テオドールの話
彼は諦められた存在だった。
第二王子として生まれ、テオドールと名前を付けられた。公爵家出身の正妻の子で、第一王子を押しのけて、後継者になるだろうと周りに噂されていた。
だが、彼は病弱だった。よく熱を出し、椅子に座っている時間より、ベッドの上にいる時間の方が長かった。
そして、幼いころ、初めて参加した大事な行事で体調不良で倒れた。母親に失望され、従者たちが期待するのをやめたころ……母親が第二子を妊娠した。期待は弟の方に向けられるようになり……彼を見る人はいなくなった。
「お母さま」
「…………」
母親は何を話しかけても、目を合わさない。従者たちも聞いてくれる素振りをしても、こちらを向いて聞いてくれる大人は居なかった。そんな中、腹違いの兄である第一王子だけが彼と向き合ってくれていた。
「テオ、遊びに来たよ」
「兄様……!」
エドワードは夜中にこっそり部屋を抜け出しては、弟の顔を見にきた。話を聞いてくれ、笑いかけてくれ、遊んでくれる。いつも笑顔の兄が彼は大好きだった。きっと兄の方が王に向いている。そんな彼の助けになりたい。そう思うようになった。
だが、ある日を境に兄は笑わなくなった。それは、彼が病気を克服し、外に出るようになってからだ。部屋の外で兄を見かけ、声をかけようとした。だが、周りの護衛が彼を遠ざけた。
「兄様……?」
声をかけたが、兄はこちらに冷たい視線を向けるだけだった。氷のような瞳には自分が映っていない。その瞬間、彼は兄とはもう今まで通りではいられないと気づいた。
それでも兄を支えるために、自分でできることを増やそうとしていた。勉強は得意ではなかったが、彼は剣術に長けていた。いつか、兄を守れるような存在になりたかった。
そんな彼の生活が一変したのは、夢見が悪かったことを従者に伝えたことが原因だった。
「殿下は御使いの可能性があります」
従者が連れてきた御使いは、テオドールを見てそう言った。彼の見た夢は未来のことを見ているのだと言う。
その御使いがテオドールに御使いの兆候が見られると言ったことにより、彼は教会へと住まいを変えることになった。
母も兄も誰も引き留めてくれない。彼は半ば諦めの気持ちを持って、教会へ居を移した。
メアリーに出会ったのは、そのときだった。
初めての面談の際、自分よりも幼い御使いを見て、笑ってしまった。きっと彼女は教会の傀儡なのだろう。良いように使われている。そして、自分も。
「俺はどうせ、利用されるためにここに連れてこられたんだろう」
愚痴交じりに少女にこぼすと、彼女はにこりと微笑んだ。
「ええ、きっとそうなのでしょうね」
見た目とは裏腹に、少女は大人びた視線を彼に向けている。
「私もあなたも、政治のための道具として、ここに置かれているのでしょう。使われるのが同じであれば、私たちも相手を使ってもいいのではありませんか?」
「どういうことだ?」
彼女はまっすぐこちらを見て尋ねた。
「あなたのやりたいことは何ですか?」
「やりたいこと?」
「そうです。もしあるのなら、叶える手伝いをいたします。そのため私は教会にいるのです」
少女が言うには、その立場を利用して、御使いたちや人々の悩みや強い後悔を解消するために活動しているのだという。
「もちろん、良い顔はされませんが……これは私の人生ですもの」
少女は背筋を伸ばし、胸を張る。彼女は迷いのない瞳をしていた。
「もし、あなたに後悔があるのなら」
後悔と言われ、やり残したことを思い出した。瞳から諦めの色が消える。
「俺は、兄様の支えになりたい」
その言葉に少女は微笑む。
「あなたの願い、お手伝いいたしましょう」
その日から、テオドールはメアリーとともに行動することとなった。
アルバートの手の者が接触を図ろうとしてくるが、メアリーがそれを許さなかった。
教会はそもそも王族の政治をサポートする役割にあることを教えられた。今は権力を欲している者が多いが、本来の姿に戻す必要があると彼女は言った。
城で生活をしていたテオドールには知らないことが多くあった。メアリーは様々なことを教えてくれた。そして、礼拝堂に来る者たちの話を一緒に聞いた。
平民から貴族まで。様々な思いを持って生きている人々がいる。誰もが救いを求めていた。
「生きていると疲れてしまうこともたくさんあります。疲れたときに無理をしては、さらに疲れてしまうのです。そんなときに救いを求めるのは当然のことでしょう」
でも、とメアリーは言葉を続ける。
「助けることだけが、救いではありません。前を向いて歩き出せるようにお手伝いしたいのです」
そう言う彼女は眩しかった。
「……メアリーも、疲れるときがあるのか?」
テオドールの言葉にメアリーは目を瞬かせると、恥ずかしそうに笑う。
「ありますよ。恰好はつきませんが、疲れてしまうのはどうしようもないのです」
そんなとき、彼女を救うのは誰なのだろうか。幼いながらも背筋を伸ばし、人々を救う少女の背中は小さく見えた。
テオドールが教会に来てから、教会の暴走がひどくなる。テオドールの関わっていないことすらも、彼の意志だと言うようになってきた。
いつからか、メアリーの表情は強張ったままだった。何かを覚悟している様子にテオドールは助けになりたいと思った。
「メイ」
数か月の月日をともにして、呼び名が変わった。それと一緒に彼女との信頼関係も深まっていた。
「これを君に」
彼女のために作らせた腕飾り。手渡すと、メアリーは不思議そうに首をかしげた。
「これは?」
「証だ。……君と私が友人だという証だ」
メアリーはくすくすと笑う。
「友人に証が必要なのですか?」
そう言いながらも、彼女は頬を緩ませて腕飾りを見ている。
「友人とは、辛いときには互いに支え合い、楽しいものを共有する間柄だと聞いた。……君と私となら、その関係がふさわしい」
メアリーの目をまっすぐに見つめ、テオドールは手を差し出す。
「君が人々を救うのなら、私が君を救おう。君は私にとってかけがえのない人だ。……疲れたときは、私を支えにするといい」
その言葉にメアリーは彼の手を取った。
「ありがとうございます。……ふふふっ、少し照れますね」
彼女はそう笑ってから、目を閉じた。そして、目を開けたときには、何か決心したような表情をしていた。
メアリーは宣言を出した。王族が求めない限り、教会が政治に関わることはないと。
そして、姿を消した。突然いなくなった彼女の席には、元から用意していたかのように新しい象徴が迎えられる。
メアリーは神に裁かれたと言うものがいたが、到底そんな風に思えなかった。誰かに仕組まれたのだ。
テオドールは新しい象徴とアルバートが裏で手を引いていると考えた。
彼らを引きずり落とすにも、彼には手段がなかった。
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5章はここまでとなります!
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