44話 自分のための目標
アレクシスにおやすみの挨拶をしてから、リリアンは自室に戻った。ベッドに座っていたレジーナがこちらを見上げる。
「あら、機嫌が良さそうね? 何かいいことでもあったかしら?」
リリアンは椅子に座って、彼女の問いにうなずいた。
「はい。目標が見つかったんです」
「へえ、どんな目標かしら?」
レジーナは面白そうな表情を浮かべて、こちらを窺ってくる。そんな彼女に胸を張ってはっきりと伝える。
「この家に帰ることが、私の目標です」
ずっとここは居場所ではないと思っていた。だけど、今は自分を気にかけ、大切にしてくれている人がいる。……いや、ずっと大切にしてくれていた人たちがいる。
「私はここに帰ってきたいです」
レジーナは少し目を開くと、笑みを浮かべて目を細めた。
「いい顔ね。最近のあなたは嫌いじゃないわ」
彼女は立ち上がって、リリアンと向き合う。
「あなたがこれから歩む道は険しいわ。自分でも自覚しているでしょうけど……覚悟が必要よ」
怖くないわけじゃない。不安じゃないわけがない。
自分に自信がなくて、何ができるかもわからない。だけど、試してみたい。
「……自分のために、頑張ります」
レジーナは優しく微笑んで、リリアンの頬に触れる。
「大丈夫なんて保証はない。あなたが戻ってこれるかなんて、誰にもわからないの。でも、ひとつだけ約束してあげる」
彼女はリリアンの首を掴んだ。首を掴んだ手に少し力を入れる。
「あなたは生き延び続けるわ」
そう言って、首から手を放して、指先で喉に触れる。
「私に食べられるまでね」
彼女は「ふふふっ」と笑うと姿を消した。
教会入りの日、ナタリアとアレクシス、そしてウィリアムが見送りに来てくれた。
「ルシルはいないのですね」
教会へ行く日を手紙で伝えていたが、用事があったのだろうか。
ウィリアムが少し困ったような表情をした。
「どうしたんだろうな。きっと来てるだろうって思って、迎えに行かなかったんだけど……行けばよかったな」
申し訳なさそうにする彼に、リリアンは首を横に振った。
「気にしないでください。きっと用事があったんです。それに……永遠の別れというわけではないですから」
そう言うと、ウィリアムの手を取った。
「手紙を書きます。会えない間は何度も……だから、リアムも手紙をください」
「もちろんだ。……また会える日を楽しみにしてる」
彼と別れを済ませると、リリアンは家族の方を向いた。
「養母様……」
ナタリアはボロボロと涙を流したまま、顔を上げられずにいた。
「どうして、あなたが一番早く家を出ることになるのよ……アレクシスはまだ結婚もしていないのに」
ナタリアの言葉にアレクシスはため息を吐いた。
「婚約者を決めないのは、父様と母様だろう? 早く私を独り立ちさせてくれ」
「候補は決まっているのよ。でも、リリーより素敵な人が見つからなくて……」
彼女はそう言うと、何か思いついたように顔を上げた。
「そうだわ! もういっそ、リリーをお嫁さんにしたら……」
「何を言い出すんだか。リリーは教会に行くんだから、結婚はできないだろう?」
その言葉を聞いて、ナタリアはぶわっと涙をあふれさせる。
「リリーの花嫁姿が見れないなんて……!」
アレクシスはあきれたように肩をすくめると、こちらを見た。
「リリー。気を付けて。何かあったら……」
「かっこいい義兄様に助けを呼びますよ」
そう言うと、アレクシスは眉を下げて笑みを浮かべた。
教会からの使者が数人来た。彼らはリリアンを見て、礼の姿勢を取る。
「お迎えに上がりました」
彼らのもとに行こうとしたが、ナタリアが抱き締めたまま放そうとしない。
「ナタリア。放しなさい」
教会の使者と一緒に来たのか、クライヴが姿を現した。彼の言葉を聞き、ナタリアは素直にリリアンを放す。
「リリー……」
彼女は名残惜しそうにこちらを見る。彼女と向き合って笑みを浮かべた。
「養母様、私はきっと帰ってきますから。だから、待っててください」
ナタリアはぶんぶんと首を縦に振る。
「もちろんよ。いつでも帰っておいで、私の愛するリリー」
リリアンは教会の馬車に乗り込もうとしてから、三人の方を振り替えると手を振った。
「いってきます」
彼らは微笑んで、手を振り返す。
「いってらっしゃい」
クライヴはリリアンと同じ馬車に乗った。
「…………」
彼は終始無言だった。こちらを見ることもせずに外を見ている。だから、こちらからは何も話さず静かに座っていた。
教会に着き、馬車から下ろしてもらうとき、クライヴはこちらに手を差し出した。
「ありがとうございます」
彼の手を取って、馬車から降りる。降りたのを確認すると、彼は手を放してこちらを見た。
「……お前に求められていることは、従うことだ。自分から何かしようとするな」
この言葉をナタリアなりに翻訳すると、『大人しくしていれば、無事に済む』といった助言だろうか。
彼の言葉は難しいと思いながらも、当たり前のようにうなずく。
「わかりました」
それを見ると、クライヴは背を向けて歩きはじめた。
教会の中に入れば、中にはたくさんの人がいた。おそらく全員が御使いなのだろう。真ん中にいる男性がこちらに歩み寄ってくる。その人に見覚えがあった。
「リリアン様、お久しぶりです。アルバートと申します。ここの管理者をしております」
アルバートは口元だけ笑みを浮かべていた。彼に向かってスカートの裾を広げ、腰を折って礼の姿勢を取る。
「お久しぶりです、リリアンと申します」
彼と挨拶をしてから、周りを見渡す。テオドールの姿がない。彼は自室にいるのだろうか。どうやって彼と接触しようかと考えていると、アルバートがにこりと微笑んだ。
「教会で君の護衛をする者を紹介します。……あなたも見知った顔が良いでしょう?」
どういう意味だろうと思いながら、彼が指す方向を向いた。
教会の奥から、誰かが歩み寄ってくる。暗い紺色の髪をした少し背の低い男性……いや、女性だった。少しつりあがった大きな瞳が親しそうに細められる。
「……どうして」
そこにいたのは、ルシルだった。




