われていましたから……もしかすると、それまでずっと外に出られないのかもしれないですね」
「何それ!? 外に出て思いっきり体を動かしたいわ!」
ルシルは力が抜けたように肩を落とす。リリアンも真似するように肩を落とした。
「私も外に出たいです。……このままだと、得られる情報も少ないでしょうし」
リリアンの部屋に来るのは貴族の御使い……それも、アルバートの息がかかった者だけだ。会話や様子から得られる情報もあるだろう。だが、彼らは情報を漏らさないようにしているのか、基本的にはディアドラを通じて話すことしかできない。
「もっと、ほかの人とお話がしてみたいのですけれど……本当なら、テオドール殿下ともお話したいのです」
「彼から会いに来てくれればいいのにね」
「おそらく、殿下も監視下に置かれているでしょう。ですが、このままではエドワード殿下の依頼が遂行できません……」
教会に入る前まで、リリアンの相談相手はメアリーとレジーナだった。
メアリーは行方不明、レジーナは教会に入ってから姿を現していない。リリアンが教会に入ることに興味を示していたから、ついてくると思っていた。
教会について詳しくない二人では、良い案が浮かばない。
「やっぱり、ディアドラに頼むしかないかしら?」
「そうですね。ダメ元で一度頼んでみます」
次の日、リリアンは話していた通り、ディアドラに質問をした。
「テオドール殿下とお会いすることはできないでしょうか?」
彼女は横目でリリアンを見ると、質問で返した。
「なぜお会いになりたいのです?」
「私、この教会に来てから、殿下にご挨拶ができていないので……」
まだ教会に来てから、テオドールの姿を目にしていない。まだ象徴になっていない自分を除いて、この教会で一番偉い人になるだろう。
「殿下とは簡単にお会いすることはできません。あなたが正式な象徴になることができれば、お会いすることができるでしょう」
「では、私が正式な象徴になるのは、いつごろでしょうか?」
「この教育は二週間で予定が組まれております。あなたの様子を見て、最後にアルバート様と面談をします。象徴としてふさわしいと神がお決めになりましたら、正式な象徴になることができるでしょう」
この教育期間は終わりが決められている。つまり、それまでにメアリーの情報を得なくてはいけないということだ。このまま部屋を出ることが叶わなければ、何も情報を得られないまま、象徴にさせられてしまう可能性が高い。
「象徴は神に愛された人がなるものだと聞いております。神は成長した姿を見て、決められるのでしょうか」
レジーナは、象徴は教会に洗脳された存在で、神に愛されている必要はないと言っていた。今回のように突然選ばれたリリアンのことを、どうやって周りに公表するのだろうか。
「神が愛するのは、その人の素質です。教会の象徴としてふさわしく、人々を導くことができ、動かすことができる者が象徴として選ばれるのです」
ディアドラが言う素質は、レジーナが言っていた神の寵愛者と似ているような気がした。教会ではそういう認識をされているのだろうか。
「では、メアリー様が象徴になったのは、神がお認めになったからでしょうか?」
「あの者は……連れて来られたのですよ。今まで象徴は管理者の実家である公爵家によって、見つけ出され、連れて来られています。その慣例に従ったまでです」
おそらくその公爵家によって、象徴は洗脳されているのだろう。そうなると、メアリーを洗脳しなかったのも公爵家による判断だと考えられる。
「では、今回はどうして教会側が私を選んだのでしょうか」
「アルバート様の判断です。彼がどうしてそうしたかまでは私にはわかりません」
つまり、象徴として認められるのもアルバートの判断によるということだ。彼との面談までの間にできることは何だろうか……。
「まだ象徴ではない私が色々と知りたいとなった場合、どうしたら良いでしょうか」
彼女はそう言うと、周りをチラリと見てからふぅっとため息を吐く。
「あなたはまだご自分の立場がわかっていないようですね」
ディアドラの目は厳しい。まるで怖い教師のようだ。
「今、あなたは選ばれる立場にいます。まだ象徴ではないのです。まだ勝手な行動が許されないのです。……いいですか、これは忠告ですよ」
不思議な気持ちだった。おそらく、ディアドラには好かれていない。それにもかかわらず、彼女は言葉をくれるのだ。
「なぜ、忠告をしてくださるのでしょうか」
そう首をかしげて尋ねれば、彼女は頭が痛いというように額をおさえた。
「……仕事を任された私の立場にも影響するということです。あなたの行動が周りにも影響を及ぼすこと、お忘れなきよう」




