42話 神に愛される人の特徴
自室に戻るとレジーナが楽しそうに笑んでいた。
「象徴候補おめでとう。気分はどうかしら?」
どこで話を聞いていたのか、彼女はベッドに座って、こちらを見上げていた。
リリアンは椅子に座って、眉を下げて笑う。
「私なんかが象徴なんて務まるのか、と思っております」
「あら、務まるわよ。象徴なんて、教会の人形になればいいんだから」
彼女は前に言っていた。象徴は教会の言いなりのおもちゃでしかなく、意志を持って行動していたメアリーが異例だということ。そして、本来の象徴は洗脳されてから、その座に就くという。
「私は洗脳されていません。どうして、教会は私を欲したのでしょうか」
「手っ取り早く、メアリーが本物の象徴ではなかったと知らしめるためと考えるのが妥当ね。ちょうどあなたが象徴候補だと噂が流れたから、それを利用したのでしょう。それ以外には……まだわからないわ」
「神に愛される人は存在するのですよね? その人が象徴になることは難しいのでしょうか?」
「難しいでしょうね。なったとして、教会を上手く動かせる保証はないわ。それに、教会はたとえ本物の寵愛者だとしても、使いにくい駒は捨てるものよ」
レジーナはそう言ってから、少し考えるようにしてこちらに目を向けた。
「あなた、神に寵愛される人はどんな人だと思う?」
「今の象徴、メアリー様のように慈悲深く、心の広さと強さを持っているお方……でしょうか」
「違うわ。そんなもの、必要ないわよ」
そう断言するレジーナに問いかける。
「では、レジーナ様は神に愛される人はどんな人だとお思いなんですか?」
「自分のために人を動かせる人よ。神に愛されているのよ? それくらいできて当然だわ」
レジーナは誰かを思いうかべて話しているかのように見えた。彼女は誰か神に愛された人を知っているのだろうか。
「神に愛されるのはそれほどにすごいことなのですね」
それ以上聞いていいものか変わらず、当たり障りのない言葉を言う。
レジーナは様子を窺うようにこちらを見る。
「あなた、家から離れることをどう考えているの?」
その言葉に思わず視線を下げた。
自分の気持ちに蓋をして、気づかないようにしていた。周りに迷惑をかけるわけにはいかない。泣き言を口にしてはいけないと。
黙っていると、レジーナは優しい言葉をかける。
「ここには私しかいない。言ってごらんなさい」
「……悲しいですよ。悲しくて、辛くて、悔しい」
家を離れたくない。家族とずっと一緒に過ごしたい。ウィリアムやルシルたちと……卒業まで学園生活を送りたい。
気持ちに蓋をするのは得意だった。周りと深く関わらないようにするためには、自分の感情はとても邪魔だったから、全部飲み込んできた。……だけど、いろんな人と関わるようになってから、少しずつ下手になっていた。でも、今はもう一度蓋をしなければいけない。
「後ろ向きに考えるのはやめたいんです。私には、家族がいる。友達がいる……帰れる場所がある。それだけで、幸せなんです」
胸元に手を当てて、視線を下げる。
「私に何かできることがあるなら、成し遂げたい。……それが私の自信になるような気がして」
その言葉を聞いて、レジーナはあきれたように息を吐いた。
「自分に自信がないと白状しているようなものじゃない」
「それは……そうです」
苦笑いをすると、レジーナはゆっくりと立ち上がった。
「まったく……仕方のない子ね」
彼女は目の前に立つと、手を伸ばしてきた。彼女の手が、リリアンの頬に触れる。
「目標を定めなさい。きっと、それがあなたの糧になるわ」
「目標ですか?」
紅い瞳がこちらを覗き込む。彼女は猫のように目を細めてうなずいた。
「そうよ。それも、自分のための目標。他人のためでは、それは他者評価になる。でも、自分のためだったら、評価をするのは自分よ。自分の価値を他人に委ねず、自分で見極めるの」
彼女はそう言うと、そっとリリアンから手を離した。体を浮かばせて背を向ける。
「よく、考えてみなさい」
彼女はそう言うと、ふわりと姿を消した。
次の日、リリアンは学園へ退学届けを出しに行った。使用人に向かわせると言われたが、最後に学園へ行きたかった。
授業後で誰もいないであろう時間を狙って学園へ向かう。校舎は人があまり残っていらず、一人で廊下を歩いた。
こうして、学園内を歩くのは最後になるのかもしれない。
学園に入ってからずっと一人でいた。生徒たちは関わろうとしてくれていたが、それを自ら遠ざけた。それにもかかわらず、ウィリアムは関わり続けてくれ……友達になってくれた。
それから、ルシルが学園に入ってきてくれて……学園での生活が賑やかになった。
貴族の養女になってこの学園に入らなければ、得られなかったものだろう。
そんなことを考えながら、廊下を歩いた。
「突然のことで、とても驚いたわ」
職員室でマルヴィナに事情を話せば、彼女はそう言った。けれど、口ではそう言いながらも驚いた様子もない。彼女はいつものように微笑みながら、退学届けを受け取った。
「先生としては、あなたにもっと色々なことを教えたいと思っていたのよ。とても残念ね」
マルヴィナは長年学園に勤めているだけあって、顔も広く、知識も深い。何より、悪魔について教えてくれたのは彼女だ。神に愛される人についても知っているかもしれない。
「先生は、神に愛される人はどんな人だと考えますか?」
「ふふふ。面白い質問ね? いったいどうしたの?」
「私が……象徴候補になったので、神に愛される人のことを知りたいと思ったのです」
マルヴィナは質問を受けて、顎に指を当て考える。
「そうね……。神を恐れない人、かしら?」
予想していなかった言葉に目を瞬かせる。
「どういうことですか?」
彼女はその問いには答えず、薄い青紫の瞳を細めてふふっと笑う。
「あなたもこれから大変でしょう。けれど、あなたの周りには助けてくれる人がたくさんいるはず。人は巻き込んでこそなんだから、遠慮してはだめよ」
彼女はそう言うと、職員室の扉に目を向けた。そして、微笑んでこちらに目を向ける。
「大丈夫よ。あなたなら、きっとなんとかできるわ。……私はあなたを信じているのよ」
そう言って、リリアンの背中を軽く押した。
「背筋を伸ばして。自分のすることに自信を持つのよ」
「……はい。ありがとうございます」
マルヴィナにお礼を言って、職員室を出る。扉の外には生徒が立っていた。
「リリアン。話がある」
ウィリアムは真剣な表情でこちらを見ていた。
彼に連れられて、裏庭に来た。人が少なく、リリアンがよく昼食を取りながら本を読んでいたところだ。ウィリアムとルシルと一緒に過ごすようになってから、ここへは来なくなってしまった。
懐かしい思いになりながら見ていると、ウィリアムがこちらを見た。
「リリアン。……君の嫌いなところがたくさんある」
突然の言葉に驚きながらも、彼の言葉を静かに聞いた。
「……一人ですべて決めてしまうところ、一人で解決しようとして誰にも助けを求めないところ、本は好きなくせに勉強をしたがらないところ、自分の気持ちをはっきり伝えないところ」
彼は指を折りながら数えていく。その表情は少しずつ優しくなっていく。
「背筋が伸びているところ、髪の毛が綺麗なところ、人の話をちゃんと聞いてくれるところ、一緒に泣いてくれるところ」
ウィリアムの言うことは、とてもリリアンのことを嫌っているように聞こえない。彼はそういう風に見てくれていたんだとくすくすと笑う。
「私も」
「え?」
「私もウィリアムの嫌いなところがありますよ」
まさか言い返されると思っていなかったのか、ウィリアムは大きく目を開いた。
「……私をリリーって呼んでくれないところ。私の大切な人たちはみんな、そう呼んでくれます。だから、あなたにも呼んで欲しいです」
彼は眉を下げると、仕方がなさそうに口を開いた。
「……リリー」
「はい」
そう返事をすれば、彼は泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
「ウィリアム。私はあなたのことを頼りにしていないわけではないですよ。……ただ、私が怖がりなだけなのです」
「オズワルド様の前でもエドワード殿下の前でも堂々としていた君が怖がりだなんて思えないよ」
「私は怖がりですよ。怖くてずっと座り込んでいました。……でも、立ち上がって、顔を上げて……歩き出すことができたのはウィリアムたちのおかげなのです。私はみんながいるから、うつむかないでいられるのですよ」
そう言って、お願いをするように両手を合わせる。
「だから、ウィリアム。何かあったら、前みたいに私を助けてくれますか?」
その言葉にウィリアムは小さく笑う。そして、大きく息を吐いた。
「仕方ないなぁ。……君が望むなら、どこへでも駆けつけるよ。だから、助けが必要なら呼んで欲しい。……それと」
ウィリアムは少し照れたように下を向く。
「俺のことも、リアムって呼んでくれる?」
「……わかりました。リアム」
彼はこちらに手を伸ばす。リリアンがその手を取ると、エスコートをしながら歩きはじめた。
授業終わりに門へ向かうように、二人で最後の下校をした。




