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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
6章

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46話 ルシルの後悔


 夕食を終え、眠る時間になってやっと監視の目が解かれた。人にずっと見られていたリリアンより、ずっと側で立っていたルシルの方が疲れているようだった。


「ルシル、座ってください」

「護衛ですから」


 護衛という立場を徹底しているルシルは座ろうとしない。

 リリアンは息を吐くと、彼女の手を取った。


「そうやって、ずっと立っているつもりですか? 護衛ならば、自分の体調管理もしてください」


 そう言って、彼女を椅子の前に誘導する。


「リリー……」

「今からお友達としてお話したいです。……座ってくれますか?」


 その言葉に、ルシルはうなずいて座った。


「悔しいわ……明日は筋トレしながら立つことにする。筋肉を鍛えないと……」


 ルシルが自分の体力のなさに悔いているのをくすりと笑ってから、本題を口にした。


「ルシル、教えてください。今日、私が教えてもらったことは、どのくらいが本当のお話だったのでしょうか」


 その問いに、ルシルは眉を寄せて「うーん」と考え込む。


「教会のことなんて、私は多く知らないわ。……けれど、教会が嘘つきだということは知っている」

「どういうことですか?」

「御使いは未来を予言できないし、過去も見ることはできない。ましてや、神の言葉も聞くことなんて、絶対にできないわ」


 御使いは神の言葉を聞いて、人々を導く役割を持っている。ときには過去についても話すことができ、彼らは何でも知っていると言われている。彼女はそれを全くの嘘だと言う。


「人は肉体が死んだのち、その魂は御使いに回収されて神のもとへ行く。神によって選別され、楽園へ行った魂はいずれ消えゆくわ。……けれど、消えない魂もあるの」

「神に愛されている人の魂ですか?」


 そう尋ねると、ルシルは首を横に振った。


「強い後悔を抱いた者の魂よ」


 彼女は自分の手のひらを見つめて眉を下げる。


「強い後悔を抱いた魂は、強すぎる思いから自分で消えることができない。そのため、神はその魂を転生させ、肉体を授けた。魂を回収するという役割とともに。……それが御使いよ」


 ルシルはそう言うと、自分の胸元に手を当てる。


「だから、過去が見えるというのは生まれ変わる前の記憶でしかないし、未来が見えるというのも死が近い人間を知ることができるだけ。それをあたかもなんでも知っているかのように言っているのよ」

「どうしてそんなこと……」

「難しいことはわからないけど、そうした方が都合がいいんじゃないかしら?」


 ルシルは昔から神や教会に対する信仰心が薄いと思っていた。それは教会の嘘に気づいていたからなのだろう。


「ルシルは後悔を晴らすために、生まれ変わったんですか?」


 その言葉にルシルは苦笑する。


「違うわ。生まれ変わったんじゃなくて、生まれ変わらされたの。私も他の人たちもきっと、生まれ変わったことに感謝はしていない。生まれ変わったところで、別人。過去をやり直せるわけじゃないわ。体よく役割を押し付けられただけ……後悔は時間と一緒に風化させろってことよ」


 前に会った司書の悪魔が言っていた。魂もエネルギーがなければ、存在し続けることができない。思いが強すぎる者は、強すぎるがゆえにエネルギーも強く持っているということだろうか。


 そう考えて、ハッと顔を上げた。ルシルと目が合う。


「……ルシルの後悔って」


 彼女は眉を下げて、目を細めた。


「……自分の大切な人を守りきれなかったこと」

「この前、お話してくれたことですか?」

「そうよ。……私は前世、あるお嬢様に仕えていて、そのお嬢様のことをとても大切に思っていたの。けれど、彼女は他国へ嫁ぐことになった。相手方の希望により、自分は彼女についていくことは許されなかった……そのときは仕方ないと思っていたの」


 ルシルは腰についている剣をそっと手に触れた。


「けど、両国の友好のために嫁いでいったはずなのに、国同士の関係は悪くなり戦争となった。彼女の父である旦那様は自分の娘を見捨てた。戦争が終わったあと、お嬢様は戦争の中で亡くなったと知らされたわ……私が傍にいられたらって今でも思う。彼女の傍で剣を握られたらって……」

「だから、ルシルは剣を習いたがったのですね」


 幼いころ、ルシルが剣を習いたがっていたことを不思議に思っていた。だが、彼女には彼女なりの理由があった。


 ルシルはこちらに手を伸ばす。その手を受け入れると、彼女は優しくリリアンの頭を撫でた。


「あなたはそのお嬢様によく似ていたのよ。……泣き虫なのに頑固なところ。優しくて、意志の強いところ」

「たぶんですが、私はそのお嬢様のように立派ではありませんよ。……私は弱いですから」


 そう言うと、ルシルは肩を揺らして笑う。


「ふふふっ。もちろん、あなたとお嬢様は違うわ。でも、私が今、一番大切に思っているのはリリーよ」


 彼女はゆっくりと手を下げて、頬に触れる。彼女の手は冷たく、震えていた。


「だから、私はあなたを守りたい……次は失いたくないんだ」


 その手にそっと触れた。温めるように包み込む。


「ルシルはとても強いです。だから、私も安心できます」


 一人で教会に入るのだと思っていた。そう覚悟して来たはずだった。だけど、ルシルが一緒にいてくれると知り……自分が怖がっていたのだと気づいた。一人はやっぱり怖い。彼女にもいろいろと考えていることがあるのだろう。だが、何よりも自分を思ってきてくれたのが嬉しかった。


「……一緒に来てくれてありがとう」


 そう答えれば、ルシルは嬉しそうに笑った。ルシルが手を離すと、リリアンも手を下ろした。

 リリアンは気になっていたことを質問する。


「御使いは過去や未来を知ることもできず、神の言葉を聞くこともできないのでしたら、どのようなことができるのですか?」

「亡くなった人の魂を運ぶのは本当よ。苦しんでいる人の痛みを和らげるのも本当。それと、でも、一番すごいのはアレかしら?」


 ルシルはそう言って、指を鳴らした。その瞬間、彼女の姿が見えなくなる。


「え、ルシル? どちらに……?」


 慌ててあちこち探すが、ルシルの姿が見当たらない。レジーナみたいに自由に姿を消すことができるのだろうかと考えていると、彼女が姿を現した。


「リリー」


 彼女の手には一輪の花があった。


「これは?」

「教会の庭園から拝借したのよ。……御使いは瞬間移動能力があるの」

「そういえば、亡くなる間際の方の元へ行くことができる能力があると聞きました。このことだったのですね」


 ルシルはうなずきながら、花を渡してくれる。


「ええ、そうよ。神の使いだもの」


 御使いは人とは違うとは知っていた。だが、このような能力を間近で見たのは初めてだった。


「神の使いということは、神様にお会いしたことがあるのですか?」

「会ったことあるわ。一度、死んでいるもの」

「どのような方でしたか?」


 ルシルはその問いに顔を歪めた。


「……知らない方がいいんじゃないかしら」


 彼女はそう言って、立ち上がる。友達としてのお喋りは終わりなのだろう。


「とりあえず、メアリー様がいなくなったこの教会は、嘘で固められた場所よ。信用しちゃいけないわ、リリー」



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